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【提言】アグロエコロジー基本に 協同組合は社会変革の要 関根佳恵・愛知学院大学准教授2021年12月27日

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今年は農水省が策定したみどり戦略が具体的に動き出す。このようななか愛知学院大学経済学部准教授の関根佳恵氏は「SDGs達成に向けた協同組合の役割」として、「アグロエコロジーへの転換を後押しすべきだ」と提言する。

関根佳恵先生関根佳恵
愛知学院大学准教授

一陽来復。2022年は、持続可能な農と食のあり方を実現するための飛躍の年としたい。しかし、「持続可能性」という言葉が氾濫(はんらん)する今日、ますますその中身が問われている。

1.問われる「持続可能性」の中身

2021年9月に開催された国連食料システムサミット(サミット)では、各国首脳が食料システムを持続可能なものに転換するための戦略を表明した。菅義偉前首相はみどりの食料システム戦略(みどり戦略)を発表して、「2050年カーボンニュートラル」に向けた意欲を語った。

国連によると、世界人口79億人のうち30億人が健康的な食事を摂れず、8億人は飢えているが、食料の3分の1は廃棄されている。また、世界の食料システムは人間由来の温室効果ガスの3分の1を排出している。さらに、陸と海の生物多様性の7~8割が農林水産業によって喪失した。

サミットは、こうした状況に対する危機感と転換の必要性を国際社会が共有する場となった。しかし、今後の改革の方向性をめぐって意見は真向から対立している。多数の農業・環境・人権団体や科学者、市民らはサミットへの参加を組織的に拒否し、サミットが示した解決策を批判している。

国連事務総長は、サミットの声明で課題解決のためには金融やデータ[収集と活用]、科学、イノベーション、貿易が重要だと訴えたが、市民社会団体や科学者らは、こうした解決策では食料システムの根本的な転換につながらないとしている。サミットで発表されたみどり戦略も、最先端技術やイノベーション偏重であるとの批判を受けている。

以下では、サミットやみどり戦略が目指す方向性を「工業的スマート有機農業」と呼び、対する市民社会側が求める方向性の「アグロエコロジー」と何が違うのか、どちらがより持続可能な農と食のあり方として望ましいのか検討しよう。

2.工業的スマート有機農業はなぜ問題か
1)工業的農業とは

「工業的農業」とは、化学農薬・化学肥料、改良品種、農業機械等の近代的技術を用いる農業を指す。こうした「緑の革命」の技術を用いて経営の効率化を徹底的に進め、経営の規模拡大・企業化を目指す。工業生産のような計画性、均質性、定時定量出荷、コスト削減等を求め、農業生産者・労働者、作物や家畜、土壌を工場の部品ととらえる。集約型畜産や植物工場だけでなく、企業との契約農業等でもこの論理が持ち込まれてきた。

長年、「農業の工業化により農業を効率化し、農業所得を高め、後継者を確保できる」とされ、望ましい発展方向だと考えられてきた。しかし、実際には地力の低下と収量の低減、農薬・抗生物質耐性をもった雑草、昆虫、菌の発生、動物福祉の悪化、環境汚染、農家の健康問題、食品安全問題、外部投入材への依存による経営の不安定化と所得の減少、後継者難と高齢化、農村の過疎化と地域社会の衰退等が世界各地で起きた。

そのため、国連やEU、米国等では、すでに工業的農業や緑の革命の技術に対する評価は変わり、10年以上前から工業的農業から脱却することの必要性が訴えられている。しかし、現在でも世界全体の農業補助金額(年間59.4兆円)の87%は工業的農業に対して支払われており、環境や人間の健康を損なっている。もしこの補助金が持続可能な農業の支援に振り向けられれば、SDGsやパリ協定、生物多様性条約の目標実現に大きく近づくことになる。

2)四つの「生産性」の指標

なぜ国際的に工業的農業からの脱却が訴えられるようになったのかを理解するためには、農業の「生産性」の概念を再確認することが有効だろう。そもそも生産性とは、投入財1単位当たりにどのくらいの産出量をあげたかを測る概念だ。「1反当たり何俵の米を収穫したか」は「土地生産性」であり、「農作業1時間当たりいくら売り上げたか」は「労働生産性」だ。重要なのは、生産性は他にも「エネルギー生産性」や「社会的生産性」によって測られるという点だ。

工業的農業で主に追求されてきたのは労働生産性と土地生産性だった。しかし、労働生産性や土地生産性が高い工業的農業は、エネルギー生産性や社会的生産性で評価したら、じつは非常に非効率であることがわかってきた。国際NGOのETCグループの試算(2017年)によると、大規模農業は資源(土地、水、化石燃料等)の75%を消費しながら食料の30%しか供給できていない。

国連によると、20世紀の間に世界の農地面積は2倍に拡大し、食料生産量は6倍に増え、農業分野のエネルギー消費量は85倍になった。つまり、農地面積当たりのエネルギー消費量は42・5倍に、農産物当たりのエネルギー消費量は14.2倍になった。これは、化石燃料を用いる農業機械や温室栽培、化学農薬・化学肥料の普及等によるものである。

農業の社会的生産性とは、地域で農業が営まれることによって実現される国土保全、防災、生物多様性の維持、所得獲得機会(広義の雇用)の創出、地域社会の活性化、景観の維持、文化の伝承等の多面的機能を表している。

地域から農業が失われれば、社会は多額の防災費や社会保障費を支払ったとしても、その機能を代替することは不可能だ。労働生産性を追求して省力化を進めれば、農家は減り、農村では過疎化と地域社会の衰退が進み、社会的生産性が損なわれる。

21世紀において社会が農業に期待する役割は多様化しており、土地生産性や労働生産性だけで農業の生産性を評価することはもはやできない。エネルギー生産性や社会的生産性の面からも農業を評価し、望ましい農業のあり方を実現するために目指すべき目標は複数あること、目標間には時にトレードオフ(一得一失)の関係があることに気づく必要がある。

サミットやみどり戦略が示す「持続可能な農業」で推奨されている最先端技術の中には、「グリーン」を掲げていても実際には「農業の工業化」を一層推し進める性格を持つものが少なくない。

例えば、省力化をいっそう進める技術(無人トラクターや収穫ロボット、除草機械等)は、労働生産性を向上させるが、社会的生産性を損なう。また、人や役畜(農作業をする家畜)が行なう作業を機械が代替すれば、エネルギー生産性が低下する。私たちが採用する技術は、農業のどの「生産性」を向上し、どの「生産性」を損なうのか、私たちは慎重に見極める必要がある。

3.アグロエコロジーはなぜ持続可能なのか

「工業的スマート有機農業」に疑問を投げかけている市民社会団体や科学者は、代替案として「アグロエコロジー」を推進している。アグロエコロジーとは、直訳すれば「農業生態学」「生態農業」である。生態系の営みに即した農業に関する学問・科学であり、その農法の実践であり、その実現のための社会運動であると定義されている。

英国エセックス大学のプレティ教授らのグループが実施した長年にわたる大規模な実証実験によると、化学農薬・化学肥料等を用いる工業的農業からこれを用いないアグロエコロジーに切り替えた場合、環境負荷を低減しながら土地生産性を1・8倍(地域・品目横断の平均値)にできる。

そのため、21世紀のあるべき農業の姿として、世界銀行や国連機関、EU等は2000年代末から小規模・家族農業によるアグロエコロジーを推奨している。

日本で伝統的に営まれてきた有機農業や自然農法もアグロエコロジーの実践である。日本の慣行農法の土地生産性は高いため、アグロエコロジーへの転換によって飛躍的に土地生産性が向上するとは考えにくいが、有機農業や自然農法で慣行農法と同等かそれに近い収量を上げることは可能であるとの実証実験の結果も報告されいている(自然農法国際研究開発センター)。

アグロエコロジーは労働生産性が低いという評価もあるが、不耕起や放牧等の粗放的な農法を用いれば必ずしも労働生産性は低くならない。また、欧米では労働生産性をあえて低くすることで地域に就業機会とディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)をもたらすことができるとして、積極的評価を与える方向で社会の価値観が変化している。

FAOの定義によると、アグロエコロジーは「多様性がある」「知を共同で創造し共有する」「自然と人間の営みの相乗効果を発揮する」「資源エネルギー効率性が高い」「循環する」「レジリエンス(回復力)が高い」「人間と社会の価値を重んじる」「文化と食の伝統を重んじる」「責任ある統治を行う」「循環経済・連帯経済を実践する」という10の要素を持つ。つまり、農業の工業化によって破壊されてきたものを取り戻す営みがアグロエコロジーである。

4.公正で民主的な農と食のシステムへ

今日多用される「持続可能性」「SDGs」「グリーン」という言葉は、ますますその内容を検証する必要性が高まっている。環境保全を謳(うた)いながら実質的に既存の工業的農業の路線をロボット技術やAI、ICT、ゲノム編集技術等を用いてさらに強化する流れを、市民社会は批判している。市民社会側が求めているのは、単に環境に優しいだけの農業ではなく、社会的に公正で民主的な農と食のシステム、すなわちアグロエコロジーへの転換である。

そのためには、実験室で科学者が開発した最先端技術を偏重ぜず、すでに農家の手によって確立され、実践されている技術(経験知や暗黙知、女性の知識、先住民の知識を含む)を排除しないように、農と食のシステムにおける責任あるガバナンス(統治)を実施することが求められる。

日本でも農業試験場や大学、企業の研究室で開発された農業技術や新品種をトップダウンで農家に普及する従来の研究開発・普及のモデルを見直すときが来ている。

持続可能な農業の針路は「工業的スマート有機農業」なのか、それとも「アグロエコロジー」なのか。社会的、環境的、経済的指標で農と食のシステムの持続可能性を評価すれば、自ずと後者に旗が揚がる。

したがって、SDGs達成にむけて協同組合に求められる役割とは、地域の農と食をアグロエコロジーへ転換するための後押しをすることである。それは、農と食のあり方を転換するだけでなく、私たち人類の社会のあり方、そして文明のあり方を変革することにつながる。

【略歴】
神奈川県生まれ。京都大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。フランス農学研究所・研修員、立教大学・助教をへて、2016年より現職。2012年に国連の小規模農業に関する報告書を執筆。2018年に国連食糧農業機関(FAO)の客員研究員。2019年より家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン常務理事。

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