JAの活動:持続可能な社会を目指して 希望は農協運動にある
【特集:希望は農協運動にある】現地ルポ:農協の挑戦 九州北部豪雨災害を乗り越えて JA筑前あさくら(上) 村田武 九州大学名誉教授2020年10月12日
気候変動や温暖化の影響によってかつては考えられなかったような集中豪雨が日本全国を襲い、農業にも大きな被害をもたらしている。2017年7月北九州を襲った記録的な大雨は、福岡県朝倉の農業に壊滅的な被害をもたらした。あれから3年「農との共生を育み地域と共に」を掲げるJA筑前あさくらは、JAの総力を挙げて地域社会の復興再生に取組んできた。その3年間の闘いを現地に取材した。
朝倉農業の象徴的存在の3連水車も土砂に埋まる
1:地域社会の復興再生にとりくむJA
2017年九州北部豪雨
2017(平成29) 年の7月5~6日にかけて、対馬海峡付近に停滞した梅雨前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んで線状降水帯が発生・停滞し、九州北部地方で猛烈な記録的大雨となった。筑前あさくら農業協同組合(JA筑前あさくら)の朝倉市では、この2日間の降水量は586mmを記録した。河川氾濫による浸水被害に加えて、山腹崩壊による土石流とともに大量の流木で被害が拡大した。JA管内だけで死者37名を数え、1600棟を超える家屋の全半壊や床上浸水など、甚大な被害となった。
JA管内の被害面積は田畑を合わせて1120ヘクタールにおよび、農産物および機械・施設を含む農業被害額は389億円にのぼった。とくに被害が大きかったのが主力品目の柿である。山腹崩壊によって園地が崩れ、土砂に埋もれるのが少なくなかった。2020年9月現在では、平地はほぼ100%復旧できたが、中山間地では小河川の改修工事にようやく手が付きはじめた段階で、農地や農道の復旧はまだ先の先、全体としてせいぜい2割が復旧できたというところである。
小河川復旧工事の様子
「災害復興対策室」の設置
JAでは豪雨災害の3か月後に「災害復興対策室」を設置した。まずは災害直後から組合員を窓口でたらい回しにできないと、相談窓口を1本化したのである。そのうえで、復旧についての国や県等関係機関との情報共有を統合し、被災した農業者の意見をくみ上げる部署が必要だとの組合長の判断での設置であった。JA内から対策室室長・課長など4名を配置し、JA福岡県各連合会から1名ずつの出向を得て、あわせて8名での船出であった。11月には関係機関の協力のもと、JA農業ボランティアセンターを開設した。社会福祉協議会による災害ボランティアは被災住宅などへの支援が中心であって、農地復旧には独自に「農業ボランティア」が必要であったからである。これまでに延べ5400名が農地の復旧に参加してくれた。
12月には西日本新聞社が「九州北部豪雨被災地志(し)縁(えん)プロジェクト」を立ち上げてくれた。新聞の読者を中心に「志縁」を呼びかけるもので、「志縁」は1口1万円、志縁した人には3000円分のJA管内の農産物や加工品が届く。7000円分は被災地の農業支援にまわされるものである。これまでに3256口もの志縁があり、返礼品分3割をのぞく約2300万円が以下の2つに代表される農業復興のための事業に活用されている。
崩壊山腹の復旧工事
「松末実験圃場プロジェクト」
朝倉市東部の杷木松末(はきますえ)地区は中山間地に位置し、豪雨による被害がもっとも大きかった地区のひとつである。水田の表土が流出したあとに、山間部からの真砂土(まさど)が一面に堆積し、水路も壊れ水稲作付けが困難な状態が続いていた。この地区で翌2018年5月に開始されたのが「松末実験圃場プロジェクト」である。水田やハウスに流入し堆積した災害残土を有効活用して農地再生をめざす土壌試験である。この実験圃場には、松末地区コミュニティ協議会のほかに、JA筑前あさくら、国土交通省、福岡県(農業総合試験場・朝倉農林事務所・朝倉普及指導センター)、朝倉市が参加している。
まず4アールの農地を実験圃場とし、朝倉市内に流入した真砂土と粘土性の土砂を混ぜ合わせて、農地の復旧で不足する耕作土として再生できないかの実験。次いで2019年度からは、農地に堆積した災害土砂の上に、基盤土(10~20cm)と表土(15~20cm)の厚さが異なる10アールの水田を3区画造成して水稲を栽培した。被災農地を復旧するのではなく、被災農地の上に新たに圃場をつくってしまおうという試みは、全国でもあまり例のないものだという。この30アールの実験圃場では、朝倉普及指導センターの指導の下、JAによる苗や肥料などの資材提供のうえで、松末生産組合が管理を担っている。
松末実験圃場
実験の結果、3つの圃場での収量差はほとんどなかった。2020年度は水稲を25アールに減らし、5アールは野菜を栽培することとした。農地の再生にむけて日々試行錯誤が続いている。
「久喜宮(くぐみや)ドリームファーム」
JA筑前あさくらは、豪雨で被災した柿農家にアスパラガスの生産を推奨している。朝倉市杷木地域は日本有数の柿産地であるが、豪雨災害で柿園地が押し流されたほか、土砂に埋め尽くされる被害が続出した。柿部会の構成員は2017年3月の442名が、2020年3月には382名に60名も減ってしまった。そこでJAは柿産地を維持するために、柿農家の新たな収入源確保をめざして、柿とアスパラガスの複合経営を提案している。
アスパラガスは多年性作物であることに加え、年に2回の収穫が可能で、価格も高値安定している。さらに、柿の手入れや収穫の時期とも比較的重ならないことがアスパラガスを推奨する理由である。ところがアスパラガスの導入にかかる資金や農地の確保は被災農家には容易でない。
そこで、JAは農地中間管理機構を通じて40アールの荒廃農地の利用権を自ら取得し、そこにビニールハウス10棟(計27アール)を建設し、アスパラガス農園「久喜宮(くぐみや)ドリームファーム」を2020年2月に完成させた(初期投資は約2000万円)。
アスパラガスの収穫は新植後3年目からであるので、最初の2年間はJAの直接経営とし、栽培管理担当に応募した被災農家2戸と生産管理委託契約を締結した。その2戸の生産者は「ファームディレクター」とよばれ、アスパラガスの栽培管理や収穫・出荷、生産施設の管理などを担い、管理委託料を農協から受け取る。苗や肥料、農薬などの生産資材はJAが用意する。生産者にとってこの2年間は研修期間という位置づけで、アスパラガス生産技術を習得してもらう。年2回の収穫が始まる3年目に、JAから経営移譲を受け独立することになる。
生産者は農地の利用権を譲渡されると同時に、JAにハウスのリース料を支払う。アスパラガスは10アール当たり3トンの収量を想定しており、粗収益300万円以上が期待されている。この方式は、農地取得やハウス施設の整備にかかる農家負担を軽減し、営農指導を通じて被災農家の営農再開を全面的にバックアップできる点が期待されている。私たちが9月18日の現地取材でお会いした「「ファームディレクター」の金子耕三さん(63歳)と井上麻美さん(36歳)の明るい顔は、被災農家を励ますこの事業の意義の大きさを痛感させるものであった。JAではこの事業をモデルとし、今年度新たに2カ所でアスパラのハウスを設置し、4名が生産管理を委託される予定である。
2:JAの財産は農地と組合員「被災農家を離農させない」深町琴一代表理事組合長に聞くに続く
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