JAの活動:持続可能な社会を目指して 希望は農協運動にある
【特集:希望は農協運動にある】現地ルポ:農協の挑戦 九州北部豪雨災害を乗り越えて JA筑前あさくら(下) 村田武 九州大学名誉教授2020年10月12日
2:JAの財産は農地と組合員「被災農家を離農させない」
深町琴一代表理事組合長に聞く
――今日お訪ねしたのは、(一社)農協協会が創設90周年を迎え、コロナ禍後の持続可能な社会をめざすうえで、「希望は農協運動にある」をテーマに「JAcom農業協同組合新聞」の特集が企画されたことにあります。そこで、私は同紙編集部に、西日本では2017年の九州北部豪雨災害からの被災地復興をめざす深町琴一代表理事組合長を先頭にした筑前あさくら農業協同組合(JA筑前あさくら)を取材させてほしいと要請しました。「JAは地域から逃げることが出来ない。真正面からどう闘っているか。農協運動の原点がここJA筑前あさくらにある。」と思ったからです。
2017(平成29)年7月5~6日の九州北部豪雨災害から3年が経過しました。まず、当時の状況とその後の復旧状況をお話ししてくれませんか。
JAグループの総力支援に心から感謝
深町 ほんとうに経験したことのない豪雨災害でした。37名も出た死者のなかには組合員もいました。そのなかには当JAの貴重な人材(職員)も一人いました。大変残念に思っています。
JA筑前あさくらは筑後川中流の右岸(北側)にあって、山田堰(やまだぜき)から取水する水路と朝倉三連水車(国指定のかんがい施設遺産)が有名ですが、それも土砂や流木に埋め尽くされました。
災害後すぐに博多万能ネギのハウスや果樹園の復旧に、延べ約2500名ものJA役職員が駆けつけてくれ、土砂出しや流木撤去に協力してくれました。その他、福岡県内の全農協が、義援金や支援物資など「オールJA福岡」で支えてもらいました。一輪車やスコップを持っての応援で、泥に埋まった柿やブドウ園の泥をただちに排除してくれたことで、柿やブドウの木が生き残りました。JAふくおか八女は組合長自らがユンボを持ってかけつけてくれました。JAグループの総力を挙げての支援がどんなに嬉しかったことか。私は「農協人で良かった」と、これが協同組合運動であることを身を以て実感できたと思っています。
さらに、博多万能ネギの空輸「空とぶネギ」として長年のつきあいがあるJALからの義援金や、JAのラー麦(福岡総合農業試験場が開発したラーメン用品種「ちくしW2号」)を使ってくれている即席麺企業「(株)マルタイ」からの義援金など、多くの支援をいただきました。また、2017年度は、豪雨以降の天候に恵まれたことに加え、被害支援として仲買人等が全国的に協力してくれ、販売額は前年度よりも大きかったのです。しかし、柿園地は豪雨災害の集中した山間傾斜地に多く、2017年度末には柿生産部会の会員は36名も減りました。
――深町組合長は、災害後速やかに「災害復興対策室」を立上げられましたが、どのような意図があったのですか。
深町 第一に、相談窓口の一本化です。第二に、被災した現場に出向いてまず意見を聞くことが大切だと考えました。これは、職員はそれこそ24時間体制で現場を走り回ってくれました。「一(いち)言えば十(じゅう)走る。」職員には感謝しかありません。今でもそうです。第三に、農業ボランティアセンターの運営です。第四に、市町村や県など行政との連携ですね。そのうえで、JA内での連携です。相談の内容によっては関連部署、たとえば地域振興部などがただちに対応するという連携がスムーズに行われるようになっています。災害復興対策室は最大時8名体制で、現場に出てくれました。JA職員が現場に出てくれたことが、被災農家のあきらめを克服することに大きく貢献したと思います。
――JAの共済金も被災者には大きな貢献をしたと思いますが。
深町 建物更生共済が1855件で、共済金が61億1000万円、自動車共済は軽トラなど車両431台で、3億6000万円でした。現場確認に入れなかった被災地にはドローンを利用してくまなく被害調査しました。被災者には喜んでいただいたと思っています。まさに、「共に助け合う」というJA共済そのものですね。
――まだまだ復旧途上ということですが、農地の復旧で、「松末実験圃場プロジェクト」の現場を見させてもらいました。
深町 被害をうけた農地をどう復旧するかです。「松末実験圃場プロジェクト」は、まず災害残土を基盤土としタイヤローラーで転圧し、その上に表土の深さを2種類作り、収量などにバラツキがないかどうかを実験するものでした。ところが、災害残土(水田やハウスに流入して堆積した残土)を基盤土としてその上に表土を作るという例は全国では実施したことがない。朝倉農林事務所や朝倉市の提案でまずやってみよう、ということになりました。実証区の調査は朝倉普及指導センターが実施してくれました。結果として、水稲栽培には水はけが悪いということはあるものの、施肥の調整しだいで収量にバラツキはないという報告を受けています。一方で、真砂土と粘土の配合を工夫しながら青トウガラシ、スイートコーン、カボチャなど野菜栽培への試みも行いました。JAの財産は農地と組合員です。災害で農地を減らすわけにはいかないというのが、この実験圃場を取り組む基本的な考えなのです。
さらに、被災した樹園地における土壌分析に力を入れています。土壌診断にかかる費用は「志縁プロジェクト」の志縁金を活用させていただいています。果樹生産者の中には、復旧不能な園地から移動して、新たな園地で栽培を再開している例もあり、部会の随時講習会などで土壌診断の要望が多かったことが土壌診断実施の大きな要因です。「JA全農ふくれん土壌分析センター」での分析結果は、営農指導員を通じて生産者に報告されます。園地ごとの施肥指導に結びつけ、地力の維持による品質・収量の向上がめざされています。
――「久喜宮ドリームファーム」はたいへん興味深い取組みですね。
深町 農協の財産は農地と組合員であって、被災組合員の経営をどう再建するかです。柿産地を維持するために、柿農家の新たな収入源としてアスパラガスとの複合経営はどうかという提案が「久喜宮ドリームファーム」です。JAは被災農家を見捨てたりしないというJAの覚悟を組合員に示したいというのが私の狙いです。
また、JAでは2018年度から、新規就農者の育成と就農を支援する「新規就農センター」を開設しました。センターには、施設トマト用として旧朝倉農業高校跡地に4連棟のハウスを整備し、第1期生として管内外から若手研修生3名を迎えました。「JA冬春トマト部会」の協力を得て、同部会OBの指導で栽培技術をはじめ、土作り、病害虫防除や施設、農業機械、農業経営基礎を1年間かけて学びます。研修終了後までに、遊休農地、空きハウスの情報収集や有効活用など就農先確保、就農定着までの支援も行います。「冬春トマト」の研修の外にも、野菜・果樹・普通作など品目ごとの受入れ農家との2つの指導体制で、独立後も安定した農業経営ができるよう認定新規農業者として育成、支援していきます。
――山腹崩壊と小河川への土石流で山間集落では残った農家が数戸に減り、集落機能が維持できなくなっていることはたいへんですね。
深町 そのとおりです。豪雨被災で集落がなくなったり、わずか数戸しか残っていなかったりと、昔からの集落の助け合い機能がなくなってしまった地区がたくさんあります。JAとの関わりでは、JA情報の伝達機能には欠かすことのできない農事組合組織の再編成が必要です。集落の統合も必要かもしれません。これには行政と一体になって、組合員ととことん話し合わなければなりません。
――ありがとうございました。3年間でよくぞここまで頑張ってこられたというのが、私たちの率直な感想です。今後のご健闘を心からお祈り申し上げます。
取材を終えて
(一社)農協協会設立90周年を記念する本紙特集号のために、災害を乗り越えて地域社会の復興再生にとりくむ農協として、西日本では、2017年九州北部豪雨災害で甚大な被害を受け、復興に全力をあげる「JA筑前あさくら」を取材させていただいた。取材には、髙武孝充氏(元福岡県農協中央会営農部長)と椿真一氏(愛媛大学農学部准教授)の参加を得た。現地では、災害復興対策室の田頭剛室長・濱崎俊充課長に災害現場を案内いただくとともに、深町琴一代表理事組合長とのインタヴューには、災害復興対策室のお二人とともに、平田淨代表理事副組合長、林俊幸地域振興部部長にも同席いただいた。私は、ここにJAと組合員とが前向きにひた走る「農協運動の真髄」を見る思いがした。(村田武)
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