JAの活動:2021持続可能な社会を目指して 今こそ我らJAの出番
【提言:JAの出番だ】農協は積極的に政治に働きかける必要が 佐藤 優 作家2021年1月6日
2020年のコロナ禍は農業そして農協にどのような影響を与えたのか。そしてそれを乗り越えて、今、農協が果たすべき役割はなんなのかを作家の佐藤優氏に聞いた。佐藤氏は国と個人の間にある農協のような中間団体がこれから果たす役割は大きいと位置づけ、農協にはもっと積極的に政治に働きかけていくべきだと語った。(聞き手・構成 中村友哉)

コロナ禍をプラスに転じる
――新型コロナウイルスは政治や経済など様々な分野に影響を与えていますが、農業にはどのような影響があったと見ていますか。
佐藤 農業に対しては肯定的な影響を与えたと見ています。コロナ禍をきっかけに、消費・生産の両面で農業の重要性が明らかになったからです。
まず消費について言うと、農業の世界でもグローバリゼーションが進み、たとえば白菜を中国から輸入したり、ブドウを地球の裏側から輸入するといったことが当たり前になっていました。これは消費者たちがとにかく農産物を安く手に入れたいという性向を持っているからです。「安い野菜を手に入れたい」「安い食肉がほしい」「安い鶏卵がいい」という姿勢の背後には、できるだけ食費を抑え、他の欲望を満たすためにお金を使いたいという考え方があります。これは経済合理性を追求する新自由主義そのものです。
しかし、コロナ禍によって物流が滞り、農産物を輸出に回さず国内で消費する国も増えたため、外国の農産物に依存することの危険性が露わになりました。こうした事態を受けて、多くの人たちが地産地消や、多少値段が高くても地域でとれたものを消費することの大切さに気づいたと思います。
次に生産に関して言うと、農産物の収穫を外国人技能実習生に頼っている農家では、コロナ禍によって技能実習生たちが訪日できなくなり、農産物が実っているにもかかわらず収穫できないといったことが生じています。これにより、国内で農業従事者を確保することの重要性が改めて明らかになりました。
農業の後継者不足は以前から深刻な問題になっていますが、若い人たちが農業の世界に入ってこないのは、農業のことを知らないからです。農業に関する知識を得て、マッチングさえうまくいけば、農業を選ぶ人は増えてくるはずです。
現在の菅義偉政権は新自由主義的な思想を持っており、短期的な経済合理性を追求しています。この人たちは農業の世界でも新自由主義を加速させようとしていましたが、支持率が低下しているので、農業に手を突っ込む余裕はなくなっています。このチャンスに、私たちは農業の重要性を再確認し、コロナ禍をプラスに転じていく必要があります。
いまこそ中間団体を問い直す
――そのためには農協の働きが重要になると思います。農協の役割をどのように捉えていますか。
佐藤 農協は非常に重要な「中間団体」です。中間団体とは国家と個人の中間に位置づけられるもので、国家でもなく、私的利益を追求する個人や組織でもない団体のことです。労働組合や宗教団体、一般社団法人なども中間団体に含まれます。
日本ではこの間、小泉純一郎政権に代表されるように、中間団体は攻撃の対象とされてきました。小泉政権では郵政や農協などが「抵抗勢力」とみなされ、圧力を加えられました。その結果、小泉政権からの20年間で、日本の中間団体はほとんど切り崩されてしまいました。それでも農協は力を維持してきたほうですが、以前より影響力を失っていることは否定できません。
中間団体が崩されてしまうと、あとに残る集団と言えば家族くらいです。2020年には漫画『鬼滅の刃』が社会現象化しましたが、あの漫画の主人公は鬼に襲われ、自分と妹以外の家族を全員殺されてしまい、頼れるのは妹だけになってしまいます。鬼とは目に見えないけれども災厄をもたらすものの象徴です。現実の世界に当てはめれば、コロナですね。コロナ禍の中で「頼れるのは家族しかいない」と考える人が増えていることが、『鬼滅の刃』のヒットにつながったのだと思います。
もっとも、昨今では殺人事件のうち親族間殺人の占める割合は約55%に達しており、いまや日本で最も危険な場所は家庭の中という状況です。中間団体どころか家族までバラバラになってしまっているのです。
フランスの人類学者であるエマニュエル・トッドは『エマニュエル・トッドの思考地図』(筑摩書房)で、「今日、世界について思考をするのは本当に困難なことです。一方では、世界が流動化していくなかで、考慮しなければいけない変数はますます増え、他方で思考の土台である集団的な枠組みや歴史的連累が、ネオリベラリズムによってどんどん掘り崩されてしまっているわけですから。逆に言えば、そうであるからこそ、思考とはどういう営みなのか、人間にとって思考とは何なのかといったことについて、改めて検討すべきときなのだとも言えるでしょう」と言っています。
まさにトッドの言う通りです。私たちが思考を取り戻すためにも、その土台となる家族や中間団体の復権が不可欠なのです。
――中間団体は新自由主義の前に敗れ去った存在です。一度負けた仕組みをもう一度復活させても、再び新自由主義に負けてしまうのではないでしょうか。
佐藤 確かに中間団体によって新自由主義を完全に打ち負かすことは困難ですが、中間団体が全く成り立たないわけではありません。現に農協は活動を続けていますし、一般社団法人もたくさん存在します。彼らの活動を後押ししていくことが重要です。
吉川問題を恐れるな
――今後、農協はどのような取り組みを進めていくべきですか。
佐藤 全国農業協同組合中央会(全中)を中心に、政治との関係を強化すべきです。農協は「抵抗勢力」や「圧力団体」と見られることを嫌い、政治と距離をとっているように見えます。いま吉川貴盛元農林水産相が鶏卵生産大手「アキタフーズ」から資金提供を受けた疑いがあるとして検察に捜査されていますが、これによって農業関係団体がさらに政治に臆病になってしまう恐れがあります。それだけは絶対に避けなければなりません。
業界団体が業界の利益のために政治に働きかけることは、決しておかしなことではありません。働きかけの過程で違法行為があれば摘発されて当然ですが、悪いのは違法行為であって、ロビー活動そのものではありません。業界全体のために政治家に現行法で定められたルールを守って献金することは、非難されるような筋合ではないのです。堂々と胸を張ってお金を渡せばいいのです。
吉川元農水相の一件にはアニマルウェルフェア(動物福祉)の問題も絡んでいます。アニマルウェルフェアとは、家畜を快適な環境で飼養することで、家畜のストレスや疾病を減らすという考え方です。国際社会ではこうした考え方が強くなっており、たとえば日本では雄豚を去勢する際に麻酔を使っていませんが、先進国で受け入れられているアニマルウェルフェアの規準から言えば考えられないことです。
日本の養鶏業界は、アニマルウェルフェアを守ると生産コストの増加につながるとして強い懸念を示していました。そのやりとりの中で吉川問題が浮上したというわけです。
しかし、日本がいかに反発しようとも、アニマルウェルフェアの流れを止めることはできません。今後は日本でもアニマルウェルフェアとどう向き合うかが重大な問題になります。それについて協議し、対応策を考える上でも、政治とのつながりは不可欠なのです。
それだから、吉川問題があったからといって怯えてはなりません。コロナ禍を乗り切るには政治の力が必要なのだから、農協はこれまで以上に政治に対して積極的に働きかけていくべきです。
(2020年12月28日)
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