JAの活動:第43回農協人文化賞
【第43回農協人文化賞】厚生事業部門 JA福島厚生連白河厚生総合病院名誉院長 前原和平氏 中核病院の役割果たす2023年2月13日
JA福島厚生連白河厚生総合病院名誉院長 前原和平氏
古くから白河の関として知られ、寛政の改革を行った松平定信公の居城である小峰城を擁する白河市ですが、白河を中心とする福島県県南2次医療圏は人口当たり医師数が全国平均の60%に満たない医療資源の少ない地域です。白河厚生総合病院はこの医療圏唯一の総合病院として、中核的役割を果たしてまいりました。
私は平成14(2002)年4月に、福島県立医科大学から白河厚生総合病院に病院長として赴任致しました。14年は小泉純一郎内閣の「聖域なき構造改革」によって、診療報酬が史上初めて減額改定されるという医療界にとって大きな分岐点となる年になりました。病院経営は厳しい冬の時代を迎え、新任の院長としては不安に満ちた船出となりました。
平成16(2004)年4月から初期臨床研修制度が新たにスタート致しましたが、当院は平成14(02)年から準備を進め、新制度と同時に研修指定病院として初期臨床研修を開始いたしました。これまで81人が初期臨床研修プログラムを修了し、現在もフルマッチした12人が在籍しております。
同じ16年1月には、長年の懸案であった病院の新築移転用地が決定し、新築移転事業が本格的にスタート致しました。設計に2年、建築に2年を要しましたが、平成20(2008)年5月1日に無事移転することができました。経費の面から迷った末でしたが免震構造を導入したことが、東日本大震災に際して大きな威力を発揮することになりました。
平成22(2010)年3月には地域がん診療連携拠点病院の指定を受けました。当院は新築移転時にサイクロトロンを設置してPET撮影を行っており、このことにより極めて廉価なPETがん検診を福島県民に提供しております。私ども2次医療圏では集学的ながん治療を行える病院は当院以外になく、評価基準の一つである当該2次医療圏におけるがん患者の診療実績では現在も日本でトップクラスにあります。
そして平成23(2011)年3月11日、東日本大震災が発生します。白河の震度は6強でした。災害拠点病院として、大地震を想定した災害訓練を毎年行ってまいりましたが、正にシナリオ通りの状況となりました。免震構造のおかげで病院本体はほとんど無傷で診療機能は保たれ、損壊した近隣病院、および原発事故により全館退避となった双葉厚生病院を含む入院患者50人を受け入れることができました。
同年3月23日からは通常診療復帰を決定し、全国放送のテロップに「白河厚生総合病院、通常診療に復帰」と流れた画面を今でも鮮明に思い出します。県内で最も早い復帰でした。6月には被災3県で最も優れた災害拠点病院として読売新聞に掲載されました。
私は前年に福島県病院協会会長に就任しており、震災2カ月後の5月に原発事故により全館避難を余儀なくされた病院を中心とした東電原発事故被害病院協議会を設置致しました。現在も霞が関からご出席をいただき、国に対する施設基準緩和措置要望、国や県への補助金制度の要望、東電に対する営業損害賠償請求などを行ってまいりました。会議録も5巻まで刊行して現在国会図書館に収蔵されております。現在も2カ月に1回のペースで開催しており次回で第79回を迎えます。
第62回日本農村医学会学術総会会長挨拶(2013年11月)
平成25(2013)年11月には福島市において私を学会長として第62回日本農村医学会学術総会を開催致しました。東日本大震災からの復興を中心に「地域コミュニテイーの復興・再生と包括的地域医療」をテーマとして、未だ復興途上にある福島県の現状、災害医療の重要性、復興のための課題などについて討論を致しました。会員の皆さんが果たして福島までお出でいただけるのだろうかという大きな不安がありましたが、多くの会員にご参加いただき大変感激を致しました。
平成27(2015)年4月には福島県立医科大学寄付講座白河総合診療アカデミーを開設致しました。医療資源の少ない私ども医療圏においては、臓器別専門科の間にいる患者さん、救急、高齢者医療など総合診療医の存在が不可欠であると念じておりましたが、福原俊一京都大学教授の強力なご支援のもとに関西から4人の教官を招聘してスタートすることができました。総合診療センター開設によりまして救急車の不応需率低下、高齢者医療など病院の診療機能は大きく向上しております。また本年4月からは在宅医療支援診療所を開設致しました。在宅診療にも注力していきたいと考えております。
終わりに新型コロナウィルスのことになります。福島県では感染者がいなかった令和2(2020)年2月に国からの要請により、ダイヤモンド・プリンセス号から1人を受け入れ、当院の入院第1号となりました。現在すでに第8波となり未だ終息しそうにありませんが、すでに入院患者数は700人を超えております。
振り返れば病院長としての18年間は瞬く間であったように感じますが、これからも地域中核病院としての役割を果たして行けるよう努めてまいりたいと思います。
【略歴】
まえはら・かずひら 昭和50(1975)年3月東北大学医学部卒業、昭和60(1985)年4月東北大学医学部第一内科助手、平成5(1993)年7月福島県立医科大学第一内科助教授、平成14(2002)年4月白河厚生総合病院院長、平成16(2004)年4月福島県厚生農業協同組合連合会理事(~平成26年12月)、平成26(2014)年12月全国厚生農業協同組合連合会病院長会会長(~平成30年12月)、令和2(2020)年4月白河厚生総合病院名誉院長、白河厚生総合病院付属高等看護学院学院長、福島県立医科大学寄付講座白河総合診療アカデミーセンター長で現在に至る
【推薦の言葉】
福島の地域医療復興へ
前原氏は平成14年に福島県の白河厚生総合病院に病院長として赴任して以来18年間、地域医療の充実、医師の育成や確保に努めた。特に基幹型初期臨床研修病院認定、新病院移転新築、地域がん診療連携拠点病院指定などのほか、日本農村医学会学術総会の開催や福島県立医科大学寄付講座の開設など、県南地方はもとより栃木県北部を含めた中核病院としての発展に尽力した。
また平成15年から職員兼務理事としてJA福島厚生連全体の運営に関わり、定年退職後も名誉院長として外来診療に携わるとともに、同病院付属高等看護学院の学院長として活躍している。
一方、東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故の際には、被災病院協議会を発足させ、東京電力へ賠償請求、国への施設基準緩和措置、医療スタッフの派遣要請などを行った。現在も顧問として福島県医療の復興・再生に努めている。
【谷口信和選考委員長の講評】
前原氏は2002年に白川厚生総合病院に病院長として赴任して以来18年間、地域医療の充実・医師の育成確保に並々ならぬ努力を傾注されました。そして、①基幹型初期臨床研修病院指定、②病院の新築移転、③地域がん診療連携拠点病院指定を受け、2次医療圏ではトップクラスの病院に発展させたことをベースに東日本大震災においては災害拠点病院として活動し、日本農村医学会の開催など多方面の活躍の土台を築かれました。
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