JAの活動:築こう人に優しい協同社会
【提言】協同の価値観こそ前面に ジャーナリスト・堤未果氏【コロナ禍を乗り越え 築こう人に優しい協同社会】2021年12月9日
コロナ感染症によって世界的にも格差問題が広がっている。米国情勢や貧困問題などに詳しい国際ジャーナリストの堤未果氏にコロナ後の将来に向けての考え方を寄稿してもらった。
ジャーナリスト・堤未果氏
フランスの経済学者トマ・ピケティは2013年に刊行した著書『21世紀の資本』の中で、投資家が巨額の利益を得る構造によって、〈今後世界が新たな封建制〉に向かうことを予言した。それから7年後、私たちはコロナ感染症によるパンデミックによって、リーマンショック以降さらに進行し固定化された容赦ない格差社会を見せられている
例えば米国では、コロナ禍で8000万人が失業する一方で、657人いる億万長者の資産は44・6%増大した。コロナ禍の外出自粛で伸びた需要に対応するため、35万人の人員を追加したアマゾンは、雇用を増やしたとアピールしたが、応募者が殺到したのは、以前から劣悪な労働条件が批判されている倉庫従業員だ。
技術者が働くシアトル支社で一人の社員がコロナに感染した時、同社は即座にテレワークに切り替えた。だが倉庫の方は感染者が出ても閉鎖されず、24時間休みなく稼働し続けている。スピードと効率が何よりも重視され、労働組合は作らせない。時給で働く作業員は全ての動きをストップウォッチで管理され、ノルマをこなせなければすぐ解雇だ。一日中働くだけで倉庫内を数十キロ歩かされる等、離職率が年間150%に上る過酷な労働環境の実態が、今夏ニューヨークタイムス紙に暴露された。
労働者を使い捨てにするとして、国際労働組合連合に「世界最悪の経営者」の烙印を押された創業者のジェフ・ベゾスは、4年連続米国長者番付トップの座を維持、その資産額はニュージーランドのGDPに匹敵する21兆円だ。コロナ特需はトップのみを富ませ、百万人の従業員にその恩恵はない。
アマゾンのような外資のプラットフォーム企業が参入分野を広げてくると、労働者だけでなく地元企業にも脅威になる。ユーザーが増えれば増えるほど、今まで直接仕入れてお客に届けていた小売店は、アマゾン経由で売った方が速くて確実だからだ。
だがその結果、自社の商品や検索回数、取引履歴などの情報を全て握られる事で、小売店の立場は確実に弱くなる。例えばその時期の売れ筋商品データを元に、アマゾンが同じものを自社ブランドで安く作り、値段や広告表示で誘導すれば市場は横取りされてしまう。
同社のこうした独占禁止法違反の手法は米国内でも批判されているが、相手が巨大なGAFAでは小売業は泣き寝入りせざるを得ないのが現状だ。
21世紀は、より多くのデータを握るものが勝ち組になる。80年代にウォールマートが全米に進出し、地方商店街をシャッター通りにした時と同じ事を、今度は世界規模のデジタル仮想空間で、アマゾンのようなテック企業がやっているのだ。
アマゾンのような経営方針を持つグローバル企業にとって、自助を強調し、共同体を軽視し、大企業を優遇する新自由主義的価値観を政府が共有する国は格好の進出先になる。
世界拠点の一割以上を占めるのは、政府がGAFAに甘く、物言わぬ低賃金労働者が多いと言われるここ日本だ。
コロナ禍における我が国の僅かな定額給付金も無利子の貸付も、これまで公共サービスを切り捨て非正規を増やしてきた皺寄せと、長引くデフレのダブルパンチの前では砂漠に垂らす水の一滴に等しい。
最後のセイフティネットである筈の生活保護は受給条件が厳しい上に「自己責任論」の同調圧力が申請を躊躇させ、その機能を果たせないでいる。食事に事欠いて炊き出しに並ぶ国民が日に日に増える一方で、主食である米価暴落を政府が放置し、米農家が次々に倒産しているという信じ難い状況だ。
1年以上失職中の長期労働者数は去年より18万人増の66万人(総務省調べ)に膨れ上がっている。
2020年、アマゾンは日本国内4カ所に、東京ドーム7個分の敷地を押さえて新たな物流センターを開き、倉庫作業員の大募集をかけた。枠はすぐに埋まり、これによってアマゾンは、前年比3割増の2兆1714億円と、さらに多くの日本人の顧客データと小売店の情報を手に入れた。
多くの経済学者が、パンデミックで新自由主義は限界を迎えたという。
だが本当にそうだろうか?
高速で低価格商品を売るという便利なサービスの代償として、地元小売店が破壊され、労働者の権利が抑制され、貴重なデータが筒抜けになるこのパターンは、決してアマゾンだけのものではない。
〈今だけカネだけ自分だけ〉のこうした新自由主義的価値観は、今後デジタルという新技術によって、限界どころかこれまでになく獰猛になるだろう。
デジタル技術はスピードと効率を加速させる一方で、都合の悪い情報をブラックボックス化するからだ。
先月就任した岸田文雄総理は選挙の際に「新自由主義脱却」を掲げた。大平正芳元総理の目指した「田園都市構想」をデジタル技術で実行し、格差解消と地方経済活性化を実現するという。
だが全国にデジタルプラットフォームを作る際、私達国民が注視しなければならないのは、テクノロジーそのものではなく、誰がこの新しい資本主義の主体になるかの方だ。
政府のお友達企業や一部議員が忖度する米中企業が中心で、主権者である国民が置いてきぼりならば、総理が選挙後すぐに有識者会議メンバーに加えた竹中平蔵氏が、今も熱心に旗を振り続ける〈今だけカネだけ自分だけ〉路線は今後も変わらず続いてゆく。TPPやFTA、RCEP等の国際条約が後押しし、デジタルと新自由主義の統合は国境を超えて加速してゆくだろう。
だがそれを許さぬもう一つの流れが、世界中で静かに、確実に始まっている。
コロナが炙り出した新自由主義の巨大な負の遺産、その気づきをチャンスに変えて第三の道を切り開くべく、米国や欧州で進んでいるのは、協同組合の精神を土台にした新しいプラットフォームだ。エアービーアンドビーのシステムを透明化し利益の半分を地域に還元する、オランダ発の協同組合版民泊「「フェア・ビーアンドビー」や、米国の農業データを農家自身が活用できるよう保護・管理する「アグエクスチェンジ」、組合員の医療データを保管して本人の選択で提供できるスイスの「MIDATA」、ウーバーに搾取された運転手達が結成した中抜きなしの共同アプリ「リブラタクシー」や、 コロナ禍で工場が閉鎖しても出資金を使い一人も解雇せず復活を遂げた、7万人の組合員を持つスペインのモンドラゴン組合。日本では去年12月に制定された労働者協同組合法が、重要なキーになるはずだ。
急ピッチで進むデジタル化は、何をその軸とするかによって、もたらされる未来が180度変わる。筆者が海外を取材する際、我が国の協同組合について聞かれる事が増えたのは、壊れかけた社会の中、それだけ多くの人が、価値観の転換を強く求めていることの現れだろう。
中国が深刻化する社会問題である「三農問題」(農家所得低下、農村疲弊、生産性低下)の解決の一つとして、組合員の主権を守るために、技術支援や生産と販売の調整などを提供する日本の農協に注目しているのは、偶然ではないのだ。
地方と都市部を生かし合うデジタル田園都市構想をまやかしではなく本物にするために、農協や生協が果たせる役割はかつてないほどに大きい。
都市部の労働者に、主権を諦めず当事者となる働き方や、団体交渉の仕方、共同体の持つ価値や、多様性という言葉の真の意味を手渡してゆけるだろう。
テクノロジーは道具にすぎない。コロナという苦境を抜け出し、100年先の幸福な国家をつくるのは、私たちが今描く未来の青写真だ。ピケティの警告した目に見えない封建制がこれ以上進むのを阻止するために、協同組合の世界的な流れを止めてはならない。危機の渦中にある今こそ、誰もが主権者となり助け合う 「お互い様」の精神を軸に文明を転換してゆくチャンスなのだ。
【略歴】
つつみ・みか 国際ジャーナリスト。ニューヨーク市立大学大学院で修士号取得。2008年『ルポ 貧困大国アメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞を受賞。「日本が売られる」「デジタルファシズム」等著書多数。
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