JAの活動:今、始まるJA新時代 拓こう 協同の力で
【歴史が証言する農協の戦い】命と暮らしを守る佐久総合病院 若月俊一がめざしたこと(2)2019年10月21日
農村の新時代拓いた健康を守る協同運動
姉歯曉駒沢大学教授
◇医療者たちも参画 農民とともに運動
佐久総合病院
これだけ奉仕活動を行なっているにも関わらず佐久病院の経営は安定している。
夏川医師は言う。「私が50年間ここにいて、その間に一度も赤字を経験したことはありませんでした。近年、新しいセンターを建設した当初だけです。経営そのものに関するところでは厚生連や県からの援助は一切受けておらず、独自に切り盛りしてきました。それでも、病院というのは普通に医療をマジメにやっていればそんなに赤字になることはありません」
もちろん、不採算部門は存在する。研究所、研修センター、看護学校、健康管理センターなど、中でも教育に関する部門は大学もそうだが儲かるはずもない。それでは診療だけを行えばいいのか。それは、地域に貢献する医療を提供するという本来の佐久病院のあり方からすれば断じて違うと夏川医師は言う。「それに、看護学校の卒業生たちは厚生連全体に散らばっていきます。長野の厚生連の病院に勤める看護師の3分の1は佐久から行った人たちです。」加えて、佐久総合病院では、1977年に農村保健研修センターを設立し、今では医療マネジメントの講座が人気で、全国から病院の幹部達が押し寄せるほど盛況であるという。
医療をすべての人々に届けること、それもそれを医療従事者だけが一方的に「施す」のではなく、住民自らも健康を自分自身の問題として意識し、積極的に行動することで初めて命を守ることができる。それを実践し続けてきたのが若月医師と佐久総合病院だった。
いうまでもなく、佐久総合病院はJA厚生連の病院である。そもそも厚生連の病院とは医療の光が当たってこなかった農村で自らが命を守るために医療施設を作ったところから始まっている。その時点で、農民たちは自らの命を守るために協同し、自発的意志を持った集団として新たな第一歩を踏み出したわけである。
若月医師は佐久に来たときにこの協同組合運動に加わってやっていくのだという強い意志を持ってこの地に立ったと語っている。医療の民主化、つまり差別なく誰でも医療を受けることができ、そのあり方を決める権利を持ち、正しい判断ができるよう学ぶ機会を得る、医療者たちもまたこの協同する集団の一員としてともに農村と農民を守るための運動を進めてきたのであった。時代とともに病院に対して地域社会が求めるニーズが変わっていっても、協同組合運動の一環として医療の民主化を進めていくという精神には変わりはない。むしろ、その精神があるからこそ、患者の暮らしの変化を緻密に捉えて「日帰り手術」「ドクターヘリ」「高度医療のためのセンター」へと乗り出していっているのである。
佐久病院における実践は県内全域へ、そして全国へ、さらに世界へと広がり、今では、佐久総合病院に1994年に設立された国際保健医療科を窓口に70か国を超える国々から視察や研修生の研修を受け入れるまでになっている。
◇患者と地域に学んで愚直に志を引き継ぐ
どこの地域でも、在宅介護をどうしていくべきかが問題となっている。そんな中、佐久病院では患者と家族のニーズに応えるために在宅医療の充実を図ってきた。訪問看護は年間延べ4万数千件、訪問看護ステーションが6か所あり、これを統括する地域ケア科(1985年設立)には医師が4人配置されている。
佐久病院では、終末期をどこで迎えるのか、それぞれの希望に対応できる努力を続けてきたと言う。通常は病院での看取りが多いガンの末期患者でも、佐久では在宅での看取りが全体の5割を超えている。もちろん、在宅介護には訪問看護と訪問診療による緩和ケアが必要とされるが、佐久では痛み、苦しみを取り除きながら最後まで自宅で過ごせるよう万全の体制が敷かれている。
若月健一氏は言う。「ご家族が介護に疲れたら老健が利用できるというように、家族を支援できる体制を整えること、いつでもこちらから出向いて診察に行く、それこそこれまで佐久病院が当たり前にやってきたことです。行政、社会福祉協議会のヘルパーステーションや訪問介護ステーションとの連携も非常にうまく行っています。」
夏川医師によれば、こうした横の連携には地域包括支援センターのマネジメントの力が大きいという。各組織は独立していても、互いの組織を結びつける軸となるセンターには昔から佐久病院と何らかの関係を持ち、互いの顔がわかっている人々が配置されている。国の制度ができてから改めてこのようなネットワークを構築することは難しいが、佐久病院の場合には、自分たちで苦労を重ねて地域との結びつきを強め、住民参加で地域医療を作ってきた歴史がある。だからこそ住民のニーズの変化に即応できる柔軟なネットワークの運用が可能なのである。
◆ ◇
夏川氏(右)と若月氏(左)と筆者
最後に、夏川医師と若月氏にこれまでの苦労を知らない若い世代への継承について尋ねた。
夏川「このことを文章だけで伝えようとしてもそれだけでは難しいと思います。これまで行ってきたことを愚直に続けていくことが継続や継承になるのだと思います。今病院が置かれている環境そのものが若月先生と佐久病院の歴史から引き継がれたDNAなのだと」
若月「現場、地域、そして病院でいえば患者が私たちに一番教えてくれる存在なのです。『地域とともに』とか『農民とともに』という言葉はその中から自然に出てくるものなのです。次世代の人たちにこういう視点を持ってもらうのは簡単ではありません。ですからそれは心配しています」
◇資本主義に抗し差別のない社会へ
若月俊一医師の像
若月医師と佐久病院の取り組みは、徹底した民主主義のもとで、農村と農民の環境を改善することを目標とするものだった。考えてみれば、それは、「協同組合のあるべき姿」でもある。協同組合はそのまま社会に放り出されているままの「孤立した個」であったならあまりも弱い存在である人々が主体としてそこに参加し、対等平等な存在として一人はみんなのために、みんなは一人のために助け合い、連帯して要求を実現していくための組織である。ただし、決して権威と結びついてはいけない。それが協同組合の原則ではなかったのか。それは若月医師から時に農協に向けられた厳しい批判でもあった。若月医師自身は、行政に働きかけ、協力しながら農民の暮らしを改善し、命を守る闘いを続けるとともに、農村を守り、農民を守るためには「手は握るけど、心は売らない」と明確に述べている。
若月医師の農協(=JA)に対する厳しくも希望を持って語った言葉を『若月俊一の遺言』に所収された文章をもって私たちは今一度噛み締めたい(文中の頁数はすべて『若月俊一の遺言』所収時のもの)。
若月医師はICA(国際協同組合同盟)で1980年に出されたレイドロウ提言が日本の農協の広範な総合的事業提供を高く評価していることを取り上げ「今日我が国の農協の中で、厚生とか福祉とか医療のような『儲からない』事業を『余計な仕事』として排撃する意見があるやに聞くが、このレイドロウ提言に真剣に耳をかしてもらえないものか。(23頁)」
また、この間の農業つぶし、医療福祉の後退、農協攻撃の真っ只中にいる私たちは、今から12年前に若月医師が書き残した言葉を今一度座して聞くべきであろう。「協同組合というものは、弱いものがみんなで助けあう。自由意志で参加する。何よりも大事なことは、民主主義が基本である。そして、社会的、政治的、宗教的な差別はなく、民主的に」だからこそ、政治的に中立を貫くべきなのだと言う。「協同組合の精神は一方的な権威に対する庶民のたたかい」なのだから。協同組合は「何よりも今日の資本主義に対する批判も、きちっとしていかなければいけない。特に、政・財・官の癒着をきちっと批判しなければならない。」「とにかく、難しいことはともかくとして、私どもは農村を守ろう」
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