JAの活動:負けるな! コロナ禍 今始まる! 持続可能な社会をめざして
京都大学こころの未來研究センター 広井良典教授 地方分散型システムへの移行と「生命」の時代(上)【負けるな! コロナ禍 今始まる! 持続可能な社会をめざして】2020年6月24日
新型コロナウイルス収束後の社会を考えるうえで、「都市集中型」から「地方分散型」への転換は重要な要素。京都大学こころの未來研究センターの広井良典教授は、分散型システムへの移行が若い世代の力で着実に作られようとしていると指摘する。また、「コロナ後の世界」を考えた時、「生命」が基本コンセプトととなり、農業と食が象徴的存在になると予測。医療・健康、環境、生活・福祉とともに中心的な位置を占め、大きく発展していくと分析している。
◆地方分散型システムへの移行――AIは新型コロナを予言したのか
新型コロナウイルスの災禍で日本と世界の状況が一変した。ここでは「コロナ後」の社会をどのように構想すべきかについての私見を述べてみたい。
今回の新型コロナ問題の発生を見て、まず私が驚いた点がある。それは、そこで浮かび上がった課題が、私たちの研究グループがここ数年行ってきた、AIを活用した日本社会の未来に関するシミュレーションの内容と大きく重なる内容だったことである。
以前に本サイトでも紹介したことがあるので簡潔にとどめるが、そこでのポイントは「都市集中型」から「地方分散型」社会への転換の必要性だった(「提言:「地方分散型」の日本へ――AIが示す日本の未来」2020年1月15日)。
具体的には、AIを活用して2050年の日本に向けた2万通りのシミュレーションを行ったのだが、そこでは東京一極集中に象徴されるような「都市集中型」よりも、「地方分散型」と呼びうるシステムのほうが、人口・地域の持続可能性や格差、健康、幸福といった点において優れているという内容が示されたのである。しかも都市集中型か地方分散型かに関する、後戻りできない分岐が2025年から2027年頃に起こるという結果だった。
今回の新型コロナウイルスをめぐる問題が、この「都市集中型か地方分散型か」というテーマと深く関わっていることは言うまでもない。感染拡大とその災禍が際立って大きいのは、ニューヨーク、ロンドン、パリそして東京など、人口の集中度が特に高い一千万人規模の大都市圏である。これらの極端な「都市集中型」地域は、"3密"が常態化し、環境としても劣化している場合が多く、感染症の拡大が容易に生じやすく、現にそうしたことが起こったのだ。
まるでAIが、今回のコロナ・パンデミックを予言したかのようである。
一方、たとえばドイツにおいて、今回のコロナによる死者数が相対的に少ない点は注目すべき事実であると私は考えている。これには様々な要因が働いているが、ドイツの場合、国全体が「分散型」システムとしての性格を強くもっており、ベルリンやハンブルクなど人口規模の大きい都市も存在するものの、全体として中小規模の都市や町村が広く散在しており、「多極」的な空間構造となっている。
全体として、今回のコロナ禍は「都市集中型」社会のもたらす脆弱性や危険度の大きさを白日の下にさらしたと言うべきだろう。
ちなみに、コロナ後の社会について最近「ニューノーマル(新常態)」という表現が使わることがある。
では、これまでが果たして「ノーマル」だったのかと言うと、たとえば首都圏の朝の通勤ラッシュを思い浮かべると、それはどう見ても「アブノーマル」と言わざるをえない姿だろう。こうした点を含め、ある意味で日本社会全体が過度な"3密"だったと言えるのではないだろうか。
以上のように考えていくと、"密"から"散"、あるいは「集中から分散」という方向は、個人がこれまでより時間的にも空間的にも自由度の高い形で働き方や住まい方、生き方を設計していくことを可能にし、それは結果として経済や人口にとってもプラスに働き、社会の持続可能性を高めていくだろう。
そしてこれらは、人口や経済が拡大を続け、"東京に向かってすべてが流れる"からの根本的な転換を意味する。
ちなみに、いま指摘した"東京に向かってすべてが流れる"時代、"集団で一本の道を上る時代"において、日本における食料自給率は、他の先進諸国と全く異なり、一貫し減少してきた(図1)。「農」を脇に追いやってきたのがその時代の日本だったのである。
「アフター・コロナ」の社会構想の中心にあるのは、そうした方向とは真逆の、トータルな意味での「分散型システム」への転換に他ならない。
そして、こうした方向への動きは、特に若い世代の間で明確な形で始まろうとしている。たとえば大学での私の教え子の一人は、「千葉エコ・エネルギー」という環境関連の会社を起業し、ここ数年、農業と自然エネルギーを組み合わせて耕作放棄地の削減を目指す「ソーラー・シェア」という事業に取り組んでおり、いま同事業は全国的に広まりつつある。
また先日私は、日本農業株式会社という会社を学生時代に立ち上げた大西千晶さんという方から連絡をいただいたが、彼女も無農薬でお米と野菜を作りつつ、自然破壊・一極集中・地方の没落・格差社会という経済が生み出した壁を農業は乗り越えられるのではないかとの考え方のもと、農業から新しい価値を創造していくことに全力で取り組んでいる。
真に豊かで持続可能な「分散型システム」への道標は、若い世代の力で着実に作られようとしているのだ。
◆「生命」の時代と農業
さて、「コロナ後の世界」の展望についてもう1点指摘したいのが、今回のパンデミックは、これから私たちが生きていく時代が、「生命」を基本コンセプトにする時代になっていくことを象徴的に示しているという点だ。
そして、後でもあらためて述べるように、農業そして食に関わる領域は、この「生命」をもっとも象徴的に示す分野に他ならない。
ここで歴史を大きな視点でとらえ返すと、17世紀にヨーロッパで「科学革命」が生じて以降、科学の基本コンセプトは、大きく「物質」→「エネルギー」→「情報」という形で展開し、現在はその次の「生命」に移行しつつある時代であるととらえることができる(拙著『人口減少社会のデザイン』第3章参照)。
すなわち、17世紀の科学革命を象徴する体系としてのニュートンの古典力学は、基本的に物質ないし物体(matter)とその運動法則に関するものだった。
やがて、ニュートン力学では十分扱われていなかった熱現象や電磁気などが科学的探究の対象になるとともに、それを説明する新たな概念としての「エネルギー」が19世紀半ばに考案された。これは他でもなく、産業革命の展開あるいは工業化の進展と呼応しており、石油・電力等のエネルギーの大規模な生産・消費という経済社会の変化と表裏一体のものだった。
そして20世紀になると、「情報」が科学の基本コンセプトとして登場するに至る。具体的には、アメリカの科学者クロード・シャノンが情報量の最少単位である「ビット」の概念を体系化し、情報理論の基礎を作ったのが1950年頃のことだった。
重要な点だが、およそ科学・技術の革新は、「原理の発見・確立→技術的応用→社会的普及」という流れで展開していく。すなわち一見すると、「情報」に関するテクノロジーは現在爆発的に拡大しているように見えるが、その原理は上記のように20世紀半ばに確立したものであり、それは既に技術的応用と社会的普及の成熟期に入ろうとしている。
つまり、実は「情報」やその関連産業は"S字カーブ"の成熟段階に入ろうとしているのであり、いわゆるGAFAの業績も最近では様々な面で陰りがさしてきていると言われる。
そして、先述のように「情報」の次なる基本コンセプトは明らかに「生命」であり、それは人間と自然を含め、この世界におけるもっとも根源的な現象であると同時に、「生命科学」といった場合のミクロレベルのみならず、生態系(エコシステム)、地球の生物多様性、その持続可能性といったマクロの意味ももっている。また、英語の「ライフ」がそうであるように、それは「生活、人生」といった意味も含んでいる。
そして、農業や食に関する領域が、この「生命」というコンセプトを代表する分野であることは、先ほど指摘したとおりである。
つまり全体として、農業、医療・健康、環境、生活・福祉といった、「生命」に関わる領域が経済構造としても中心的な位置を占め、大きく発展していくのがこれからの時代なのだ。
こうした包括的な意味の「生命」あるいはそれと人間との関わりが、これからの21世紀の「ポスト情報化」時代の科学や経済社会の中心コンセプトとなっていくということを、私自身は先述のような一連の本の中で論じてきたのだが、今回のコロナをめぐる災禍は、ある意味でそれをきわめて逆説的な形で提起したと言えるだろう。
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