JAの活動:農業復興元年
【農業復興元年】縮小する公的資産 足元の危機脱却へJAの公的機能を力に 駒澤大学教授 姉歯曉氏2023年1月10日
新自由主義の問題が指摘されているなかで、さらにコロナ禍やウクライナ問題などが重なり、社会的弱者が困窮に陥る状況が強まっている。ここでは世界の農村事情や高齢者介護、食料問題などに詳しい駒澤大学経済学部教授の姉歯曉氏に日本農業の現状や世相、JAの役割・期待感などを寄稿してもらった。同氏は自助努力観が強まる中で公助の理念が薄いと指摘。「JAの公的機能」が大きな力になると期待する。
駒澤大学教授 姉歯曉氏
日本の中で孤立の拡大
人との距離を置くことが最良の策とされるコロナ禍で、私たちは人間関係でも社会関係でも「孤立」を経験してきた。
パンデミック発生の初期に交流が絶たれた高齢者やひとり親家庭を含む社会的弱者が、サポート体制が回復した後も再びつながることができないままに置かれるという事態が日本中で生じている。東京・新宿で食料の配布と生活、医療相談活動を行っている「新宿ごはんプラス」によれば、新宿だけで連日約600人もの人々が列を作っている。
世界に目を転じれば、ロシア・ウクライナ戦争に収束の気配はみられず、欧州では、せっかく若者たちの活躍で関心が高まりつつあった気候変動への危機感も、電力危機の陰に隠れて勢いが削がれてしまっている。環境先進国の欧州で、今、気候変動の問題より人々の関心が向いているのは、電気料金の大幅値上げに直面してどうやって寒い冬を乗り切るかという問題である。
世界の小麦・大麦供給の3分の1、トウモロコシの5割以上、ヒマワリ油とヒマワリ種子の5割以上を供給しているウクライナとロシア両国の戦争が続く中、穀物国際相場が軒並み上昇し、食料品の価格が大きく押し上げられている。日本でも飼料代が上昇し、国からの継続的で十分な額の支援がない中、日本の畜産農家が窮状を訴えた「酪農ヤバいです」は、スーパーの棚に並ぶパック詰めの「国産牛」の文字の背後で何が起こっているかを私たち消費者に知らしめることになった(本紙2022年12月10日付)。
軍事費より眼前の「危機」への対処を
日本におけるコロナによる感染死は12月時点の発表で5万人を超えている。その大半は70代以上の高齢者である。ロシアの攻撃にさらされ多くの民間人が犠牲となっているウクライナの死者数約2万5000人(国際NGO、ACLEDによる集計、2022年9月12日時点)の2倍もの命が失われている。(ジョンズ・ホプキンス大学集計、2023年1月4日時点)。今、軍事費に回す金があるのなら、医療と福祉、そして日々の食を支える農業支援に投じるべきである。家族が集合できず、友人の訪問をも拒絶するコロナ禍の「ニューノーマル」は人間の本質からして決して「ノーマル」なものではない。SNSで擬似空間を通してでも人とつながれる年齢層ならともかく、高齢者にとって認知機能、身体機能を維持していくためには対面で人間同士が直接触れ合うことが必要不可欠である。いや、若者にも対面での体験や触れ合いが必要不可欠であることには変わりはない。そのためには、医療の安定的供給とコロナと闘い続ける経済的支援と人的支援が必要不可欠である。
縮小する公的資産 市場原理主義の限界
トマ・ピケッティとエマニュエル・サエズ(金融危機を背景に米国で起こった「ウオール街占拠運動」の理論的基盤となった「トップ1%への富の集中」を可視化した)らがまとめた「World Inequality report2022=世界不平等レポート2022」によれば、他の先進国と同様、日本でも個人の財産(個人が保有する資産)は2019年から2020年にかけて大きく増大し、対して公立学校、公的病院といった公的資産がグッと減少している。
コロナ禍で経済活動が停滞し、緊急の支援を必要とする人々が一気に溢れた時、必要とされたのは欲得抜きで物資や人員を配置できる「公的支援」だった。しかし、コロナ禍で日本が直面したのは病院の8割、病床の7割が民間という現実だった。欧州のドイツでは、パンデミック時、公的な医療施設が全体の8割を占めていた。始動に遅れがあったものの、動き始めると医療スタッフの配置換えや物資の支給調整が行われた。しかし、日本では医療施設の多くが民間である以上、それぞれの施設に必要な物資や人員の把握と調整を統括することは非常に難しく、病院側としてもいくら患者を受け入れたくとも利益を度外視して動くことなどできない状態に置かれた。また、現実に専門的な訓練が必要なICUのスタッフを確保できないことが患者の受け入れに制限がかかることにもつながった。仕事量の増大に見合う人員配置は不可能となり、退職に追い込まれる医療スタッフも増加した。さらに感染者の受け入れで赤字になり病院存続そのものが危うくなる事態も生じた。
厚労省の社会保障審議会医療部会がまとめた「コロナ禍の行政の課題」でも、こうした局所的な病床不足や医療スタッフの不足が発生していた事実と、これらの課題に対して地域を越えた広範な連携の必要性が指摘されている (第90回部会、注1)
JA厚生連の活躍とJAグループの援助
こうした中、医療が手薄になりやすい地方農村部で力を発揮しているのがJA厚生連の病院である。全国組織である利点を生かし、2021年には大阪府に23人、沖縄県に2人の看護師を派遣し、ワクチン接種の開始を受けて接種会場を提供するなど医療面で自治体との協力を推進した(中村純誠「特別講演4 新型コロナウイルス感染症とJA厚生事業」、日農医誌70巻6号、2022年3月、P.580,注2)。
また、全国のJA組織が不足する防護ギアを調達し、同時に厚生連病院の経営基盤を支えるとともに政府への支援要請を行った。そもそも医療へのアクセスが容易ではなかった農村における医療活動の担い手として、また長野県の佐久総合病院に代表されるように、生活と農業、医療を結んで住民の社会からの孤立を防ぐことで心身の健康を維持する機能を果たしてきたものが厚生連病院である。
コロナ禍での厚生連病院の活動は、厚生連病院が社会に対して「公共的機能」を持っていることを示すと同時に、こうした「公共性の高い医療機関」を堅持することこそが先の政府部会における「コロナ禍の課題」への解決策であることを示したのである。
農家支援へ消費者巻き込む活動
また、政府からの支援をコロナ禍で打撃を受けた農家への支援とフードロス対策にいち早く乗り出したことも農家の継続的な生産活動を保障するという意味合いにとどまらず、消費者を農家支援に巻き込んでいく活動の一環として評価されるべきものと考える。2001年に開設されたJAタウンを通じて、コロナ禍で販売機会を失った農産物を積極的に販売するという試みは「巣ごもり消費」需要を取り込んで大きな成果を上げた。JAによれば、2021年度のJAタウンの取扱高はコロナ前と比べて2倍以上に増大したという(「JAタウン、家庭用商品伸びる コロナ下の消費変化反映」2022年6月19日付日本農業新聞)。
「食べ物」のネット取引につきまとう不安がJAブランドの安心感と国産への信頼感によって打ち消されると同時に、日本の農業の支え手として消費者を巻き込んでいく一契機を作り出した。
国民と共に食と農、生活を支え合う存在
一方で、日本の農産物を買い支える担い手の確保には大きな障壁が立ち塞がっている。先のピケティらによる「不平等白書」には、その名の通り、各国別の「不平等度」が算出され、示されている。それによれば、日本の格差は拡大したまま推移しており、現在、日本の所得階層トップ10%が所得全体の45%を占め、底辺から5割の国民の所得が占める割合は全体の16・8%に過ぎない。さらに資産レベルでは、トップ10%が全体の57・8%を占有しており、トップ1%だけで24・5%を占有している。一方で、底辺から5割の国民が全体の5・8%を分け合っている(前掲『不平等白書2022』Country Sheet,PP.205-206)。
日本の女性たちの収入が全体に占める割合はわずか28%に過ぎない。長期にわたるコロナ禍の経済生活とコロナ以前から存在する日本の格差貧困は日本の農産物を買うことで支える消費者層を縮小させていくことにつながる。
学校給食無償化 JAも後押しを
ピケティらがこの「不平等白書」の中で明らかにしたのは、いくら金持ちが豊かになったとしても、そこからわずかにでも滴り落ちてきてくれると期待していた「雀の涙」でさえ幻想にすぎなかったのだという事実である。物価高を吸収できない低い賃金水準、再投資されないマネーがマネーゲームへと投じられ、それがさらに富裕層の富のみを増やす構造、「自助、共助という名の社会的排除」のもとで路頭に迷う人々、実際、コロナ禍で示されたものも、新自由主義のもとですすめられてきた競争原理、市場原理主義によって失われたものの大きさだった。寒い中を今日の命をつなぐための食を求めて列に並ばなければならない人々、解雇による経済苦や人間関係が断たれることによる孤独、家事育児の増加と家庭内暴力の増加、そして2020年3月から2022年6月までで8088人も自殺者が増え、そのうち最も多かった自殺者が20代の女性たちだったこと(東大試算、2022年8月17日付デジタル版日経新聞、注3)は、まさに「自助」を求められることの過酷さと社会から排除されることの恐怖を可視化させる事件であった。
分断されていく人々を再び包摂するための「命を守るための政策」を強力に進めていくことが求められているのは、こうして疲弊していく人々が、従ってこの社会が、エシカル(倫理的)な消費の担い手として日本の農業を守り、環境を再生させ、生きやすさを創出する力を取り戻すためでもある。先に紹介した「新宿ごはんプラス」も、全国に続々と誕生した「子ども食堂」も、これらの組織で行動しているすべての人々の願いは、こうした組織がこれ以上拡大する必要のない社会の構築である。
実際に、学校給食の充実のためにJAの地域組織が次々と自治体との間で協定を取り結び、「農業体験」と学校給食を結びつける試みが広がっている。一方で、東京新聞の調査によれば、関東の31区市のうち小中学校の給食無償化を決定・導入に向けて検討、検討中と答えた自治体は10市(うち1市は中学校のみ)である(2023年1月4日付東京新聞)。日本では学校給食費を無償とした場合にはそれぞれの自治体がその分を補填(ほてん)することとなっており、国による負担については国がそれを拒否している。そのことが自治体に無償化を躊躇(ちゅうちょ)させる主因となっている。
しかし、学校給食の本来の意味が「教育の一環」であること、学校という場に家庭環境の違い(もちろん貧富の差も)を持ち込まないという原則からしても学校給食は国の責任で、しかも所得制限なしに全員に対して無償とすべきなのだ。スウェーデン、フィンランドでも学校給食は教育の一環であることを踏まえ給食は国の負担で無償提供されている。
JAが国民に対して農業を支える社会的責任を求めることと同じように、国民の食に責任を持つ社会的責任を担っているJAが学校給食の無償化を市民とともに求めることを切に望みたい。全国で学校給食を無償化した場合の費用は年間で4386億円(前掲、東京新聞)、その大半の金額が地域の農産物購入に充てられるならば、農業を支える大きな力となる。特に、学校給食への納入は少量生産から取り組みを始める新規就農者にとっても最適な舞台を提供することにもつながるであろう。
(注1)https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000985193.pdf
(注2)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrm/70/6/70_577/_pdf/-char/ja
(注3)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE171160X10C22A8000000/
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