JAの活動:築こう人に優しい協同社会
【提言】危機の時代克服する協同組合 東京大学名誉教授 神野 直彦氏【築こう人に優しい協同社会】2021年11月19日
世界中がコロナのパンデミックに襲われたなかで東京大学名誉教授の神野直彦氏は「危機の本質」を見誤ってはならないという。神野氏はより良い社会の再創造のためには「協同社会」を積み上げ、共生できる社会を成立させなければならないと提言する。
東京大学名誉教授 神野 直彦氏
【略歴】
じんの・なおひこ 1946年生まれ。1969年東京大学経済学部経済学科卒業。大阪市立大学経済学部助教授、東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授、関西学院大学人間福祉学部教授、地方財政審議会会長、日本社会事業大学学長を経て現在、東京大学名誉教授、税制調査会会長代理。
共生社会の先導役に
よりよい世界築く役割確信
新型コロナウイルス感染症という「未知の病」のパンデミックに襲われて、いつ果てるとも知れぬ暗闇に、人々は悄然(しょうぜん)と立ち竦(すく)んでいる。しかし、コロナ・パンデミックに恐怖して、「危機の本質」を見失ってはならない。パンデミックに襲われて「危機の時代」に陥ったのではなく、「危機の時代」をパンデミックが襲い、「危機の時代」の危機を増幅しているのである。
したがって、パンデミックから復興するシナリオは、パンデミックを制圧して、単に元の状態に戻るのではなく、「危機の時代」の危機を克服して、新しき時代へのヴィジョンを示さなければならない。こうした認識は多くの国々で共有されているといってよい。多くの国々のコロナ・パンデミックからの本格的復興計画では、「より良き社会への復興(build back better)」が掲げられていることが、それを雄弁に物語っている。
人間の歴史には、「時代(ピリオド)」と「画期(エポック)」がある。「時代」とは社会の枠組みが維持されている時期であり、「画期」とは一つの時代が終わり、新しき時代が生まれようとする構造的転換期である。この構造的転換期である「画期」には、紛争や戦争、大不況や恐慌など人間の社会が創り出す危機的現象が溢(あふ)れ出る「危機の時代」となる。
不思議なことにパンデミックは、人間の歴史の構造転換期である「危機の時代」を襲う。「封建時代の全般的危機」といわれた農業社会から工業社会への転換期には、「黒死病」のパンデミックに襲われ、工業社会となり、軽工業を基軸とする工業社会から、重化学工業を基軸とする工業社会への転換期には、「スペイン風邪」のパンデミックに襲われている。
現在のコロナ・パンデミックは、重化学工業を基軸にした工業社会からポスト工業社会への転換期という「危機の時代」を襲い、「危機の時代」の危機を増幅させているのである。
しかも、パンデミックは危機を増幅させるだけではなく、恐怖を煽(あお)ることによって、二つの社会的行動原理をせめぎあわせながら、高揚させていくことも忘れてはいけない。
一つは危機に対して「自分さえよければ」と利己心にもとづいて行動する競争原理であり、もう一つは危機を社会の構成員が連帯して克服しようとする協力原理である。いずれの社会的行動原理で危機を克服するかが、履歴効果となって、形成する新しき時代を決定づけることになる。
したがって、人間の社会が現在、苦悩している「危機の時代」を乗り越え、新しき時代を形成する主体的役割を、協力原理を体現する協同組合が果たさなければならないという大きな潮流が形成されていることを再確認しておく必要がある。
その潮流は国際連合が2012年を、「国際協同組合年(International Year of Cooperatives)」と定めたことが象徴している。この国際協同組合年の標語は、「協同組合がよりよい世界を築く」である。
危機を乗り越えると、どのような時代が待っているのかというヴィジョンが示されなければ、「危機の時代」の痛みに人々は耐えられない。コロナ・パンデミックに制圧の目途が立てば、コロナ・パンデミックで傷ついた社会を、「よりよい世界」のヴィジョンを描いて、本格的復興へと歩みを始めなければならない。その先導役は「よりよい社会を築く」という未完の使命を果たす協同組合が務めなければならないのである。
自然環境と社会 環境の破壊警告
現在の「危機の時代」は、人間の社会にとって「根源的危機の時代」となっている。人間の生命を育む自然環境と社会環境の破壊という二つの環境破壊が噴出しているからである。「危機の時代」にはローマ教皇が「レールム・ノヴァルム(新しき事柄)」と銘打たれた回勅を出される。1991年にはヨハネ・パウロ2世が、私の恩師宇沢弘文先生に相談された上で、100年振りに「レールム・ノヴァルム」を出されている。
この「レールム・ノヴァルム」でヨハネ・パウロ2世は現在、「自然環境の非理性的な破壊、加えてより深刻な人的環境の破壊」が進行していると警告している。
ここで述べられている人的環境破壊とは、社会環境と換言してよい。ヨハネ・パウロ2世は「レールム・ノヴァルム」で人間と自然が「生」を「共」にする関係性である自然環境の破壊と、人間と人間とが「生」を「共」にする関係性である社会環境の破壊という、二つの環境破壊の恐ろしさを警告したのである。
こうした二つの環境破壊こそが、現在の「危機の時代」における根源的危機だという認識は、広く世界で共有されているといってよい。それは国際連合が「持続可能な開発目標(SDGs)」を掲げていることが如実に物語っている。
自然には自己再生力があり、人間の社会にも自己再生力がある。ところが、二つの環境破壊によって、自然環境も社会環境も自己再生力を喪失している。国際連合の掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」とは、自然環境と社会環境の自己再生力を持続可能にする発展を提唱していると考えられるのである。
「市場の失敗」のグローバル化
現在の「危機の時代」の根源的危機である二つの環境破壊は、「市場の失敗」のグローバル化の結果であるということができる。第2次大戦後の先進諸国の重化学工業化によって、「黄金の30年」と呼ばれる高度成長を実現するとともに、財政の所得再分配機能や経済安定化機能を有効に機能させて、「市場の失敗」を国民国家ごとに解消する福祉国家体制を成立させていた。このように国内的には所得再分配と経済安定化という介入主義を認めながら、自由多角的な国際貿易をも実現するための国際的経済秩序がブレトン・ウッズ体制である。
ブレトン・ウッズ体制では固定為替相場制が採用される。それぞれの国民国家は、日本でいえば1ドル=360円というように、基軸通貨であるドルとの一定レートを維持する義務があった。そのために国民国家には戦時経済の学習効果から、資本統制が認められていたのである。
ところが、1973(昭和48)年にブレトン・ウッズ体制が最終的に崩壊し、固定為替相場制が変動為替相場制へと移行すると、資本統制は次々と解除され、金融の自由化が声高に叫ばれていく。しかも、1973年には重化学工業化の行き詰まりを告げる石油ショックも生じ、経済成長が失速するスタグフレーションに苦悩することになる。
こうした経済成長の停滞に対して、福祉国家が財政の所得再分配機能によって所得保障をし、財政の経済安定化機能によって雇用保障したために、貧困と失業の恐怖が消滅し、勤労意欲が失われたことに起因すると唱える新自由主義が、世界史を闊歩していくことになる。
新自由主義は資本が国境を越えて自由に飛び回る市場経済のグローバル化を推進していく。しかも、新自由主義は「市場の失敗」に対して財政の再分配機能や経済安定化によって政府が介入すべきではないと唱え、「政府縮小―市場拡大」戦略を推進していく。
しかし、「市場の失敗」を国民国家ごとに対応することなく、市場経済をグローバル化させれば、当然のことながら「市場の失敗」もグローバル化する。このグローバル化した「市場の失敗」こそ、二つの環境破壊という根源的危機である。しかも、自然環境の破壊は社会環境の破壊を生み、社会環境の破壊が自然環境の破壊を生じさせるという悪循環が形成される。
コロナ・パンデミックもこうした二つの環境破壊の表出現象だといってもよいのである。
「生」を「共」に「協同社会」の役割
二つの環境破壊という根源的危機に陥ってしまったのは、「危機の時代」にハンドルを切り間違えて、破局へと突き進んでしまったからである。大量生産・大量消費を実現した重化学工業化が、再生不可能な自然資源を多消費することで行き詰まったのであれば、「量」の経済を「質」の経済へ転換する必要があったはずである。
「量」を「質」に置き換えるのは、人間の人間的能力である知恵であり、知識である。ところが、経済の停滞を「市場の失敗」に対応するため政府を大きくしたからだとして、「量」の経済を「質」の経済に転換するのではなく、市場経済を野放図に解き放ち、「量」の経済の拡大を追求してしまったのである。
「小さな政府」のもとで、市場経済を拡大させたために、社会問題という「市場の失敗」が溢れ出たために、福祉国家という「大きな政府」が形成された。にもかかわらず「大きな政府」を「小さな政府」に戻し、市場経済を拡大すれば、「市場の失敗」が溢れ出て、人間の社会そのものを破壊する根源的危機に落ちるのは当然である。
「市場の失敗」に「大きな政府」で対応することに限界があるとすれば、市場でも政府でもない、市場社会を構成するもう一つのサブ・システムの社会システムを大きくするしかない。社会システムには家族やコミュニティーなどの集まることを目的としたインフォーマル・セクターと、特定の目的のために自発的に組織されたボランタリー・セクターがある。協同組合はボランタリー・セクターの基軸的な存在である。
市場経済が拡張してくると、家族やコミュニティーの機能は縮小してしまう。したがって、社会システムを大きくして、活性化させて、新しき社会を形成しようとすれば、その使命はボランタリー・セクターが担い、協同組合に期待が集まるのは当然である。
人間は自然に働きかけ、人間が生存するために必要な有用物を創り出している。ところが、自然には地域ごとに相違する自然景観という顔がある。人間は地域ごとに相違する自然に合わせて、人間と人間との絆を育み、地域社会を形成して生存している。
二つの環境破壊を克服しようとすれば、こうした地域ごとに相違する人間と自然とが「生」を「共」にする関係性を取り戻し、そのために形成する人間と人間とが「生」を「共」にする関係性を再創造し、「協同社会」を築くしかない。そうした「協同社会」を下から上へと積み上げて、グローバルなレベルで共生できる社会を成立させなければなるまい。それこそ協同組合が目指す「協同社会」のはずである。
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