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JAの活動:農業復興元年・JAの新たな挑戦

【農業復興元年・提言】「強盗文化」転換へ「美しき調和」実現こそ農協の使命  東京大学名誉教授 神野直彦氏2023年8月2日

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食料安全保障がクローズアップされる中、人間の生命を育む農業にどう向き合っていくべきなのか。また、農協はどんな役割を果たすべきなのか。「『生命自給圏』の形成による食料自給 『美しき調和(Beautiful Harmony)』への道案内」と題し、経済学者で東京大学名誉教授の神野直彦氏に寄稿してもらった。

東京大学名誉教授 神野直彦氏東京大学名誉教授 神野直彦氏

歴史の曲がり角で鍵握る農協

人間の歴史を未来から振り返ってみると、現在は農業協同組合の歴史的「責任」が問われた時代と描かれるに違いない。人類が絶滅するかもしれないという歴史の曲がり角で、破局への道を進むのか、肯定的解決の道を進むのかというハンドルを、農業協同組合が握っているからである。

スウェーデンの環境の教科書『視点をかえて』(新評論、1998年)は、私たちは「強盗文化」の時代に生きていると教えている。「強盗文化」とはあらゆるものを自分の「所有」にしようとする文化であり、「人間と自然」を欲望のままに貪(むさぼ)り喰(く)う文化となる。この文化が向かっている目標を修正しなければ、惑星「地球」とともにする私たちの旅は、ついには耐え難いものになると、『視点をかえて』は警告している。

「人間と自然」を貪り喰う「強盗文化」を修正して、破局への道ではなく、肯定的解決の道を歩もうとすれば、二つの「調和」を追求していく方向に社会目標を転換していくことが必要となる。二つの「調和」の一つは、人間と自然との「調和」であり、もう一つは人間と人間との「調和」である。

「令和」という元号の意味は、「美しき調和(Beautiful Harmony)」である。終末的破局へと突き進む「強盗文化」を転換し、人間と自然、人間と人間という二つの「美しき調和」が実現することへの希望に胸を膨らませ、日本国民は、「令和」という元号に心を熱くしたのである。

人間と自然との「美しき調和」を実現することは農業の使命である。人間と人間との「美しき調和」を実現することは協同組合の使命である。したがって、終末的破局へと向かう「強盗文化」を反転させ、人間と自然、人間と人間との「美しき調和」を実現させて、この水色の惑星とともに旅路を続け、充実させる道案内をすることこそ、農業協同組合の使命なのである。

「基礎的必要」を充足する農業

水色の惑星である地球上の生命体は、太陽エネルギーの極く一部を葉緑素をもつ緑色植物が捉え、光合成によってエネルギーの「質」であるエクセルギー(有効エネルギー)を蓄積することによって生存している。つまり、植物にしろ動物にしろ、緑色植物が生命体に蓄積したエクセルギ―を、「分かち合う」ことで生命活動を実現しているのである。

農業とは人間の生命活動のために、生命体で蓄積されたエクセルギーを取り入れる営みである。そのため農業によって、人間の生命活動のための「基礎的必要」は、すべて充足できる。口にする食料はもとより、身にまとう衣服も、さらには住居も充足できる。しかも、こうした農業の生産活動によって生じる廃棄物は、自然そのものが、見事に新しい資源として再生してくれるのである。

ところが、人間の生命活動を可能にしている自然は、地域ごとに固有の特色をもって存在している。そのため自然からエクセルギーを取り込み、人間と自然との生命循環をつくり出そうとすれば、地域ごとに相違する様式となる。つまり、地域ごとに個性ある自然環境のもとで自然と人間とが調和するような農業を営み、人間と人間とが調和する生活様式を築き、人間の生命活動の「場」として地域共同体が形成されることになる。

「強盗文化」転換の必要性決定づけたコロナ禍

ところが、農業の副業として農業の周辺から誕生する工業は、農業が「生命ある自然」を原材料とするのに対して、生命なき「死せる自然」を原材料としている。そのため工業は、生命ある自然にも、生命ある人間にも、生命なき物のように「所有権」を設定して、要素市場での取引という市場原理で処理することができる。しかし、農業は市場原理で処理することは困難である。そもそも農業は価値の増殖という利潤を目的とするのではなく、人間の生命の充実という使用価値を目的としているからである。

コロナ・パンデミックの経験は「強盗文化」から、人間の生命を充実させる方向に社会目標を転換する必要性を決定づけた。コロナ・パンデミックの経験から、人間の社会の価値体系の最上位には、人間の生命を位置づけ、人間の生命活動を守るためには市場活動も停止させなければならないことを学んだからである。しかも、人間の生命活動を支える「基礎的必要」を充足する活動は、持続するどころか、充実させる必要のあることも学んだのである。

農協こそ「生命自給圏」のコーディネーター

人間の生命を充実させるとは、人間と自然との「美しき調和」と、人間と人間との「美しき調和」を実現することにほかならない。そうした二つの「美しき調和」は、自然が地域社会ごとに個性ある特色を備えていることを考えれば、地域社会ごとに実現していくしかない。それは地域社会ごとに、自然の個性と美しく調和する「生命自給圏」を形成することにほかならないのである。

「生命自給圏」とは人間の生命活動としての生活機能が、そこで包括的に完結していることを意味する。農業は人間の「基礎的必要」を充足する営みである。地域の自然と調和する生活様式の「基礎的必要」は、地域の自然と調和して営まれている農業で充足できる。「食」だけではなく、「衣」も「住」もである。しかも、生命活動の基礎条件である清らかな大気、澄んだ水、緑の大地を築いていくこともできる。つまり、農業を基軸にして個性豊かな「生命の自給圏」が形成できるのである。

もちろん、「生命の自給圏」が充足する「基礎的必要」には、人間と人間との生命の調和としての相互扶助によって充足される医療、教育、福祉が含まれる。こうした「基礎的必要」を自発的な相互扶助によって充足できなければ、「生命自給圏」と重ね書きをするように形成されている基礎自治体が充足する責任を果たすことになる。しかし、「生命自給圏」はあくまでも、社会の構成員の自発的な協力行動によって形成されていく。しかも、こうした「生命自給圏」のコーディネーターこそ農業協同組合であることをわすれてはならないのである。

「生命自給圏」の個性なくさない国際秩序こそ

個性豊かな地方の自然環境ごとに形成される多様な「生命自給圏」が集まり、広域の地域社会が形成され、主権国家がボトム・アップで成立していく。主権国家は多様な「生命自給圏」で営まれる人間の生命活動を守り、充実させていくことが使命となる。

主権国家は主権にもとづいて、土地、労働、資本という生産要素に所有権を設定する。ところが、所有権を設定している主権国家の公共空間を越えて、資本が動き回ることを主権国家が制御できなくなると、グローバルに飛び回る資本は、個性ある自然環境を崩して、画一的な生活様式を強要するようになる。そのため個性豊かで美しい「生命自給圏」は崩され、人類を終末的破局へと導く「強盗文化」が花開いてしまったのである。

人間の生命活動の終末的破局を回避しようとすれば、人間の生命活動を画一化・統一化するグローバリゼーションを阻止し、多様な「生命自給圏」から形成される多様な主権国家が、多様な個性を喪失しないように、協力し合う国際秩序こそが必要となる。もちろん、生産物市場の貿易関係も、無原則な自由貿易ではなく、個性ある「生命自給圏」が発展するルールにもとづかければならないのである。

「美しき調和」による食料自給を

「生命自給圏」で充足される「基礎的必要」の基軸は、食料の自給であることは間違いない。しかし、それは主権国家のレベルで、単に「量」的に食料が自給されているというのであれば、「美しき調和」とはいえない。「美しい」とは「質」の概念である。人間と自然とが「美しく調和」し、人間と人間とが「美しく調和」することが実現した結果としての食料の自給でなければ意味がない。

多様な「生命自給圏」ごとに、形成されている、多様な生活様式が必要とする食料が、多様な自然環境と調和した農業によって充足されなければ、人間と自然、人間と人間との「美しき調和」を実現できないからである。もちろん、「美しき調和」を追求する方向に社会目標を切り換えるのは、終末的破局へと誘う「強盗文化」と決別するためである。

欲望の「量」を追求する「強盗文化」は、必ず暴力的争いを生じさせる。「美しき調和」を求める「質」の追求は、争いを生むことなく、協力行動を巻き起こしていく。しかも、「基礎的必要」の充足が保障される社会は、誰もが「安心して暮らし」、誰もが幸福(well―being)を求めて生きることのできる社会となるのである。

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