JAの活動:農業復興元年
【農業復興元年】離農加速の中山間地で6次産業化に活路 基本法見直しに「覚悟」感じず 長野・柿嶌洋一さん2023年7月18日
農業者の減少に伴い、生産現場の中でも特に耕作条件の厳しい中山間地域では離農が進んでいる。高齢化や人口減少が進む地域で、産地はどこに活路を見出せるのか。夏季特集「農業復興元年・JAの新たな挑戦」の2回目は、離農が進む長野県上田市の中山間地域で、農地を集積しながら6次産業化で意欲的な活動を展開する農家、柿嶌洋一さんを取材した。
ブロッコリーを収穫中の柿嶌洋一さん(長野県上田市で)
「朝食はやっぱりおにぎりがいいね」
長野県の北陸新幹線上田駅から南へ車で30分余。美ヶ原高原の麓、標高約700mに広がる上田市武石地区の畑で早朝からブロッコリーを収穫するグループが朝食を取っていた。
輪の中心にいたのは、柿嶌洋一さん(43)。曾祖父の代から四代目となる専業農家だ。高校卒業後、上京して音楽活動に打ち込んだあと2003年に父親が作業受託の農事組合法人を設立したのを機に地元で戻り就農した。「農業をやりたいというより、自分の生きる場所はここだと思ったんですね」と振り返る。
早朝からの収穫作業の合間に朝食
父親が花卉中心の施設園芸を営むのに対し、柿嶌さんは借り受けた農地を活用した土地利用型農業に取り組む。当初の経営規模は15haほどだったが、農家の高齢化で引き受ける農地が増え続け、現在は大豆13ha、そば8ha、酒米づくりの田んぼが5haなど計約28haに上る。
地域の価値生かした6次産業化でヒット産品
「地域の価値を穴が開くほど見るべき」が柿嶌さんの持論。その言葉通り、土地の特徴を生かし、地元メーカーなどと連携して6次産業化を着々と進めてきた。
まず目を付けたのが酒米だ。美ヶ原高原から流れてくる清流で、長野県が開発した高地にも適した酒米品種「山恵錦」を作付けすることでストーリーが描けると考えた。地元の酒蔵に持ち込んだところ、国際ワインコンクールで高評価を受ける日本酒が生まれた。高値で取り引きされ、ネットで検索すると「入手困難」と表示される人気ぶりだ。
また、大豆作りも地域の特色を最大限生かした。「武石」の地名が語る通り、土中には石が多いが、その代わり水はけがよく肥料の吸収もいい。鶏ふんを肥料に大豆づくりに取り組んだところ「抜群の味わいの大豆」(柿嶌さん)が生まれ、老舗の地元の味噌製造会社が全量希望価格で買い取ってくれるようになった。「もっと量がほしい」と求められ、生産が追い付かない状況という。
こうしたヒット産品を生み出す背景にあったのは危機感だったと柿嶌さんは振り返る。「日本の人口が毎年80万人減れば、当然需給のバランスは崩れる。この状況でほかの地域でできるものを中山間地域で作っていたら絶対生き残れない。消費者がほしがるもの、この地域でしかできないものを作らないといけないと思ったんです」。
背景にあった危機感 離農加速化で農地集積
こうした成果も注目され、JA全青協会長まで務めた柿嶌さんだが、今、地域の現状に新たな危機感を感じている。まず離農の加速化だ。高齢化に米価の低迷もあり、自給的農家を中心に離農する農家が相次いでいる。「手間をかけて作るより安い米を買えばいいという状況です。後継者がいても継ごうとは考えなくなっています」。このため農地の引き受けを頼まれる機会が増え、毎年2、3haずつ経営面積が増えている。とても人が回らず、今年からは会社勤めの弟に退職してもらい、担い手に加わってもらったが、それでも人出が足りないという。
柿嶌さんのような担い手がいない地域では、条件の悪い山間の農地が耕作放棄地となってしまうケースも少なくない。柿嶌さんは「資材高騰の影響もあります。燃料などが上がっても価格に反映されないから農家としては再生産できない。これならもういいやと離農する農家が増えている印象があります」と語る。
哲学や覚悟感じない基本法改正論議
こうしたなかで今年5月に公表された農水省基本法検証部会の「食料・農業・農村基本法」見直しに向けた中間取りまとめ。柿嶌さんは「ぼんやりしている印象を受けました。これをベースに各地域が振興計画を作るのに法律の大本がこの弱さでいいのかと思いました」と指摘する。
元々柿嶌さんは、現行の基本法は「効率」や「生産性」重視で中山間地の農家が置いていかれる印象があり、法改正に期待を寄せている。それだけに、「G7広島サミットで世界の食糧難に対して食料安全保障を担保しようと呼びかけたのに、哲学が感じられません。『農村の隅々まで活性化して農業を守る』というぐらいの覚悟がほしかったですね」と、物足りなさを口にする。
さらに今の農政に問題を感じることも多いと語る。「例えば生産性の合わないところは山に返したらどうですかというのが今の畑地化政策ではないでしょうか。作る支援をしても出口の売る支援はない。特に中山間地域は危機的状況なのに絆創膏を貼って延命を図っているように思えます」。
もっとも柿嶌さんは、条件不利地域とはいえ、生産者が安易に国や農協に頼る姿勢には批判的だ。「中山間地域への支援は必要ですが、まずこの厳しい時代に農家自身の工夫が求められると思います。やはり地域をじっくり見つめて魅力を探し出し、何をしたいのか、地域でストーリーを描いて農協に提案し、協力しながら進めていくべきだと考えます」と強調する。
インタビューに答える柿嶌洋一さん
国産農産物の選択で農業の好循環を
最後に、消費者に対して求めたいことを聞いた。柿嶌さんは、農業の好循環を生むためにも国産農産物の選択を意識してほしいとの思いを口にした。
「基本的に商売であればお客さま優先に考えるべきで、苦しいから買ってほしいでは納得していただけないことは理解しています」
「ただ、少し価格が高くても選択してもらうことで、再生産可能になれば農家に知恵や工夫が浮かんできます。経済的な体力が生まれればスマート農業なども導入してコストを下げることができ、国産の価格も下がってきます。こういう好循環を生み出すことも考えていただければと思います」
5年間で農家数は15%減 進む離農
農林業センサスによると、2020年の上田市の総農家数は5244戸で、5年前の6187戸から約15%減少。その後の資材高騰で離農者はさらに増えているとみられる。このうち7割を占める自給的農家数は3554戸で5年前の3930戸から約10%減った。
JA信州うえだ営農経済部の小松俊明次長は、特にリンゴ農家と稲作農家の減少が目立ち、多い年は離農数が100戸近くに上ると指摘する。「まず採算が合わないんですね。資材高騰の影響を受けている稲作農家では続ける魅力もなくなり、手間がかかる米を作りより買えばいいと考えてしまうわけです」と柿嶌さんと同様の指摘をする。
このため田んぼを手放して借り手を探す農家が多く、JAとしてもマッチングを支援しているが、柿嶌さんのような受け手がどこにもいるわけでなく、「貸したい人が山ほどいても借り手がいない状況」も生まれているという。
さらに資材高騰は稲作農家以外への支援にも影響を及ぼしている。市と協力してアスパラガスなどの施設整備を支援する補助金制度があるが、パイプやビニールといった資材価格が2倍に高騰して農家負担が重くなるなど、有効な支援策が見出しにくい状況という。
こうした先行きが不透明な中、基本法見直しや国の政策に期待するが、「国の施策が農家の求める支援策とマッチしていない印象がある」と指摘する。例えば「みどりの食料システム戦略」で、堆肥を使う農家への支援はあるが、堆肥舎を建てたり増量剤などを使用したりと経費がかさむ畜産農家への支援は薄く、畜産農家から不満を耳にすることもある。「やはり車の両輪として両方への支援が必要ではないでしょうか」
最近、懸念しているのは、農業振興を地域で話し合う場で意欲的な意見が出ず、人も集まりにくくなっていることだ。「多面的機能を維持するための農地の手入れはしても、農地をどう活用しようかという積極的な意見はなかなか出ません。人口減少が進む中で、結婚して子どもを育てられる安定した収入を確保できるという魅力がなければ後継者に農業を続けてもらうのは難しいのではないでしょうか」
基本法改正の議論の中で、農産物の適正な価格形成や国民の理解醸成が課題とされているが、小松次長は根本的な政策が必要ではないかと強調した。「例えばスイスの国民が価格が高くても国産を買うのは、子どものときから教育で教えられているからです。そうした教育もなしに大人になって急に国産は大事だと言っても難しく、農業を守ってほしいといってもなかなか関心が広がらないのが現状ではないでしょうか。時間はかかりますが、やはり国として何が大事であるかを教えていくことが必要だと思います」
(山田博史)
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