JAの活動:持続可能な社会を目指して 希望は農協運動にある
【特集:希望は農協運動にある】提言 農協運動の鍵は「参加」と「連帯」 田代洋一 横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授2020年10月5日
JAcom農業協同組合新聞は今年創刊90周年を迎えたことを機に「特集 希望は農協運動にある 持続可能な社会を目指して」を企画。その一環として農協運動の現場を牽引しているトップや識者の方から「希望は農協運動にある」をテーマにご提言をいただきました。
今回は、田代洋一横浜国大・大妻女子大名誉教授がこれまでの農協運動の課題と問題点を振り返り、いま農協運動が直面している課題を解決し協同組合運動を発展させていくために何が必要かを明らかにしています。
農協運動を振り返る
農協は、農家が個々にがんばっても解決困難な問題に、協同でたちむかうために組織された。「農協は組合員の協同運動そのもの」(山口一門『いま農協をどうするか』家の光協会、1987年、79頁)だ。農業者の「経済協同運動」(同153頁)を事業化したのが農協の原点である。
例えばミカン産地などでは、当初、個人出荷しては商人資本に買いたたかれた。そこで集落共選を立ち上げ共同販売した。それがやがて町村・郡単位の専門農協の共選・共販体制に拡大していったが、その基礎にはいつも集落共選班があった。今日の作目別部会なども、大きくなった農協内でそのプロセスを追体験していると言える。
しかしそのような原点は見えづらくなった。第一に、農協の前身である戦前の産業組合の多くは、昭和恐慌期の経済更生運動の担い手として、国家により地域ぐるみでの組織化が図られた。
実質的にそれを引き継いだ戦後農協も、国家が米を全量買い上げることで、国に対する官製共販組織になりがちで、「農協運動」といえば政治的な米価引き上げ闘争になった。米価運動自体は欠かせないが、現実には、票とひきかえに米価引き上げを与党に迫る圧力団体的な政治運動になっていった。
しかしそれも、1986年に選挙を前に与党議員のみを壇上にあげて踏み絵を踏ませるという茶番を演じて、幕を閉じた。
第二に、80年代後半からのグローバル化、金融自由化の中で、農協は信用事業のために自治体規模を超える広域合併に邁進し、そのこともまた農協運動を見えづらくした。
第三に、先の作目別部会組織を立ち上げたのは、もうおじいちゃんの世代のことになり、若い世代には組織刷新が必要だ。
グローバル化時代の農協運動―参加と連帯
1986年にガット・ウルグアイラウンドが始まり、農協はコメ自由化反対運動に取り組み、反TPP運動に引き継がれた。それは国民の主食を守る運動として、国民の理解と連帯を求める運動になった。
農業基本法(61年)の目的は「農業者のため」だったが、新基本法(99年)の目的は、食料安全保障(自給率向上)と農業の多面的機能の発揮、すなわち「国民のため」をめざした。農協も自らの将来像を「食と農を基軸として地域に根ざした協同組合」とした。
そこでは、農家の庭先売り、おすそわけからファーマーズマーケットへ、女性部のボランティア活動からデイケアセンターや農福連携へ、といった新たな「経済協同運動」の事業化が追求されるようになった。しかし運動が事業化されると、事業が独り歩きする面もある。
高齢化が進むなかで、新規就農者の確保、集落営農の組織化、農地確保の担い手として、農協への期待が強まった。日本が災害列島化するなかで、農協は地域の生活インフラの役割を担うとともに、太陽光・水力発電に取り組む農協もでてきた。さらには、農村の過疎化、地域格差が進むなかで「小さな拠点」・地域運営組織の一環としての期待も高まっている。
要するに「組合員の協同運動」から「地域の協同運動」への発展である。そこでは農協運動にとって、外に向かっての「連携」と、内に向かっての「参加」がより重要になる。以下では後者について述べる。
農協運動の今日的課題
農協経営は今、農林中金の奨励金金利の引き下げにより、経営の持続可能性を厳しく問われ、コストダウンをめざして、人件費の削減、支所支店統廃合、広域合併等に取り組んでいる。
しかし統計的にみても、人員削減は必ずしも事業総利益の拡大につながらず、農産物総販売額を増やすには人員確保が必要である。
支店統合すれば、高齢者や准組合員は利便性の喪失から農協を離れて「ゆうちょ」や地銀に行く。正組合員も仲間同士のコミュニケーションの場を失い「もう農協じゃないね。銀行だね」となってしまう。
広域合併については、西日本の大半の県が1県1JA構想をもつに至ったものの、ここにきて信用事業面からのメリットが薄れ、一度立ち止まって再検討する時期にさしかかった。
しかし、ここでそれらの是非を論じようとするわけではない。農協がその進路を切り開き、組織再編するにあたって、組合員の意見がどれだけ反映されているかがポイントである。多くの合併計画書等には、詳細極まる事業計画等が盛られているが、なぜ合併するのかについては、「組合員のため」といった抽象的一般的な説明にとどまり、支所統廃合や合併のメリットとデメリットが洗いざらい組合員の前に明らかにされているとはいいがたい。「参加」はあることはあるが、多分に形式化している。
准組合員参加と部門別損益
「参加」については、農家(正組合員)だけでなく非農家(准組合員)の「参加」も課題である。今や准組合員の割合は全国平均で60%になる(出資口数の26%)。正准組合員の利用額に占める准組合員の割合は貯金45%、貸付金57%、共済掛金33%だ(員外を除く、農水省、2019年度)。これだけのウエイトを占める准組合員が、議決権・選挙権をもたず、正式な参加ができない。
もう少し具体的に見よう。総代会資料の監査報告の次に部門別損益計算書の一枚紙が載っている。そこで事業管理費配賦後の事業利益=100とすると、信用122.3、共済76.1、農業▲23.1、生活▲16.6、営農指導▲58.7である(2018年度)。
▲は赤字であり、黒字部門から補填される。総合農協である以上、このような内部補填自体は正当な処置だが、農協内部においては相互理解が必要である。特に、正組合員が利用する農業部門の赤字▲22.7の一部は、准組合員の事業利用からも補填することになるが、そのことの理解や了解を要する。
そのためにも農業部門の赤字を減らす必要がある。カギはコスト削減(リストラ)よりも、農産物販売額の増大に尽きる。そのためにはさらに営農指導事業に注力する必要もでてくる。先の部門別損益の営農指導事業の赤字額を正組合員一人当たりにすると(要するに事業利益をどれだけ営農指導にふりむけているかの実額)、平均で2.6万円である。その額は北海道や一部の都市農協では10万円を上回るが(都市農協では信用事業の利益が大きい)、全国平均以下の産地農協も多い。そこでは営農指導の「赤字」をもっと増やすべきかもしれない。
そのためにも、営農指導事業の赤字を、国民のための食料安全保障や多面的機能の発揮に貢献するものとして位置づけ、正組合員はもとより准組合員の理解と協力を得ていくことが欠かせない(そのために准組合員等の家庭菜園への「営農指導」も必要になるか)。このような論議を深めるためにも、部門別損益は重視されるべきである。
「参加」を深めるために
要するに「参加」には、准組合員の「参加」も不可欠だ。しかしそれは必ずしも、法改正して、正組合員と同じウエイト付けで准組合員にも正規の議決権を付与すべきだ、ということではない。要は実質的な参加の機会を設けることが大切だ。准組合員の多くは農協の事業利用にとどまり、必ずしもそれ以上のコミットを求めているわけではない(「スープの冷めない距離」)。だからこそ「参加」の機会と意味を運動として掘り下げる必要がある。准組合員向けの機関紙発行や1支店1准組合員対策に取り組む農協もある。
農協が大きくなると、総代はより多数の組合員から1人えらばれることになり、しかも現実の総代会ではなかなか発言しにくいかも知れない。しかし幸い農協には集落や地域・支店ごとの委員会や座談会がある。そこに准組合員が参加したり、准組合員だけ別の機会を設ける農協もある。
そのような集会を通じて地域の意見を集約・反映させる。そのためには高齢化で不活発になった農家(生産)組合等の活性化の取組も重要な課題である。このような農家組合対策に取り組む農協もある。
世界の新しい協同組合運動
2008年のサブプライム危機を通じて、営利企業(株式会社)が主導する資本主義の限界が明らかになった。新型コロナウイルス危機がそれに追い打ちをかけた。そのなかで「協同組合運動」が、ICAの協同組合原則にのっとった形で、しかも先端のIT技術を駆使しつつ(グーグル、フェイスブック等に対抗する「協同」プラットフォームの形成)、アメリカ、スペイン、ケニア、エクアドルなど世界中で試行されている(N.シュナイダー『ネクスト シェア』月谷真紀訳、東洋経済新報社、2020年)。まさに「希望は協同組合運動にあり」である。
日本の協同組合は大規模化したが、その内外から、地域から地球大の問題までアプローチする「協同組合運動」を発展させていくことが求められている。農協運動とは波状的に新たな課題にチャレンジしつつ、くりかえし追体験していくものだろう。鍵は「参加」と「連帯」にある。
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