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【鼎談・農業協同組合に望むこと】末松広行農水事務次官、佐藤優氏、谷口信和東大名誉教授 <2>自給率向上は政府と国民全体の課題2019年10月15日

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【出席者】
・末松広行・農林水産事務次官
・佐藤優・作家
・谷口信和・東京大学名誉教授

 激動する国際政治、多発する自然災害と地球温暖化の進行など、JAが新時代に向けて踏み出そうとする今という時代はどんな時代にあるのか。組合員はもちろん国民から期待される役割を発揮するためにも時代をしっかり捉えておきたい。末松広行農林水産事務次官と作家の佐藤優氏は埼玉県立浦和高校時代の同級生。谷口信和東大名誉教授とともに議論してもらった。

◆農福連携が担う社会変革

末松氏 佐藤 私は最近農協の方々とご縁ができて、地方の農協を見せていただくことがあります。みな農業がクライシスに陥ることを避けるべく、あらゆることに取り組んでいるという印象です。

 その一つが、末松次官が以前から強調しておられる農福連携です。農協や地域の人たちと話していても、農福連携に対する関心は非常に強いですね。

 末松 私が農福連携と言い出したのは7年くらい前からです。農福連携と言うと、「お涙頂戴のような政策だ」とか「競争力を強化することにつながらない」と批判する向きもありますが、そうではありません。
 農福連携に取り組む場合、農家や農業生産法人の方々は自分たちの作業を分析し、誰にどの作業を分担させるかということを考えます。その結果、作業が効率化して成績もあがり、障害者の方々の時給も上がっていくのです。
 実際、農福連携に取り組んでいる農家を見ると、福祉作業所ではわずかな額しかもらえなかった人たちが、かなりのお給料をもらえるようになったという例がたくさんあります。しかも、彼らは生き生きと仕事をしている。そうした様子を見ると、本当に心が和みます。
 もちろん人間は千差万別ですから、それによってみなが救われるかどうかはわかりません。しかし、農福連携で働くことで障害を持つ方々のごくわずかでも救われれば、それは取り組む価値があったと思います。

 佐藤 私は三重県の農福連携を見せてもらいましたが、知的障害者の人たちがネギの泥取りに従事していました。彼らは自分たちが農業に貢献しているという思いをもって仕事をしており、感銘を受けました。

 谷口 私は10~20年ほど前に大分県の農業振興計画作成に三度ほど関わったことがあるのですが、そのときに私が主宰していた大分農業塾の塾生の農民のところで、農福連携の現場を何か所か見せてもらったことがあります。小ネギの選別や花の栽培など様々な作業が行われており、一口に農福連携と言っても実に多様性があるということを学びました。これは今後もぜひ広げていってもらいたいと思います。



◆農協を中心に回る地方

谷口先生 佐藤 それから私が地方の農協を見て思ったのは、地方では農協が中心となって町が成り立っているところが多いということです。沖縄県の久米島がまさにそうです。久米島では島民たちはみな何らかの農作業に従事しており、その中心には農協があるのです。

 以前、久米島高校に人が集まらず、高校の園芸科を潰すという話が出てきました。しかし、園芸科は農業者だけでなく、町長や町の幹部なども輩出しています。園芸科抜きに久米島は回らないのです。
 そこで、みなで協力して町営の塾や寮を作り、教育態勢を整えることで、外部からも生徒を呼び込むようにしました。その結果、生徒も少しずつ増え、琉球大学医学部や早稲田大学法学部に現役合格する生徒も出てきたのです。

 谷口 過去の歴史を紐解くと、地方には協同組合が自ら学校を作ったという例があります。たとえば、明治時代に埼玉県の山間部では農村住民がお金を出し合って、学校を設立していました。当時は町の中心部にしか学校を作ってくれなかったため、農村住民がお金を出し合って学校を作るしかなかったのです。
 また、農協が関わっているのは学校だけではありません。長野県で最も大きな病院は佐久総合病院ですが、これは農協(JA長野厚生連)が運営しています。愛知県安城市にも同じように1935年から農協が運営する安城更生病院があります。
 日本の歴史を見れば、農協が教育や病院などに関わることは決して珍しくありません。ところが、最近では農協は農業以外のものに関わってはならないといったおかしな議論があります。それは少し残念な話だと思います。

 末松 昔から農協はその地域に必要とされているものに取り組んできました。農水省も同様です。かつて日本が北海道を開拓したとき、農水省は畑だけでなく道を作りましたし、病院や学校も建てたとのことです。農村の人たちの栄養状況が悪かったときには、塩っぱいものを食べてはいけないと生活指導を行ったこともあります。

 これは現在から見ると農水省の仕事ではないと思われるかもしれませんが、その地域が必要としているならば、それに取り組むべきです。必要がなくなれば、手放せばいいだけの話です。そういう意味では、農協にはこれからも地域が必要としていることをやってもらいたいですし、農水省もそのお手伝いをしたいと思います。

◆自給率は国の課題

佐藤氏 谷口 クライシスということを考える際、食料自給率の問題は避けて通ることができません。日本の自給率は本当に深刻な状況にあります。

 末松 自給率について議論するとき、「カロリーベースの自給率は低くても気にする必要はない」という方もいらっしゃいますが、私はやはり気にしなければならないと思っています。
 もっとも、私の理解では、自給率を気にしなければならないのは国民全体や政府です。単位面積あたりの生産カロリーのことを考えた場合、たとえば花を作るよりも芋を作った方がいいでしょう。しかし、だからといって農家に花をやめて芋を作れと言うべきではないと思います。農業者には経営のことをちゃんと考えていただき、自給率のことは国が考えるということが重要になると思います。

 谷口 自給率を高める上で一番大事なのは政策の安定性だと思います。根本のところで言えば、飼料用米です。飼料用米を牛や豚・鶏などに食べさせ、付加価値を作って売るという方向性は正しいと思います。しかし、飼料用米を奨励するかと思えば、わずか数年のうちに作付面積を減少させるようなことが繰り返されている。これでは現場が混乱するだけです。

 末松 戦後の日本はとにかくお腹いっぱいお米を食べるために水田を整備してきましたが、あるとき気づいたら、1年に118キロのお米を食べていた日本人が、わずか60キロしか食べなくなっていた。そのため農水省としては、収益をあげられる農業に誘導していかなければならないと思っています。
 私はこの前長崎に視察に行きましたが、じゃがいもや人参などをうまく作れば、2、3ヘクタールの農地でかなりの収入を上げておられました。青森県のニンニクなどもそうです。しかし、「それはわかっているけど、俺は30年間お米しか作ったことがないから」といった方がいるのも事実です。彼らも含め、農業地域の経済がうまく回っていくためにはどうすればいいかということを考えなければなりません。

 佐藤 お二人のお話をうかがっていると、農水省は農協との距離が近いので、政策がすぐにフィードバックされていますね。たとえば外務省は外交交渉の中味を国民に隠すことがありますが、農水省では政策を隠しておくことはできないでしょう。これは民主的な行政としてとても良いことだと思います。

◆農協と農水省の協力関係

 谷口 この鼎談では、大きな変化を迎える時代において農協に何が求められているかということを議論してきました。最後にお二人に農協へのメッセージをお願いしたいと思います。

 末松 現在の日本は価値観が多様化し、地域によって重要なものが異なります。私たち農水省は政策を行うにあたり、ともすれば一律的に物を言いがちですが、もはやそうした時代ではありません。農協にはそれぞれの地域ごとに、その地域に何が必要とされているかを研ぎ澄まされた感覚で追求していただき、農水省もできることに取り組んでいきたいと思います。まだまだやれることはたくさんあるはずです。

 佐藤 末松次官の言葉を私なりに乱暴に訳すと、農協の皆さんはもっとエゴイスティックになってください。勝てる農業、儲かる農業を遠慮せずに追求してください。農協としてこれが利益だと思うものがあれば、遠慮なく農水省にぶつけてください。農水省にできることはなんでもやります。お互いに利害調整をしながらやっていきましょう。こういうことだと思います。
 私は先日『週刊新潮』で全国農業協同組合中央会(JA全中)会長の中家徹さんと対談したのですが、中家さんも末松次官と同じ趣旨のことをおっしゃっていました。農協には農協の利益があり、国には国の立場がある。そこのところでお互いにうまく協力関係を築いていきましょう。これが中家さんのメッセージです。
 協力関係とはいわゆる癒着ではなく、力と力の均衡です。お互いの主張をぶつけながら、うまく折り合いをつけていく。いまの農水省と農協は双方のベクトルがうまく噛み合い、健全な協力関係ができているという印象です。

 谷口 協力関係を築くには、お互いの立場が100%同じである必要はありません。むしろ違う部分があるからこそお互いに話をする必要があるわけですね。ぜひ今後の農協に期待したいと思います。


【鼎談を終えて】
 日本農業はまさにクライシスと呼ぶのに相応しい状況下にある▼そんな折に、歴史のめぐりあわせなのであろう。農水省のツートップに現在許される最強の人財が登壇した▼江藤拓大臣は鋭い現場感覚と嗅覚を発揮して、困難な豚コレラ問題に覚悟とスピード感をもって臨んだ数少ない大臣となるに違いない▼事務方トップの末松広行次官はようやく期待に応えて、正面から自給率向上の重要性を説く農水官僚の矜持を示して下さった▼次官と高校の同級生の佐藤優氏は類まれな博識をもって鼎談をリードされ、我々に絶望の無意味さを教えられた▼感謝の言葉もありません(谷口信和)。

【鼎談・農業協同組合に望むこと】<1> 地域が求める農協の役割 感覚を研ぎ澄まし追求を



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【今、始まるJA新時代 拓こう 協同の力で】

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