JAの活動:女性に見放されたJAに未来はない JA全国女性大会
現地レポート:JA松本ハイランド 管理職の重責を「翼」に変えて~自ら輝いて組合員に夢を2020年1月30日
総務企画部組合員文化広報課課長代理臼井真智子さん
JAで女性が男性の補助役である時代は終わった。いまやJAの現場で多くの女性が働いている。この能力をJAは十分活用しているとは言い難い。今回、登場する長野県のJA松本ハイランドの臼井真智子さんは、管理職の重責を担い、「管理職は“足かせ”でなく、自由に羽ばたくための“翼”だ」と言う。いまや組合員の3割近くを女性が占めており、この能力を活用せずしてJAの未来はない。臼井さんにJAへの思いを報告してもらった。
協同活動みらい塾のワークショップ
◆生活指導員としての経験を活かして
臼井さんがJA松本ハイランドに入組したのは、子育てが一段落した39歳のとき。かつて他のJAで生活指導員として活躍していた臼井さんは、結婚と出産とで一度はJAの職場を離れたが、子育てが一段落したころ、嫁ぎ先の地元にあったJA松本ハイランドの支所長に目をとめられ「一緒に働かないか」と声を掛けられた。3人いる子どもたちの学費も嵩み、新たな職場を探していたタイミングで一も二もなく再就職を決めた。
JA松本ハイランドは「人と自然の夢あわせ」をコミュニケーションフレーズに、「組合員や職員が自ら判断し、人を巻き込む力を持つ」ためのきっかけづくりとして、6つの学部を開設し、それらを横断し「夢あわせ大学(愛称:夢大)」として運営している。臼井さんは入組以来、生活指導員時代に培った協同の理念を土台に、この「夢大」を担当する組合員文化広報課のメンバーとして活躍してきた。今では課長代理という管理職となり、夢大全体を総括するベテラン職員へと育っている。
◆「協同活動みらい塾」の継続を実現
昨年春、突然の訃報が臼井さんの耳に飛び込んできた。それは、夢大の1つである「協同活動みらい塾」の塾長だった松岡公明氏(前農林年金理事長)急逝の知らせである。協同活動みらい塾は、広い視野でJA運動を牽引する将来のリーダー養成を目的として、平成26年度にスタートした組合員の学習機関だ。塾生一人ひとりの主体性と積極性を育むために、一方通行の講演ではなく、講義や事例発表を聞き、その後塾生同士で議論を深めるケーススタディーのワークショップ形式を取り入れた画期的な講座で、毎年25名程度の塾生が受講している。卒塾生はOB会を結成するなど結び付きも強く、年々地域における存在感も増してきたところに届いた悲しい知らせだった。
協同活動みらい塾などの学習機関や教育文化活動担当部署は不採算部門と言われがちで、直接的な利益が見えにくい。そのため、経営が苦しくなるとその重要性は理解しつつも、手を引かざるを得ないJAも少なくない。JA松本ハイランドでも、松岡塾長の逝去をきっかけに、今期限りにしてはどうか、という意見が少なからず聞こえてくるようになった。
「不採算だからと言って組合員学習の場を失えば、10年後のJAはない」。そう信じていた臼井さんは、協同活動みらい塾の継続に向けて動き始めた。経営が厳しいなか、経費が削られることは仕方がない。それならなるべく支出を抑えた運営方法を考えればよいと思った。講師はJAの常勤役員にお願いし、これまで外部の実践者を招いていた事例発表やグループワークのファシリテーターを卒塾生に担ってもらってはどうだろう。そんな集団サポート体制が整えられれば、経費を抑えられる上に、卒塾生が実践力を磨く場にもなり得るのではないか。臼井さんは新たなプランを携えて、上長や常勤役員に当たってみた。そのプロセスのなかでは悔しいことにも遭遇したという。しかし目標は「協同活動みらい塾の継続」であり、そのためならば、他のことでは一歩譲ることをいとわなかった。
そして、協同活動みらい塾を継続するか否かを決定する理事会の場で、常勤役員が発したのは「継続しましょう」の一声だった。常勤役員の強い意志に反対する理事はいなかった。臼井さんの思いが伝わったのだ。
「継続の決定を聞いた時には嬉しくて涙がこぼれました。次は松岡塾長不在のなかで、どうやって協同の理念を伝え、効果的な運営を実現していくかが問われます」。そこで手の届く第一の目標として、卒塾生を各支所の運営委員に送り込むことを掲げることとした。その次は地域枠の理事選出だ。「成果を見える化することで、協同活動みらい塾の役割・大切さが明確になります。さまざまな人たちの力を借りながら、必ず実現していきます」と決意を語ってくれた。
活発に議論する塾生たち
◆管理職は「足かせ」でなく自由な「翼」
現在、課長代理という責任ある職位にある臼井さん。女性管理職の登用を進めるなかで、女性自身が断るケースが後を絶たないと嘆くJA役員も多い。臼井さんに管理職引き受けに躊躇はなかったのかと尋ねると「まったくありませんでした」ときっぱり。当時上司だった女性課長が「次のステップに進むため昇級試験を受けてみないか」と薦めてくれたことも背中を押してくれた。
一方で「収入も大切」との割り切りも。「子どもの教育にはお金がかかりますが、子どもたちにはお金の心配なく学業に専念してほしい。私にできることはやるから、あなたたちは自分がやるべきことをやってね、と子どもたちには言ってきました。強いて言えば親と子の分業かな(笑)」。
男女共同参画が叫ばれるなか、JAグループにおいても、女性管理職の登用が進められようとしている。そもそもなぜJAの現場に女性管理職が必要なのか。臼井さんからは「職員には男性も女性も両方いるのだから、公平性の面から見て管理職も同じように男女両方いて当然でしょう。しかしそれだけではありません。男性には、今目の前にあることに対しての決断力がある。一方で女性は、5年先、10年先を見越した展望を描く能力が高い。両方のバランスがよければ、JAにとって大きな力になると思いませんか」と逆に問われた。臼井さんのこの発言そのものが女性管理職の必要性を伝えている。「若い職員はさまざまな悩みを抱えています。相談内容によって男性管理職・女性管理職を職員が選べれば解決も早い。男女の管理職が力をあわせて若手を育てていく視線を持ちたいものですね」。
管理職としての重責は、との問にも「否」との答えが返ってきた。「苦しさよりも自由さが勝ります。自分で決められる、思ったことを実行できる、行動の幅が格段に広がりました。そしてこうと思ったら、たとえ耳に痛いことでも上司や役員に進言します。時には組合員さんにも。自分はもうそういう年齢・立場になったと思っています。ただし、伝え方はとても大切です。その時々で適切な言葉を選ぶことは、相手のことを理解していて初めてできることだと思っています。その努力は忘れないでいたい」。
臼井さんにとって管理職という立場は、「足かせ」ではなく「翼」だ。理念とやり甲斐と収入とが絶妙なバランスを保ちながら、大空を自由に羽ばたいている。それを可能としたのは、本人の実力と、女性管理職を支えるJA松本ハイランドのバックアップ体制だろう。「今度は私がJAにご恩返しをする番。後輩たちを育てながら私も共に成長していきたいです」。
◆人材を待つのではなく「育てる」こと
「臼井さんは軸がぶれていない。そこまで本気ならばなんとしてでも思いを叶えなければという気持ちになります」(松澤幹夫代表理事専務理事)。臼井さんの将来を見据える力と卓越した行動力は目をみはるものがあり、JA松本ハイランドにおいても突出した存在だと松澤専務は高く評価する。「彼女を見ながら育った後輩たちが、自信と夢を持って後に続いてくれたら。臼井さんの次の使命は後継者を育てることであり、そのためのサポートをJAは全力で行う」。
JA松本ハイランドでは、女性活躍推進法行動計画を定め、キャリア形成のための研修会への参加や管理職登用試験受験の推奨を積極的に行っている。現在147人いる管理職のうち14人が女性で、その割合は9.5%だ。同行動計画における目標は11%だが、管理職に該当する年齢の女性職員が男性に比べて極端に少ないのが現状だという。
松澤専務は「これからは"人材"が現れるのを自然発生的に待つのではなく、本気で育てる姿勢が必要です。女性はポジションを与えれば必ず全うしてくれる。そんな責任感と実行力が女性には内在していると思っています。完璧を求めすぎず、足りないところはそっとバックアップする。埋もれてしまいがちな女性の『やる気』を丹念に掬い上げ、人材を育てていきたい」と具体的な方向性を教えてくれた。その第一弾として、女性職員限定の役員座談会を企画し、本音で話し合うことから始めたいと、松澤専務はすでに新たなプランを持っている。
「当JAには3割を超える女性組合員がいます。彼女たちをリードする存在が職員のなかにも必要です。組合員の夢を叶えるお手伝いをするのがわれわれJA役職員の役目ですが、そのためには自らも輝いていることが重要ではないでしょうか。女性職員たちが生き生きと活躍できるように、さらなる支援を進めていきます」。
「男女共同参画」が当たり前すぎてそんな言葉など消え去ってしまう。JA松本ハイランドなら実現できるかもしれない。
(インタビュー・文章 日本協同組合連携機構主席研究員・小川理恵)
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