JAの活動:農業復興元年・JAの新たな挑戦
【農業復興元年】食と農の「理想郷」追求 担い手育成へ「のれん分け」方式 ふくしま未来農協2023年8月3日
「週刊ダイヤモンド」という経済週刊誌は毎年春に農協の特集記事を載せている。今年のタイトルは「組合長たちの“反乱”」(4月8日号)。その中に注目すべき記事がある。農家が選定する「支持率ランキング」だ。組合員の支持率や販売、購買、就農支援、経営健全度、情報公開度などを加味して順位を決める仕組みだ。今年は、そのトップがふくしま未来農協だ。
ここでは、これからピークを迎える日本一の夏秋キュウリの生産、出荷状況を中心に、数又清市組合長のインタビューなどを通して、自給率向上と持続可能な農業・農村の実現を目指す同農協の新たな取り組みなどを紹介する。(客員編集委員 先﨑千尋)
ふくしま未来農協 数又清市組合長
生産確保を命題に
ふくしま未来農協は、東日本大震災後の2016年3月に、新ふくしま、伊達みらい、みちのく安達、そうまの4農協が合併して発足した。管内は、山形県境の山岳地帯から太平洋沿岸までの広範囲にわたり、福島市など12市町村に及ぶ。桃と夏秋キュウリ、あんぽ柿、飼料用米は日本一の生産量を誇る。原発事故の影響を直接受けた南相馬市や飯舘村も管内だ。事故の影響を受け、2011年度の農産物の販売額は238億円と、震災前より35%減少した。その後、営農再開地域を含めた米を飼料用米に切り換えるなどして、昨年度の販売額は約280億円(飼料米の直接交付金は入っていない)にまで回復させている。
同農協は昨年度、「ど真ん中に"食と農"、次代につなぐ地域づくり」をメインスローガンにした第3期「みらいろプラン」と地域農業振興計画を立てた。この計画には、高齢化で農家がリタイアしても生産量を減らさないために新規就農者を受け入れる「のれん分け方式」や農協販売高1000万円農家の拡大(600戸)、GAP認証ブランド化、みどりの食料システム戦略への対応策などが盛り込まれている。
同農協の広報戦略も見事だ。インターネットで同農協のホームページを見ると分かるが、組合長あいさつは紋切り型の言葉が並ぶのではなく、動画(ユーチューブ)で毎月組合員の畑や田んぼから組合員の声と共に肉声で聞こえてくる。昨年度、全中の農協広報大賞総合の部で準大賞を受賞している。
農協は時代に即した挑戦を
ふくしま未来農協の数又清市組合長をインタビューした。
――『週刊ダイヤモンド』でここの組合が「支持率ランキング」で第1位になりました。このことをどう受け止めていますか。
初めは正直びっくりだよね。そして農家から高く評価、支持されていることはありがたい、日々の積み重ねのたまものだと思っています。
農協の使命は、根っこにある農業の現場を農協がどう捉え、現状を変えていくかという心がないとね。全中から下りてきた話だけでは農業は成り立たない。農業で新たななりわいができる仕組みを農協がどう作り上げていくか。手間暇がかかるが、時代に即したいろんな挑戦を農協は組織としてやらなければならない。
――組合長は合併前の伊達みらい農協で震災復興担当をされていましたね。
震災の時、賠償などさまざまな対応をしました。桃などの果樹の除染もその一つ。農協が行政から委託を受けて、56万本の除染を共同作業でやった。
ラーメン屋ののれん分けヒントに
――新規就農者の対応で、「のれん分け方式」というのは面白い発想ですね。
寝る時に考えた。テレビで、ラーメン屋ののれん分けのことをやっていた。農業も同じで、のれん分けだと思いついた。
昨年始めたが、思ったよりも相談件数が多かった。各地区にベテランの専任職員を配置して、窓口にしている。
そこで、農協の専任担当者、県、役場、就農希望者が一つのテーブルで相談できるやり方にした。昨年は128人の相談があった。それ以外でも、Iターン、Uターンの就農希望者を受け入れており、昨年新規にキュウリの栽培を始めた人は35人、小菊は32人います。
――「みどり戦略」についてはどのような対応をしていますか。
3月に専任の「みどりの食料戦略推進担当課長」を配置した。まず、コスト低減の現場の試験。土壌分析では、慣例的な農協の基準ではリン酸とカリは過剰、メタボ土壌になっている。試験ほ場を設置して調べています。
門戸を開け窓口作る
――有機農業についてはどうですか。管内では、これまでにも二本松市有機農研や東和、岩代地区などで取り組まれてきています。
あそこのレベルまで行くのは難しい。まずは階段を一段上る程度です。営農指導員には「門戸を開け、窓口を作れ」と言っているんです。
農協では、"農の達人"として、桃やキュウリ、小菊などの品目で18人に講習会で技術的な指導をしてもらっています。この活動は6年になります。
――農業振興計画で「農業のユートピアを作りあげる」とうたっています。
ユートピアというのは理想郷、どこにもない場所なんだね。
新規就農者が特定の作物を作ると、それでなりわいがきちっとできる。キュウリを例に取ると、毎年35人くらいいる。農協が機械選果施設を作ったので、農家は夜酒飲みもできる。遊びにも行ける。健康管理も大切。小菊も共選をやっています。経費を払っても、自分の時間を確保できる。暮らしも成り立つ。こういうことがユートピアと考えています。
ふくしま未来農協の新規就農者対策がユニークだ。
【のれん分け方式】
数又組合長が考え出した農業技術の継承のためののれん分け方式を具体的に見てみよう。
新規に就農を希望する人は、まず各地区の就農支援担当に相談し、作目、農地、受け入れ研修先、営農計画、住まいなどを決め、就農する。2年目は、栽培ほ場を決め、農地の取得、資金対策も含めた施設、機械、資材等の支援を受ける。生産部会や直売所へも加入する。農協はその支援をする。3年目からは、農協は農業技術継承のための支援や地域での定着、地域活動への参加などの支援をしていく。
【オリジナル肥料】
ふくしま未来農協には、低コスト、安心、安全を目標としたオリジナル肥料「みらいろ物語」シリーズという、同農協独自の肥料がある。現在はコシヒカリ、桃、リンゴ、梨、ブドウ、柿、サヤインゲン、ジャガイモなど現在16種類あり、肥料の銘柄集約によるスケールメリット、低価格の実現などを図っている。オリジナル肥料の開発は、内容、成分も含めて全農、メーカーに提示して製造している。この肥料の占有率は、同用途で使用する肥料の70%程度。価格は同じレベルの肥料に比べて約15%程度安い。
小高園芸団地でのキュウリの整枝作業
【小高園芸団地】
南相馬市小高地区に、整然と並ぶ農業パイプハウス群がある。ここで農協の子会社・アグリサービスそうまがキュウリの栽培をしている。同地区はもともと米が主要品目。そこに園芸団地が整備されたのは、被災地の営農再開を進めるとともに、気候の暖かい浜通りが栽培に適しており、新産地としたいという行政側の意向もあった。
整備された鉄骨ハウスでは水稲の育苗とキュウリの養液栽培、パイプハウスではキュウリとスナップえんどうや秋冬野菜を栽培し、周年経営を実現させる計画だ。団地の売り上げ目標は1億円。現在、相馬市の研修生がキュウリ栽培のノウハウを学んでいる。総事業費は約19億円だから、個人のレベルでできることではない。震災と原発事故の被害を受けたこの地域でも米以外の作物が栽培できるというデモンストレーションだろうか。
保原共選場でのキュウリの選果作業
【農協の広報戦略】
農協の広報誌やコミュニティ版の発行などはどこでも行っているが、ふくしま未来農協は積極的にユーチューブを活用している。同農協のホームページを開くと「みらいろチャンネル」があり、月替わりの組合長あいさつの他に、スーパー指導員による栽培技術、新規就農者向けの農作業、みどりの食料システム戦略の取り組み、おいでよ直売所、母ちゃんの直伝料理、ドローンで見る故郷の風景などが自由に見られる。
【直売所】
地産地消の核になる直売所は、福島地区のここら矢野目店、伊達地区のみらい百彩館んめ~べなど10店舗あり、昨年の販売額は33億円弱。矢野目店にはそば店も併設され、人気を呼んでいる。
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