JAの活動:東京農大特集座談会
【東京農大特集座談会】地球環境と人々の「生きる」を支える 「農大サイエンスポート」始動2020年7月13日
東京農業大学学長髙野克己氏・生命産業「農」の科学と「実学」の融合
JA茨城県五連会長八木岡努氏・地域に信頼される人と組織を
東京農業大学名誉教授白石正彦氏・「農の価値」発揮の新人材を社会に
東京農業大学(東京農大)は、1891(明治24)年の創立以来、今年で129年となる。教育研究の理念に実学主義を掲げ、動植物全てに関わる総合科学を扱う大学として発展してきた。今日、農学の果たす役割が大きく広がっているなかで、国内はもちろん、国際的にもその存在感が高まっており、人類と環境を未来につなぐ「生きる」を支える大学として、社会に貢献する人材を送り出している。〝コロナ禍〟で、社会の価値観が問われるなか、座談会では、髙野学長を中心に八木岡JA茨城県5連会長(昭和54年に短期大学を卒業)、白石名誉教授の3人に語ってもらった。
JA茨城県5連会長 八木岡 努氏・東京農業大学学長 髙野 克己氏・東京農業大学名誉教授 白石 正彦氏
白石 大学創立129年を迎え、今年4月には東京・世田谷キャンパスに新しく完成した「農大サイエンスポート(研究棟)」や農生命科学研究所の創設(総合研究所機能の拡充・発展)及び世界の大学との提携など、さまざまな新しい挑戦がみられます。研究体制整備や新事業開発の現状をお話しください。
髙野 実学主義という本学の教育研究の理念を、今の時代にどう実現していくかが改めて問われていると思います。農大サイエンスポートは変わりつつある東京農大の一つのシンボルだと考えています。人物を(育て)畑に還すという建学の精神は、今の課題を解決するだけでなく、未来の課題を解決することで社会貢献する、そのための必要な学術研究を進めること、つまり理論と実践を結びつけることだと言えます。
東京農大には6学部23学科ありますが、農大サイエンスポートには世田谷キャンパスの4学部15学科、87研究室を集めました。学部学科の専門性が深まった結果、学部学科間の意思疎通が円滑に進まなくなったり、学部学科が増えたことで、研究領域が重複する部分も生まれたりする傾向もみられました。
このため、各研究室の壁を可能な限りガラス窓にしました。通路を歩くと、その研究室が何をやっているか、詳細は分からなくても雰囲気が伝わります。上下階をつなぐ階段の途中にも学生や教職員の交流スペースを多く設けました。感じ合い、語り合うことで、学部、学科を超えた化学反応が起き、そこから大きなイノベーションが生まれることを期待しています。
白石 農大サイエンスポートは都内でも最大級の研究施設で、設計コンセプトにある「農」の地層(知層)の実学化に期待しています。本学の海外協定校や自治体・農協・食品関連産業等との連携はどのように進展していますか。
髙野 海外30か国・地域の大学と協定を結んでいます。以前は米国・カナダ・東南アジアが中心でしたが、最近は欧州・アフリカ・オセアニアの大学とも交流を深めています。創立129年を機に一気に交流を加速するつもりでしたが、残念ながら、新型コロナウイルスの感染拡大で人の交流がストップしています。一方で、遠くにいても同じ距離感で交流できるインターネットを活用しての国際交流も進めて行きたいと考えています。
農生命科学研究所は、東京農大が何を目指しているのか、農大の研究領域の広がりをみなさんに伝えるために、これまでの総合研究所から名称を変更しました。食料生産の基盤である、農と人々の命を守ることを目的とするところから命名しました。
また、JAや地方自治体との連携を進めており、産業界との繋がりも強めています。企業と本学教員が期待する研究テーマを共同で、あるいは受託する研究が毎年増えており、東京農大の研究力は企業の大きな助けとなり、産業界での評価も高まっています。
そして今年から寄付研究部門と寄付講座を始めました。寄付講座は学生用カリキュラムを提供してもらうことと、寄付研究部門は研究用資金を基に研究室をつくり、企業と一緒に研究することですが、今年4月から「キユーピー(株)」との間で始めています。また、今年後半は(公財)発酵研究所が寄付研究としてスタートする予定です。外からの研究者が内部の学生や教員と一緒に研究し、1、2年後には産業界を通じて広く社会に発信されることを期待しています。
農大サイエンスポート交流スペース
大学とのパイプ太く
白石 本学の園芸研究室を卒業され、茨城県水戸市内で野菜類やハウスイチゴで農業経営の確立、国内外の新規就農希望の研修生の受け入れ、JA水戸の青年部委員長、JA水戸組合長など経て、今年6月26日にJA茨城県5連会長に就任されましたが、学生時代の学びはいま、どのように役立っていますか。
八木岡 東京農大の卒業生のネットワークにはすばらしいものがあり、重宝しています。私の息子は、現在、北海道オホーツクキャンパスの北方圏農学科の3年生で、新しい畑作技術や大規模経営について学んでいます。
また世田谷キャンパスの国際食農科学科は、食料の生産、生産者と消費者の交流、次世代への食農教育など、食と農に関する研究はコロナ禍の後のことを考えると、重要な分野で太いパイプでつながりを持ちたいと思っています。
ロシア極東連邦大学との連携協定調印式
イチゴで露の大学と
白石 東京農大の新しい動きをお聞きしましたが、その一つにロシアのウラジオストクの大学との海外協定がありますね。
髙野 ロシアの極東連邦大学との海外協定です。温暖化でこれから中・高緯度地域の農業をどうするかは大きな課題です。しかし、ウラジオストクの大学には土壌研究所はありますが、農学部はないとのことで、農業の研究が定着していないようです。そこで本学は寒冷地でもできる温室でのイチゴ栽培プロジェクトを立ち上げ、ロシアでは栽培されていない高糖度のイチゴが育ちました。このプロジェクトに関心をもつロシアの民間企業もあり、大学の教員も興味を示しています。農林水産省の補助もあり、一気に加速させたいと思っています。
もう一つの柱がハチミツです。寒冷地なので春には一斉に花が咲き、さまざまなハチミツが採れます。日本へ輸出できるように、また機能性など、北海道オホーツクキャンパスの教員と一緒に研究を進めているところです。
消費者・国民目線で
白石 髙野学長は、農林水産省の食料・農業・農村政策審議会の会長として、活躍されています。今年3月25日には新たな「食料・農業・農村基本計画」案を江藤拓農相に答申され、3月31日に閣議決定されました。どのようなビジョンを描き取り組まれましたか。
髙野 食料は生産する人がいて、それを消費し生活する人がいることが重要です。資源や資材、税金を投入して国民の生活、健康がどう維持されるかの視点が重要ではないかというのが、生産現場にいる委員の意見でした。農業者も生産だけでいいのではなく、自ら加工・販売するという6次産業化は簡単ではありませんが、いまはインターネットで買い手の情報を直接聞くことができます。
もう一つ、基本計画の10年という期間はプロジェクトとしてはいいですが、食料・農業・農村の大きな課題を考える場合には短すぎます。20、30年先のゴールを決めて、10年先をイメージできる目的を明確にして、5年ごとに見直すというのが基本計画のあり方だと考えて取り組んでいます。
白石 日本のカロリーベースの食料自給率が37%と国民食料の安全保障面で大変危惧され、10年後の45%目標の計画達成には同計画にも明示されている多様な家族農業の役割発揮と農業の多面的機能発揮(農業生産額に相当する価値)の2本柱を政府の骨格施策として拡充・強化し、一方で消費者、国民の理解を深める農協の役割発揮が求められ、営農面でのスマート農業等の面的なイノベーション等を持続させていくことが重要だと思いますが、八木岡会長はどのようにお考えでしょうか。
八木岡 基本計画では日本の食料自給率がいかに低いかが分かります。食料を輸入に頼り、今回の〝コロナ禍〟のマスクのようにならないといいのですが。
そして農業は法人化、大規模化、部会組織による市場流通、高齢者による直売やインショップなど、生産・流通が多様化しています。農協が、これを同じ切り口で支援するのは難しくなっています。茨城県は生産量日本一の農畜産物が13品目あり、1~3位までに30品目が入っています。JAで生産者の部会をつくると100くらいになります。大規模、中小規模、法人を含め、それぞれの強みを発揮できる販売チャネルを構築しなければなりません。
記帳代行、コロナ禍の持続化給付金の支援などに力を入れています。金融プランナー、 GAP(農業生産工程管理)の評価員など、各種の資格取得を支援しています。食育や、病院、高齢福祉など暮らしの面でも、いろんな提案ができるようにするのが農協の役割です。それには生産者から期待され、消費者からは信頼されるという関係づくりを強化する必要があります。
農大ブランドを開発
白石 厚木キャンパス動物科学科の岩田教授のチームで「農大和牛」の開発が進んでいますね。
髙野 プロジェクト研究として、熊本の褐毛和種(赤牛)と黒毛和種を掛け合わせた農大ブランドの肉用牛をつくろうということで始めました。農生命科学研究所の生物資源ゲノム解析センターが赤牛の遺伝子解析を行い、動物科学科の繁殖牛部門と一緒になって進めています。従来のサシの入ったものではなく、健康志向の赤肉で、濃厚飼料で育てた牛に比べ、増体率は劣りますが、味が濃厚だとの評価を得ています。酪農をしている卒業生のところで子牛を生産し、これをやはり卒業生の肥育農家にて仕上げるという3者コラボを目指して取り組んでいます。
白石 JA茨城県5連会長としての抱負とJA営農指導職員・農業者の経営・技術の能力アップを支援するため東京農大にどのようなことを期待しますか。
八木岡 会長として、"農協が地域に愛され信頼される人づくり・組織づくり"と"SDGs志向を含めたJA運動の強化"を目指しており、特に環境保全型農業づくり、地産地消型直販、食農教育活動、再生エネルギーの発電事業拡充などにJA茨城グループの個性を発揮したいと思います。東京農大との提携ではオーガニック農業や農協の組織・事業・経営について総研研究会農協研究部会等の指導をいただければ助かります。
学外農業研修で汗を流す女子学生(農学部)
農大の知見を現場へ
髙野 東京農大がもっている知財、研究成果を分かり易く発信していなかったということもあります。研究者は研究自体が目的化し、成果を現場に戻すことにつながっていませんでした。教員も学生も非農家出身者が増えて戻し方が分からなくなっているのかも知れません。
それを積極的にやられたのが土壌学の泰斗、後藤逸男名誉教授で、常に農家、農協と連携して研究成果を現場で発揮されてきました。その精神を継続したいと思います。現場の声を聞き、成果を現場で使えるよう提案するということで、大学と現場の双方向で議論する必要があります。そのための連携協定です。また、生産から加工、販売まで東京農大の卒業生がいます。一気通貫した専門家がおり、その専門家が集まり意見交換、意識を共有化する機会をつくりたいと思っています。
白石 農大サイエンスポートは研究室に所属する3、4年生と大学院生の約4000人(キャンパス内の半数)がここで過ごすことになり、受験したい学生にとってよいPRになると思います。コロナ禍のなか、あらたな教育はどのように考えますか。
髙野 教室での講義は後ろと前は違いますが、オンラインだと同じ距離で話ができます。体温が伝わらないということもありますが、ネット授業の良さも取り入れなければならないと思っています。
ポストコロナ、ウィズコロナではいろいろありますが、一つのウイルスでこんなに大きく社会が変わることはなかった。教科書にないこと、つまり一般常識から外れたことがこれから生きるうえで大事で、それには実学主義で現場に触れることです。これは東京農大だからこそできることだと自負しています。
白石 農林水産業・食品関連産業等に関心のある多くの受験生が学びたくなるような長期ビジョンを鮮明に現場の課題解決に挑戦する魅力的な教育・研究活動の活性化とSDGsの提起している「誰一人取り残さない」ための環境・社会・経済の3側面を結合したグローバル・パートナーシップの活性化視点から、東京農大のネットワークを生かし、国内外で注目される協同組合人らしい農業者、農協役職員づくりに本学と農協グループの連携強化を期待します。本日はありがとうございました。
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