JAの活動:ウィズコロナ 命と暮らしと地域を守る農業新時代への挑戦
日本一の農事組合法人「となん」の挑戦(上)小林光浩JA十和田おいらせ理事【ウィズコロナ 命と暮らしと地域を守る農業新時代への挑戦】2020年8月5日
新型コロナウイルス感染症の拡大が長期化するなか、改めて示されたのが命を支える食を地域で生産することの重要性と、食料生産の場である農村の価値の見直しではないか。こうした農村地域での農業の営みと暮らしを支える取り組みは、ウィズコロナ時代のわが国全体を持続させるためのものといえ、新たな技術や知恵を活かした農業や地域づくりが一層求められている。本特集ではこうした観点から「農業新時代への挑戦」をテーマに発信していく。今回は岩手県の農事組合法人「となん」を小林光浩JA十和田おいらせ理事にレポートしてもらった。
青森県の片田舎に住む私に一本の電話があった。「新型コロナウイルス感染症の影響で、東京から地方へ取材に行けないから取材を頼みたい」との本紙編集部からの電話である。皮肉なことに、今、世界中の敵であるコロナ感染症が、失業中の私に仕事を与えてくれた。
今、誰もがコロナ感染症の第2波・3波を恐れている。特に、首都「東京」の感染拡大がひどい。東京都1日平均の発生者数は、政府緊急事態宣言があった5月31人に対して、7月最初の7日間107人、次の7日間174人、3回目の7日間232人と急増。
今、国民の多くは、東京都との人の交流を控え、国も7月22日から開始した国内観光支援事業「Go Toトラベル」では、東京都発着の旅行を認めないことにした。こんな事情が、先の私に対する地方からの取材依頼電話となった背景である。
こんな訳で、コロナ感染症が1人も発生していない岩手県へ(その後7月29日ついに発生)、隣の青森県から私が取材に。青森からの感染だけは絶対に避けたい。必要以上に注意しながら取材しようと考えた。
インターネットに学ぶ地域力
コロナ禍では、「東京中心の我が国社会システムの危うさ」を知る。
そして、その対策は、現代IT社会の核である「インターネット」の世界から学ぶことができる。インターネットは、(1)世界中の個人・企業等のコンピューター力、(2)個々のコンピューターを結び付ける情報網のインフラ力、(3)複数のサーバー(情報集積・蓄積・提供)による個々を結びつけるネットワーク力が、一極集中の巨大ホストコンピーターをも上回る処理能力を実現し、巨大ホストや一部のサーバーがダウンした場合でも持続稼働を可能とする「一極集中からのリスク分散」を実現している。
今回の「農事組合法人となん」取材の結論を先に言えば、(1)地域の営農生産力と地域の暮らしを守る集落営農組織による協同組合活動と、(2)農業者・法人・集落営農組織を支える協同活動のサーバー機能を有する「岩手中央農協」の助け合い支援の協同組合力・ネットワーク力のあり方は、まさにインターネットの世界である。
こうした姿は、新時代における地域農業のあり方、地域・農村のあり方、広域合併農協のあり方を示す先行実例である。地方の時代、農村の時代の到来を予感させるものである。よもやの「地域を切り捨てまでも生き残ろうとする広域合併農協の姿」であってはならない。
湯沢農業生産組合近くの学童農園と熊谷会長
農事組合法人は一日にして成らず
今、注目されている「日本一の農事組合法人となん」は、岩手県の中央にある。岩手県都の盛岡市都南地域を対象とした加入組合員農家数953戸、経営面積974haと、農事組合法人の規模としては日本一であるという広域の集落営農組織である。
「日本一の農事組合法人となん」となるには、先ずは歴史があることを知る。まさに「ローマは一日にして成らず」である。この法人の会長理事は熊谷健一氏。2013年の法人化からは代表理事組合長であった。従って、「農事組合法人となん」の歴史は、熊谷健一氏の歴史でもある。そこで、熊谷氏の歴史とともに法人化の歴史を紹介する。
熊谷健一氏は、1944年、農家の跡取りとして生まれ、1963年、旧飯岡農協の職員となる。法人の歴史は、その当時の農協下部組織である農家組合員による「農家組合」にまでさかのぼる。熊谷氏は、農家の跡取りとして集落で農業をやりながら、旧飯岡農協の営農指導員として自分の集落「下湯沢農家組合」の事務局を担当した。その後、2007年度から始まる国の「品目横断的経営安定対策」の補助金受け皿として、広域集落営農組織「都南地域営農組合」を前年に発足し、2013年に法人化した。
この間、熊谷氏は、農協職員、経済担当常務、代表理事専務を歴任。農家、組合員の立場に立った農協経営を進め、農家組合・集落営農・直売所等を育成し、人・組織・地域づくりを進めている。元気集落には、「元気なリーダー、人物がいる」という証を見た。
広域集落営農の体制
先ずは、農事組合法人「となん」の広域集落営農の組織力(体制)を確認する。都南地域全体の農家戸数は1,481戸で水田面積1,432ha。1集落平均は農家戸数29戸、水田面積28ha。岩手中央農協は、この地域に住む農家組合員1,424戸を、集落毎に「農家組合」を組織し、農協活動を推進している。
2006年(平成18年度)、農事組合法人「となん」の前身である「都南地域営農組合」は、この51集落を参加単位としたが、2013年に法人化する際、大字単位に15の集落営農組織として合併させ、それぞれに「営農実践班」を作った。1集落平均は農家戸数64戸、水田面積82haとなった。
この営農実践班は、地域の持続的な営農を最前線で担う組織で、(1)農地集約や転作も含めた栽培計画づくり、(2)担い手への農作業受託等をとりまとめる。
こうして15の「営農実践班」が法人の活動を支え、その代表者が法人の役員(理事12人、監事3人)となる。法人運営体制は、常勤理事1人、事務局長、総括管理部長、企画管理部の総務課と企画課、業務管理部の業務課の職員15人(作業員含む)である。
食材加工センターの野菜保冷庫
生活活動を重視
「農事組合法となん」の特徴は、生活活動を重視した集落営農組織づくりを進めていることにある。このことは、農事組合法としての経営理念となっている。
何故、農業の生産法人が生活活動を重視しているのかは、次のように熊谷会長は語る。
◇ ◇
農業経営重視だけの法人では、地域・農村は豊かにならない。国が進める農業の法人化・大規模農業化は、経済活動の追求だけを考えたもので、「強い農業づくり」を実現できても、「元気のある地域農業」、「豊かな地域」、「農村づくり」はできない。
地域農業・農村は、「営農(農業生産)の場」であるとともに、「生活(暮らし)の場」でもある。私の基本は、協同組合。それは「儲ける」よりも、集落で生活していくための「助け合い」である。そのためには、営農と生活を組み合わせなければならない。
国等の「企業的農業」は、「個」に過ぎない。そうではなく、人と人とが繋がっている「集落」からスタートしなければ、この国の農村は守れない。
農村の共同活動にみられる結いの精神で、地域のみなさんの生きがい、幸せな生活をつくる法人を目指したい。事業はお金にならなければならないが、教育、運動、生活・文化活動は、5年後、10年後にお金になる。
◇ ◇
つまり、熊谷氏は、集落営農組織が単なる農業経営だけの農業生産の組織(法人)ではなく、営農と暮らしを守る地域の協同組合社会づくりをすすめる協同組合であるとの理解が必要であり重要である、ということを語る。
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