JAの活動:実現しよう!「協同」と「共生」の新しい世界へ
【提言】茨城県・JAやさと組合長 神生賢一氏 地域とつながり 協同の夢を「共動」【特集:実現しよう!「協同」と「共生」の新しい世界へ】2021年12月23日
2022(令和4)年は干支(えと)でいう寅(とら)年。本来的には「壬寅(みずのえとら)」となり、優しいトラを表す。格差や差別を増長する新自由主義を脱却し、協同組合を中心とする地域共生を進める年となるように期待がかかる。そこで茨城県JAやさと代表理事組合長の神生賢一氏に「つながる、継続する地域と農協の未来一もう一つの世界」として提言してもらった。
JAやさと組合長 神生賢一氏
「やるべき事」自然が後押し
JAやさとの管内は平成の市町村合併前の旧八郷町であり、そこは筑波山系に囲まれた盆地の中に馬蹄形に広がる地域です。筑波山を発した川は恋瀬川となり、霞ヶ浦へ注いでいます。流域に水田が広がっていますが、農地面積はそれほど大きくはなく、平均の耕作面積は1haに達していません。丘陵部で畑作が営まれており、最近はネギやショウガ作付けが増えています。また、山裾の住居回りに果樹類が植えられています。気温の逆転現象がある所では平地より5度近く気温が高いので、ミカンなどのかんきつ類は最近の温暖化の影響もあって甘く、直売所などの人気商品となっています。
この地域も人口は減少し続け、農業産出額の減少傾向も進んでいます。集落毎ごとの伝統的な行事や祭りは辛うじて伝承されていますが、次の世代へ継承には不安を感じています。農業の生産基盤である土地改良区の維持管理も同様です。
組合員は高齢化が進んだとはいえ農業への熱意と郷土愛が溢れた住民が多くいます。「俺の体が動ける間は作りたいと思うが、その先、田畑の維持は困難だ。農協で何とかしてくれ」という声が至る所で聞こえるようになってきました。
「今、行動を起こさなければ将来に禍根を残す。今出来る事、やるべき事は何なのか」という思いが私にも、また周囲にも日に日に増してきています。
町民文化誌「ゆう」は1992年に創刊されました。ゴルフ場開発が町内のいたるところで進み、山林へのごみの不法投棄や産業廃棄物の埋め立てなどが多発していた時期でした。環境を守る会という集まりの中で主張や考えだけが載るような仲間内の雑誌ではなく、八郷町民全体を対象としたより親しみの持てる豊富な内容の雑誌とする事を刊行の目的に年1回発刊され、13年間続きました。農協職員も多くが携わり、状況を伝え、農業に対する意見を述べています。
その創刊号に載った一節を紹介します。
「地域の農林業が発展する事によって、八郷町の自然や緑や水があるのだということを、一人一人の方たちが自覚するように、そして私たちおよび私たちの子孫が心身ともに自然を守ることで自然に守られて生き続けられることを願って、今後も会員の皆様と活動していきたいと思います。それには、直接に緑や水を保全しながら生産してくれる農林業の皆様が、経営を通じて生活と再生産できる価格保証の確立や、農林業の大切な役割を広く一般消費者を含めた子供から大人までに理解してもらえる世論作りを、大きくは国政、小さくは市町村レベルでもっとアピールし、単に農林業を食糧の生産のみと位置づけないで、国民が健康で生きるための貴重なオアシスを確保するべきものであるということをアピールし、若人が楽しく農林業に就職できる環境づくりをすることで国民全体が共存共栄できるという共同テーマを持てることこそが国民が国土の狭い日本でいきながらえる基本になると信じます」
この40代前半の職員の文から、現在の私たちと同じような思いを当時の農協職員も抱えていたのに驚かされます。同誌にはこの他にも八郷町の自然を賛美し、住民の様々な取り組みが紹介され、土地と人の歴史とこれからの夢が詰まっています。編集人の合田寅彦さんは「田舎暮らしのすすめ」を実践し、移住者がどうしたら地域に馴染めるかを説き、先駆者の役割も果たしました。合田さんのもとに吸い寄せられるように農業者が集まり、有機栽培を目指す定住者が増えてきたのです。「ゆう」は13年に渡って発行を続け、その間にたくさんの人が集い、交流し、新しい住民運動も生まれました。地域活性化のヒントをこの本を通して学んだ人も多いことでしょう。
八郷町農協となって57年間、地域農業は栄枯盛衰を繰り返してきました。米は政策に翻弄(ほんろう)され続けていますが、農協は地域をつなぎ、組合員をつなぐ核である事は現在も間違いありません。養蚕、養豚は最盛期には農家数がかなり増えて、豚は近隣の農協と合わせると県下一の頭数を誇りました。柿や梨の果樹類、きのこ類や葉タバコも専作が進みました。施設園芸や酪農も大規模化し、1995年頃に農業生産額のピークを迎えました。
その後の30年近くは人口減少、少子高齢化社会の中で地域農業は伸び悩み、私たちは将来に対する不安を抱きながら営農してきました。グリーン・ツーリズムが提唱され、その受け皿として整備が進んだのもその頃です。
観光農園や直売所などが目立つようになり、今も創意工夫しながら営業を続けています。里山の風景やそこに住む人との交流と農業を結び付けて生計を立てる方法はないだろうか。と考える人々の芽が出始めていました。その思いを後押ししてくれたのが、八郷という土地と自然、そして人にほれ込み、移住してきた人たちです。
さらに、10年前に朝日トンネルが開通し、つくば市への利便性が良くなりました。交流人口は一気に増えました。コロナ禍で今は影響を受けていますが、市から管理を任されている、温泉施設「ゆりの郷」や3カ所の直売所はこれからも観光と農業をいろいろな形で結び付けていく場所になっていくことでしょう。
茨城県が運営している「いばらきフラワーパーク」は五感で感じる体験施設としてこのほどリニューアルオープンしました。農協職員OBが運営している朝日里山学校も、地域資源を生かした数々の体験プログラムを用意し、食と農の大切さを伝える活動を行っています。近くのイチゴ狩り団地や観光果樹園が再び、活性化する効果もでてきました。
農協経営も地域の農業の変化と連動して模索を続けてきました。6次産業化にも取り組み、納豆工場を建設、地場産大豆で、こだわりの製品供給に繋げました。1995年には園部直売所、2000年には温泉施設の指定管理を市から受け、地場産の農産物を使った食事も好評です。
(株)JR東日本の食品部門とのお付き合いも、当時の職員の熱意と好奇心から始まり、駅そばの薬味ねぎ、天ぷら素材用野菜、精米に広がりました。出会いが新しい仕事を生み出してきたのです。
昨年9月から「八郷農業、八郷農協の半世紀」をテーマに座談会を始めました。元茨城大学農学部教授の中島紀一先生、朝日里山学校の柴山進氏、石岡市のコミュニティ推進課職員、筑波大学地域計画研究室の山本幸子先生と私と専務をメンバーとして、話し合いの内容によってゲストに生協理事長や若い生産者と職員が加わっての話し合いです。
きっかけは農業協同組合新聞の6月10日号の本紙客員編集委員先﨑千尋さんの取材です。農水省の「みどりの食料システム戦略」や新しい農業政策などの提起を背景に、それを追い風として再出発する覚悟のための会議と言えるかもしれません。5回目となる最終回はこの春に発表会を計画しています。地理的条件の中で有効にそれを生かして営農してきた生産の歩み。変化に柔軟に対応して有利販売しようとした農協。八郷ファンの消費者。これを結んできたJAやさととしての情報発信の準備のため、これまでの取り組みを整理し将来を展望したいと思います。
JAやさとの前身である八郷町農協と東都生協との産直の取り組みがはじまったのは1976年。卵からでした。それから産直の品目も増え、野菜、果実、米、納豆と広がり、半世紀に及ぶ生産者と消費者の「安全安心の食料を再生産できる価格で届ける」という目標に向かっての努力が今につながっているのだと思います。
交流を通した地域総合産直は1988年に打ち出されました。1995年にグリーンボックスという形で提供が始まり、1997年には有機栽培部会が設立され、有機野菜の生産が開始されました。2年後には新規就農研修制度が始まりました。2016年には朝日里山学校でも有機農業の研修ができるようになって、毎年2組の農家が育っています。
有機栽培部会の会員数は31人となり、昨年度の販売高は1億6000万円となりました。全員が有機JAS認証を取得し、30~40品目を栽培、7割が生協との契約販売、2割がスーパーへの相対販売。残りは余力分として市場出荷しています。部会内で作付けを調整しながら品目や量を安定供給するように努め、注文管理や発送、代金回収などは農協が行っています。経営規模を拡大しようとする生産者も増えてきて、雇用労力を求める傾向も出てきました。
有機農業も時代の変化に対応して姿を変えて行くでしょう。農協の子会社のやさと菜苑(株)が地域農業の畑作モデルとなり、担い手育成を図ろうとしています。
管内の北部の恋瀬地区では、会社員や理容師など職業の異なる若手グループが兼業農家になり、担い手として地域の農地維持に貢献しています。農協の職員も加わり、主業農家の法人化を目指す「ありたまジンジャー」という13人による新しい動きがでてきました。
この風土を未来につなげるように変えるのは時代の風に敏感な若者たちです。また山に囲まれた盆地に魅力を見つけてくれた人たちの新しい感覚の風かもしれません。その風によって耕され、肥よくな土地になっていくことを望んでいます。
今までを振り返って見ると、私たちはいつも仲間を求め、力を結集してきた歩みが見えます。ある時は同じ夢をみんなが見ていました。多様化の中で連携しながら切磋琢磨(せっさたくま)しました。デジタル社会の中ではどの様な方法を使ってゴールをイメージするのでしょうか。これからも農協は地域に密着した共同の組織としてみなさんとつながりながら協同の夢を「共動」して実現させていきたいと思います。ふれあいと対話を基本として。
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