JAの活動:築こう人に優しい協同社会
【提言】「命を守る」政治が最優先 「脱・新自由主義」農でも語るべき 外交評論家 孫崎享氏【コロナ禍を乗り越え 築こう人に優しい協同社会】2021年11月24日
コロナ禍に振り回され、格差問題も広がるなか衆院総選挙がおこなわれた。今回はコロナがやや収束に向かう中で大きな争点もなかったといわれたが、世界では米中関係など日本にも関係する大きな問題が横たわっている。元外交官であり評論家の孫崎享氏は「命を守る、それが何よりも最優先されるべき政治課題だ」とする。それは日常生活でも食の安全など、ひいては農業政策にも関わる問題だとする。
外交評論家 孫崎享氏
1:社会はどんどん複雑になり、なすべき政治課題も次々に出てくる。「経済の成長か、分配か」「脱炭素化社会の創設」「ウイグル・チベット問題や香港問題を放置していいか」「憲法を改正しよう」等。
複雑化する社会の中で、何を政治の課題とすべきか。私は、それは①「命を守る」を最優先課題とする②それぞれの政治課題が「命を守る」にどれくらい直結しているかを判断する③かつそれぞれの政治課題が、「命を守る」という観点でどこまで緊急性があるかを判断することだと思う。
2:今次総選挙で「自民、公明両党と憲法改正に前向きな日本維新の会、国民民主党等の改憲勢力は衆院選で352議席となり、衆院の4分の3を占めた(衆院選公示前にはこれら勢力は338議席、総定数の3分の2―310議席―を上回っていた)。改憲勢力は、衆参両院で改憲の国会発議に必要な3分の2を維持しており、岸田政権で改憲論議が本格的に進むのか注目される」(読売)と報じた。それははたして、どこまで「命を守る」という点で緊急性を持つのか。
例えば北朝鮮の脅威を考えてみよう。北朝鮮は核兵器の開発を行い、ミサイルの開発を行っている。多くの国民は脅威に感じている。でも北朝鮮は「日本を攻撃する」という目的でこれらの開発をしているのであろうか。そうではない。米国が攻撃するのに対応するために開発している。
キッシンジャー元米国務長官は20世紀の最大の戦略家のひとりである。彼は核兵器という最大の難問について超大国間で管理する道筋を提案した。彼の古典的名著とされる『核兵器と外交政策』(日本外政学会、1958年)に、次のような記述がある。
○核兵器を有する国は、それを用いずして全面降伏を受け入れることはないであろう。
○一方で、その生存が直接脅かされていると信ずるとき以外は、戦争の危険を冒す国もないとみられる。
○無条件降伏を求めないことを明らかにし、どんな紛争も国家の生存の問題を含まない枠を作ることが、米国外交の仕事である。
つまり、関係国が北朝鮮に対し、「貴方の国家、および指導者をこちらから軍事行動で排除する行動はとりませんよ」と約束し、それが実行力があることを示していけば、彼らの行動は変わる。彼らからの脅威は大幅に減少する。
古い話であるが、1904年2月8日日露戦争が開始された後、同年6月27日、トルストイは英国ロンドンタイムス紙に「日露戦争論」を発表した。
・戦争(日露戦争)はまたも起こってしまった。誰にも無用で無益な困難が再来し、偽り、欺きが横行し、そして人類の愚かさ、残忍さを露呈した。東西を隔てた人々を見るといい。一方は一切の殺生を禁ずる仏教徒で、一方は、世界中は兄弟であり、愛を大切にするキリスト教徒である。
・知識人が先頭に立って人々を誘導している。知識人は戦争の危険を冒さずに他人を扇動することのみに努め、不幸で愚かな兄弟、同胞を戦場に送り込んでいる。
今から考えてみると、日露が戦わなければならない理由はない。朝鮮半島の支配をめぐっての戦争であるが、本来的に日本・ロシアに死活的利益はない。しかし、当時の知識人は戦争を煽った。
安全保障論は今日でもそういう危うさを持っている。つまり武力衝突を避けることが「人の命」を守る点で重要にもかかわらず、かつ衝突を避ける道はあるにもかかわらず、衝突を煽(あお)る人々がいて、いつの間にか、それが国論になる。こういう危険性を今日孕(はら)んでいる。それが今回の衆議院選挙であったと思う。繰り返すが、今日武力衝突を孕んでいる国際問題はほとんどがそれを回避する道を持っている。
3:私達にとって「命を守る」という観点から重要な政治課題は何であろう。
我々の日常生活の「衣食住」で「命を脅かす」ものは何であろう。もしそれが存在するなら、それは高い政治課題になるはずだ。多分、今日その第1は「食の安全」ではないか。岸田政権は「脱新自由主義」を掲げたが、「新自由主義」が脅威を与えているのは農業である。では、岸田政権は「脱新自由主義」の観点で農業政策を語っていくだろうか。
福島原発の事故を考えたら、我々の命を脅かす可能性のあるのは「原発の稼働」であろう。福島原発の事故が起こった時、東京にいる米国人は退避した。米国政府は、米国人の日本脱出の支援をした。欧州の幾つかの大使館は、しばらくの間、機能を関西に移転させた。
「再稼働反対」を述べている人は、命の危険に言及している。しかし、再稼働推進の人から、「再稼働は命を守ることだ」と主張する人はいない。だったら、再稼働は政治課題として低いはずだ。
「遺伝子組み換え農産物」も同じだろう。「遺伝子組み換え農産物」に反対する人は命への不安を述べている。「遺伝子組み換え農産物」にしなければ「命が守れない」という主張はあまり聞かれない。それであれば私達のなすべきは、「遺伝子組み換え農産物」が本当に命に害があるかの検証をすることであろう。
遅れをとる日本の賃金
4:生活水準が悪くなれば、私達の「衣食住」の環境も悪くなる。「命を守る」という観点から生活水準を上げることは重要だ。その点で多くの人がほとんど触れないデータを紹介したい。
OECD(経済協力開発機構)は経済の発達した国々が構成する機構である。ここは毎年各国の平均賃金を発表している。
2020年の年間平均賃金(米ドル表記)がどうなっているかを見てみたい。
米国69391、カナダ55342、オーストラリア55206、ドイツ53745、、OECD平均49165、英国47147、仏45581、韓国41445、日本38515。
同じく米国の情報機関CIAが発表する1人当たりGDP(国民総生産)を見てみたい。ここでは国と地域(例えば香港)を含めている。
1リヒテンシュタイン、5シンガポール、15米国、25ドイツ、32カナダ、35英国、37フランス、41韓国、42イタリア、45日本。
どうでしょうか。日本国民の中で、「平均賃金」や、「1人当たりGDP」で日本が韓国の下になっている事実をどれくらいの人が知っているか。何故こういう事態を招いたか、どれほど真剣に論議がなされているか。
5:こうしてみてくると中国や北朝鮮の軍事力にどう対応するかという問題よりも、はるかに私達の「命」に直結する問題で、日本の置かれた状況が国際的にみて悪いことが判かる。
日露戦争の頃、日本もロシアも国内的になすべきことが山のようにある中で日本とロシアは戦争した。今となって考えてみると意味のない政治スローガンに引きずられていた。
緊急性の是非気づくべきだ
6:繰り返すが、私達は政治課題を設定する時、最優先すべき政治課題は「命を守る」ことを最重視の尺度にすることである。そして、各々の政治課題が「「命を守る」視点で、どこまで緊急性があるかを見ることである。
7:もし、ある政策が「命を守る」ことと直結しておらず、「命を守る」ことから緊急性のないにもかかわらず重要な問題として提示されているなら、その動機は国民全体の利益とかけ離れた所に存在していることに気づくべきである。
8:今、日本の政治を見ると提示されている政治課題は「命を守る」ことと直結しておらず、「命を守る」ことから緊急性のない事柄があまりにも多い。そこには欺瞞がある。その欺瞞はもっともらしい「知識人」によって「大手メディア」で拡散され、多くの国民がそれを信じている。
【略歴】
まごさき・うける 1943年生まれ。66年東大法学部中退、外務省入省。駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て2009まで防衛大教授。著書に『日米同盟の正体』、『不愉快な現実』(講談社現代新書)、『戦後史の正体』(創元社)、『転ばぬ先のツイ』(TPP等についてツイッターしたものに解説・漫画をつけたもの)など。
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