JAの活動:第43回農協人文化賞
【第43回農協人文化賞】一般文化部門 宮城県農協中央会前会長 高橋正氏 地域を守る協同の力2023年2月3日
宮城県農協中央会前代表理事会長
高橋正氏
1974(昭和49)年、地元の旧歌津農協に職員として入組以来、「農と食を中心に地域を守る協同組合」として、ごく当たり前な活動を積み重ねてきました。組合員のみならず地域全体の皆様の幸福づくりに貢献する協同組合セクターの一員として、目の前の課題解決に翻弄されながらも今日があると認識しています。
1947(昭和22)年の協法施行から75 年が経過しましたが、戦後の貧しかった農村や農家組合員を豊かにするとともに、経済大国日本の実現に、農村・農協は「縁の下の力持ち」として大きく貢献してきました。
その農協が今、組織の存亡が問われる大きな曲がり角に立っているという危機感を持って組合長、県中央会会長を務めてまいりました。取り巻く環境が激変する中、農協改革の努力を惜しまず、自らが取り組んできたつもりであります。
そのような中で、市場原理主義的な外部からの岩盤規制の攻撃は、この国の形を変える危険な動きであると警戒しておりました。2000(平成12)年には農協改革の方向が議論の俎上に上り、農協系統事業・組織のあり方研究会、2014(平成26)年には規制改革会議・農業WG から農業・農協改革で現場実態から離れた中央会廃止、全農株式会社化、総合農協の事業別分離・再編、職能組合化・准組合員利用制限の答申案が提起されました。いわれなき農協批判がマスコミ等から発信され、バッシングで農協内は「驚天動地」の状態となりました。これまでの貢献を無視し、農協組織の存在全否定とも取れる机上の空論に激しい憤りを覚えました。
私は、農協に就職する前の5年間程、資本側のベンチャー企業と言われた磁気ヘッド製造株式会社に勤めていました。小資源国であり、資本主義国家である日本において、輸出で外貨を獲得し、内需でGDP を上げ、経済大国の地位を守る大切さは会社員時代、思想としてたたきこまれてきました。
その後、私は農協に長年奉職することとなりました。農協には「我が国の食と農を守る」という崇高な役割がありますが、一方で非効率な部門も多く資本主義経済の枠の中でなじみにくい部門を担うことも農協の存在理由です。さらに弱者救済、相互扶助の平等な人権を守り資本主義を補完するセクターとして社会的に必須の組織だと思います。農協は、社会安定のため国土保全、食料の安定供給、福祉への貢献など、国家のためにも資本側と対立する組織ではなく、その組織が存在を否定されるような非民主的介入を受ける筋合いはないと思います。
2010(平成22)年、旧南三陸農協組合長に就任いたしました。当地域は三陸海岸に面しており、漁業が主産業で農業は零細な経営体が中心の中山間地農業であり園芸、畜産振興による、「南三陸型農業」を提唱し、耕畜連携やブランド化を目指し、経営計画を策定し取り組んでまいりました。
「すべては組合員の経営参画が基本である」との組織運営を心がけ、経営にあたっては弱かった農協財務基盤の強化を第一義として、自己資本比率の改善、黒字経営による内部留保の積み増しに努めました。振り返れば経営基盤強化の為の合併、合併の繰り返しにより、新規の施設投資もできましたが、店舗、施設の統廃合など、現状を打開していくために、組合員に大きな負担を押しつけてきたことに心が痛みました。そのような中でも丁寧な説明に努めて、組合員の理解を得てきたつもりです。
2017(平成29)年に宮城県農協中央会会長を拝命し、先ずは東日本大震災・大津波からの創造的復興と自己改革を掲げ、「農業者の所得増大・農業生産の拡大・地域活性化への貢献」の三つの方針に基づき、販売力の強化、生産資材価格の引き下げ、産地化の確立、担い手の育成を掲げて取り組んでまいりました。
私の48 年間の農協人生で最大の試練は2011(平成23)年3月11 日、未曾有の大災害「東日本大震災・大津波」に遭遇したことです。
コツコツと積み重ねてきた農業振興が実を結び、経営財務基盤も強化され、組合員や内外から一定の評価を受け、展望が見えてきた矢先に、東日本大震災が発生、国内最大級のM9.0、数十メートルの大津波に襲われ、眼前で一瞬のうちに人々の営み、風光明媚な自然の造形、産業基盤、畑地・水田や農業施設が壊滅しました。特にショックだったのは旧南三陸農協の本店と2支店・営農センター、共同利用施設が壊滅し、農協の経営基盤が崩壊したことです。
眼前で起きたことは現実なのか、ふと我に返ると絶望感が襲い茫然自失でした。はっと我に返った時、自らの被災もかえりみず、組合員のため、地域のためと駆けずり回る職員の姿がありました。トップの組合長がしっかりしなければと勇気づけられた瞬間でした。
安倍前総理大臣、竹下元復興大臣ほか被災地視察(2015 年7 月)
そして、人命救助、被災者支援を最重点として対策本部を立ち上げ、活動が始まりました。各支店が市、町の対策本部と連携し、被災者支援の中心となって大きな力を発揮しました。被災した旧南三陸農協が被災者支援に貢献し、県、気仙沼市、南三陸町から感謝状をいただきましたが、その陰には全国JA グループの物心両面に亘る筆舌に尽くしがたいご支援がありました。旧南三陸農協は宮城県JA グループの震災復興計画に基づき、2019(令和元)年7 月に宮城県北部に位置する全国有数の「新みやぎ農協」に合併いたしました。
震災から11 年が経過する中、農協改革は道半ばでありますが、創造的復興が実現しつつあります。被災地で実績を認められた新設農業法人が「日本農業賞」に輝くなど、大区画農地、近代的農業施設整備、意欲ある若手農業者の育成、農業法人化の進展など、宮城県農業の未来につながる成果が徐々に実現しつつあります。「協同の絆」の根底にある「一人の人も取り残さない」という協同組合理念、弱者救済、相互扶助による農協運動の成果を、実体験を通して実感させられました。ご支援いただいたJA グループの皆様には、ただただ感謝であります。
台風19 号で甚大な被害を受けた丸森町で伊東良孝農水副大臣に要請する高橋会長(2019 年10 月)
資材高騰、気候変動、コロナ禍、ウクライナ侵攻など、農業分野は未曾有の危機に直面しておりますが、これまでも多くの危機に直面するたびに、全国の農家組合員が励まし合い、助け合い、苦難を乗り越えてまいりました。私が震災から立ち直れたのも、全国の仲間の励ましによるものであります。食料安全保障が提起され国産農畜産物の生産拡大、多様な担い手の育成が国の重要施策と位置づけられる今こそ「農と食を中心として地域全体を守る」農業協同組合の出番であります。
「農は国の基」、総合農協はこれからも重要な社会インフラです。組合員農家との対話を深め、参画による指導、支援をお願いするものです。2022( 令和4)年7 月をもって中央会会長職を退任いたしましたが、私も一組合員としてこれからも現場から協同組合運動に参画してまいります。
【略歴】たかはし・まさし 昭和24年8月生まれ。昭和49年5月歌津町農業協同組合へ入組、平成11年4月南三陸農業協同組合参事、平成13年7月同常務理事、平成22年6月同代表理事組合長、平成29年6月宮城県農業協同組合中央会会長、平成29年8月全国農業協同組合中央会監事、平成29年10月一般社団法人全国農林漁業団体共済会理事、一般社団法人全国農協観光協会監事、令和元年7月新みやぎ農業協同組合代表理事会長、令和2年6月公益社団法人中央畜産会理事、令和2年7月全国農業協同組合連合会経営管理委員会副会長。
【推薦の言葉】
自然災害に迅速対応
高橋氏は、平成23 年の東日本大震災の津波を始め、相次いだ自然災害に迅速に対応し、被災農家の営農再建に全力を尽くした。特に大震災では沿岸部の農地や園芸施設など生産関連施設の復旧に取り組んだ。通帳が流出した組合員等に対しては、臨時店舗や仮設店舗を設け、組合員の生活再建に早くから取り組んだ。
また単なる復旧ではなく、力強い農業と豊かな地域づくりの端緒としてとらえ、水田の区画整理、農道の整備、担い手への農地集積、園芸作物の導入など、先を見越した復興に取り組んだことが特筆される。園芸振興では、日照時間の長い三陸地方の特性を生かした「春告げ」ブランドを確立させた。
宮城県農協中央会会長に就任すると、令和元年の台風19 号、2 年の豪雪、3,4 年の福島県沖と宮城県沖地震など度重なる自然災害に迅速に対応し、東日本大震災の経験を生かして、被災農家の営農再建を支援した。
【谷口信和選考委員長の講評】
高橋氏は単協の職員から常勤役職員を経て、県中央会会長や全中監事・全農経営管理委員会副会長を歴任した宮城県を代表する農協人です。南三陸農協組合長時代に遭遇した東日本大震災からの復興では農地や園芸施設などの復旧と先を見越した復興にいち早く取り組むとともに、組合員の生活再建にもきめ細かな対応を行ったことで知られています。そうした経験は県中央会会長としての県農業全体の創造的復興にも大きな影響を与えているといえます。
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