JAの活動:持続可能な社会を目指して 希望は農協運動にある
【特集:希望は農協運動にある】地域の健康 守る要に JA全厚連 山野徹会長に聞く2020年11月10日
JA厚生連(以下「厚生連」)は全国で105病院を有し、公的医療機関として地域の医療を支えている。だが人口の減少等で病院経営が苦しくなっていたところに、新型コロナウイルスが拍車をかけた。人口の一極集中、高齢化が進み、今後、地域医療の重要性が一層高まるなかで、協同組合組織であるJA厚生連の保健・医療事業はどのような役目を果たすべきか、山野徹・全国厚生農協連合会(JA全厚連)経営管理委員会会長に聞いた。
(聞き手は農業・農政ジャーナリスト 榊田みどり氏)
JA全厚連 山野徹会長に聞く
病院は健康守る拠点
―JA厚生連が歴史上果たしてきた保健・医療・高齢者福祉事業の役割と農村のスプロール化(都市が無秩序に広がる現象)による非農家の住民比率の高まり、人口減少・高齢化が進む中で、厚生連が今後、地域の中で担うべき役割についてどのように考えますか。
農村の医療を担う厚生事業は1919(大正8)年、窮乏している農村の解消と低廉な医療供給を目的に島根県の青原村(現津和野町)の信用購買販売生産組合が医療事業を兼営したのが始まりです。その後、この運動は全国に広がり、1948(昭和23)年、新しい農協法のもとで現在の厚生連が誕生しました。
現在、全国32の都道県郡に33の厚生連があり、105病院、65診療所のほか、健康管理センターや介護老人保健施設、訪問看護ステーション、特別養護老人ホームなど数多くの保健・医療・介護施設を運営し、地域医療を守る最後の砦(とりで)としての役割を果たしています。
保健事業については、人間ドック等の施設健診だけでなく、巡回健診にも力を入れており、農村地域の住民の健康を守っています。私の地元の鹿児島県は離島が多く、厚生連では南北600kmのエリアを巡回健診しています。
巡回健診では医師や看護師などの職員の負担は大きくなりますが、人口が減っても、地域の人々の暮らしと健康を支えるという厚生連の役割はこれまでと変わりません。
また、地域にある厚生連の施設は、保健・医療・高齢者福祉活動を通じて高齢者の健康を守るとともに、できるだけ自立した生活ができるよう啓発し、生きがいをもってくらすための交流の場としても貢献しています。
経営先行の病院再編
―人口が減っても役割は変わらない。厚生連の事業はまさに地域医療の最後の砦ですね。しかし、現実には人口の減少、高齢化の進展は、経営への影響が大きいのではないでしょうか。
ご指摘の通りで、厚生連の事業をとりまく環境は厳しいものがあります。中でも医師の確保が大きな課題です。医師が都市部に偏在し、地方では医師不足が深刻になっています。長時間労働の解消など、医師の働き方改革は必要ですが、地方では医師の多大な努力によって何とか地域医療を維持している実態です。拙速に医師の働き方改革が進められると地域医療体制が崩壊する恐れがあります。医師の偏在を解消し、地方への適正配置がなされるよう国に要請しているところです。
また、2014(平成26)年に成立した医療介護総合確保促進法に基づき、2025(令和7)年の医療提供体制のあり方(病床の機能別必要量等)について、各都道府県は「地域医療構想」を策定しました。この構想の具体化に向けた議論を促すため、昨年9月に厚労省は全国の公立・公的病院について再編・統廃合の検討が必要とする424の病院をリストアップし、そのなかに31の厚生連病院が入っています。
データのみを基本とした再編・統合ありきの議論とならないよう、厚労省に要望するとともに、検討を進める際の留意事項を整理し、地域ごとに求められる厚生連の対応策等について個別に検討・協議していくこととしています。
協同の精神を再認識
―コロナ禍で、厚生連の経営環境はさらに厳しくなっていますね。
105病院のうち33病院が感染症指定医療機関に指定されており、40以上の厚生連でコロナウイルス感染者を受け入れています。また66の病院で帰国者・接触者外来を設置し、PCR検査等を実施しています。
感染症への対応は難しいところがあります。感染症病床は減る傾向にありましたが、新型コロナウイルスでは病床が足りず、まるまる一棟を専用病棟に充てなければならないようなケースも発生し、医療現場は大変混乱しました。地域医療構想で、病床の削減などが検討されていますが、今世紀は感染症の時代とも言われており、これからも新型コロナウイルスのような感染症が発生する可能性もあり、予断を許さない状況にあります。医師の不足もあり、一つ間違うと地域医療崩壊を招きかねません。
経営面でも非常に厳しい状況にあり、入院の予定延期などで患者が減り、外来患者も感染を恐れて大きく減少しています。健診受診者も減っており、厚生連全体で4月から8月の累計で230億円以上の赤字になっています。国の補助金等を活用し、農水省の指導も仰ぎながら経営維持のための努力をしていますが、収束が見えず引き続き厳しい状況が続いており、国に対して一層の支援を求める要請活動を行っています。
一方で、JAグループから支援募金やマスク、防護服などの医療用品の提供のほか、さまざまな支援をいただいたほか、JAグループ以外の方々からも多くの支援をいただき、大変感謝しています。厚生連職員は、改めて協同組合の相互扶助の精神のすばらしさを感じたと思います。
JAとの連携さらに
―JAグループの支援が大きな励みになったようですが、地域に根差した単位JAと厚生連の連携は、今後、どのように進めたらいいのでしょうか。
厚生連はJAグループの一員として、JAの組合長が理事として経営に参画するなど農家、JA、連合会との連携により、その機能を果たしてきました。地域における保健・医療・高齢者福祉活動は単位JAと厚生連との密接な連携により成り立っています。具体的なJAとの連携では、厚生連ごとに病院や診療所などで、健康管理や診療に必要なさまざまな情報を提供し、JAの広報誌が見られるようにしています。病院内の売店にも地域やJAの特産品を並べてPRしています。JAと連携し、病院の食堂メニューに地元の農産物を使用しているところもあります。
また、地域住民、組合員向けにコロナウイルス感染予防にかかる啓発活動等も積極的に行っています。JA祭りなどのイベントで厚生連コーナーを設け、看護師や保健師が参加して健康指導を行うなど、地域と一体となって活動している厚生連もあります。
今後は、これらの厚生連ごとの活動について全国的に情報共有し、さらに連携を深めていきたいと考えています。
―コロナ禍もあって、田園回帰、移住相談など、農村地域への関心が高まっていますが。
一極集中でなく在宅あるいは地方でも勤務できることが分かったのではないでしょうか。地方の活性化は喫緊の課題です。活性化しないと地方から人がいなくなります。まして医療機関が撤退するとますます住みづらくなってしまいます。前政権は農業の大規模化、株式会社化を唱えてきましたが、大規模農業だけでは地域は守れません。草刈りなど地道な活動を含め地域とその環境を守るのは家族経営ではないでしょうか。わが家もお茶と米とユズの家族経営の兼業農家ですよ。
農は国の基本であり、農業者が元気に末永く農業に従事できるよう支援するのが協同組合であるJAの役割だと思います。その一環として厚生事業があり、農業者の健康を守るのはわれわれの使命です。
病院の感染対策万全
―組合員や利用者にアピールを。
新型コロナウイルス感染症に関して、厚生連病院では感染対策を徹底しています。感染予防については、手洗い、うがい、マスク着用を徹底していただくことに尽きますが、みなさんには、ご自身の健康を守るため、具合が悪くなる前に安全な厚生連病院で安心して診察を受けていただきたいと思います。特に組合員には高齢の方が多いので、なおさら受診の必要性を感じています。
―利用者が利用しやすく、職員が働きやすい病院にするためには、どのようなことが必要でしょうか。
鹿児島県厚生連には1病院と、1健康管理センターがありますが、職員の融和を促すため、病院が移転新築となった2018(平成30)年から定期的に、医師や看護師、職員との懇親会を開いています。
厚生連病院の経営は、これからも厳しい問題が起きることが予想されますが、現場の職員が楽しく働くことができる職場をしっかり支えていくのが経営者の使命です。懇親会は素人感覚だったかも知れませんが、できることからという思いでした。「継続は力なり」です。小さなことでも、できることを継続することに価値があると思っています。今後ともこの気持ちで地域の保健・医療のために貢献していきます。
【インタビューを終えて】
「成長戦略」で、農業とともに柱の一つとされた「健康・医療」。医療の産業化推進と同時に、公立・公的病院の再編・統合で効率化を図る「地域医療構想」も打ち出された。厚生連病院にとっては逆風で、さらにコロナ禍。ただし、コロナ禍は一極集中のリスクや効率化の尺度だけ図れない地域医療の価値に光を当てる機会にもなった。地域医療の質の確保と経営のバランスをどうとるか。営農指導員としてJA人生をスタートし、「『まだ(まだか)』でなく『もへ(もうやったのか)』と人に言われる仕事をしたい」とスピード感を信条にしてきた山野会長の今後の舵取りに注目したい。 (榊田みどり)
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