JAの活動:【農業協同組合研究会】どうなる どうする基本法改正
【農業協同組合研究会 報告④】新たな基本法は食料自給率向上を高らかに宣言せよ 東京大学名誉教授・谷口信和氏2023年9月6日
農業協同組合研究会は9月2日、東京都内で「どうなる どうする基本法改正-『食料・農業農村政策の新たな展開方向』をめぐって」をテーマに2023年度第1回の研究会を開いた。農水省の杉中淳総括審議官、JAぎふの岩佐哲司組合長、日本生協連の二村睦子常務、研究会会長の谷口信和東大名誉教授が報告を行った。研究会の司会はJAおきなわ中央会・普天間朝重会長が務めた。
谷口会長は、食料安全保障を担保する新たな基本法では「総合食料自給率向上に本格的に取り組むことを改めて宣言する」べきだとして、研究者の立場から、基本法見直しに注文をつけた。
東京大学名誉教授 谷口信和氏
基本法見直しのポイントとあるべき姿
現行基本法が1999年に制定されて以降、2001年のBSE発生、2003年のイラク戦争勃発、2006~2008年の世界食料危機があった。つまり、基本法も基本計画も修正・改正が不可欠な事態は制度発足直後から繰り返し発生していたが、基本法は一度も修正されなかったし、定期的に見直すとされた基本計画も情勢変化に対応したとはいえない、弾力性のない定期的な見直しに終始した。今回、食料安全保障の強化を担保する基本法への改正という認識は正当といえる。ただ、ウクライナ戦争勃発を契機とする食料安全保障の危機発生という認識は果たして正しいか。
「食料安全保障論」の混乱と再考
2015年の基本計画には不測時の食料安全保障の枠内に「総合的な食料安全保障」が配置され、食料安全保障論に混乱がもたらされている。民主党政権が政治主導を進めようとするなかで、2010年の基本計画で正当な「総合的な食料安全保障」論が採用されたが、これは基本法の規定とは異なっていたためにその後とん挫した経緯がある。2016年~2020年に農林水産事務次官を務めた2人の基本法見直し・食料安全保障への見方が公刊されているが、大きな差異があって興味深い。前任の奥原正明氏は「基本法に問題はなく、政策を実行できなかったのが問題」とし、現行基本法の下で新自由主義的な構造改革の一層の推進を提言している。一方、後任の末松広行氏は「しっかりと検証していく必要がある」とし、食料安全保障の確立の観点から、「直接支払いによる収入保険制度の方向に舵を切り、徐々に拡大していく漸進的な改革が必要」とする。そして、カロリーベースの食料自給率の拡大版として「必要カロリーベース自給論」を提案し、日本人が飢えないために430万haの水田が必要との試算を示している。直接支払いの原資となる予算がないので「徐々に」と表現している。私は末松氏の意見に近いが、より過激な意見である。
中間取りまとめに対する5つの評価
私の中間とりまとめに対する評価のポイントは次の5つ。①平時と不測時の両者にまたがる食料安全保障を提起したこと:ただし、国民一人一人の食料安全保障という観点から、平時の高い食料自給率と備蓄が重要だとすべき、②みどり戦略に対応して農業と食品産業の持続的な発展を掲げたこと:ただし、食料自給率向上が最大のCO2削減方向だと認識すべき、③効率的で安定的な農業経営だけでなく、副業的な農業経営者や自給的農家を農業人材と位置づけたこと:ただし、農業人材もまた自給率向上の有力な主体とすべき、④市場における適正な価格形成メカニズムを導入すること:高騰した生産資材価格の転嫁の前に、農業者への直接支払いによる所得保障を実現すべき、⑤情勢変化に応じて基本法の弾力的な見直しを認め、具体的な施策を示す基本計画は適切なタイミングでのKPIの検証・見直しを行う:基本法・基本計画・毎年の白書による国会でのチェックシステムを働かせ、この3つを国会でのチェック対象とし、基本計画に予算事項を盛り込むべき。
新たな基本法の姿は
新たな基本法の姿を新築の家に喩えるならば、土台としての「みどりの食料システム」があり、屋根の一番高い位置にある棟木(むなぎ)は「総合食料自給率」、屋根は「食料安全保障」、これらを支える4本柱が、①安全な食料の安定供給、②農業・農村の多面的機能(生物多様性を含む)、③持続的な循環型農業、④持続的な混住農村社会、となる。みどりの食料システムは、CO2削減への日本的な道として、食料自給率向上に優先性を与えるべき。食料安全保障は、高い自給率と安心できる備蓄水準によって達成できることから、総合食料自給率向上に本格的に取り組むことを改めて宣言する。目指すべきは、指標としての総合食料自給率(カロリーベース)と品目別自給率(重量ベース)の飛躍的向上を図る。総合食料自給率を2030年に50%、2040年に60%をめざす。そのためには川上から川下までの国民的な大運動を組織することが必要であり、食料安保には国民全体の意識改革が不可欠。
中国は備蓄重視から国内生産重視にシフト
これまでの世界食料危機(1972/73年、2006/08年)と今回の世界食料危機の特徴は、大きく異なっている。これまでの食料危機では、世界の穀物期末在庫率(消費量/在庫量+輸出量-輸入量)が17%(2ヵ月の在庫)を割るところで発生してきたが、2023/24年度の期末在庫率は世界全体で27.4%と、10%以上も高いところで危機が発生している。一方、中国の期末在庫率は71.4%、中国以外の世界は12.0%。中国は2006/08年危機への対応として、2012年から輸入による備蓄を拡大し、米と小麦は完全自給(自給率95%超)、とうもろこしは適度輸入(同90%)、油用大豆は輸入依存(大豆自給率16%)で臨んできたが、2019年以降は大豆増産に転換し、本年6月には「食料安全保障法案」を公表して、輸入による備蓄重視から国内生産による備蓄重視にシフトしている。その結果、2022年度実績では米と小麦の自給率は100%を超え、穀物全体でも95%超となっていて、世界在庫への占有率を穀物全体でも58.6%にまで高めている。
フェーズフリー型備蓄を提案
中間取りまとめの食料アクセスは、「国内生産または輸入」を二者択一的に取り扱っているFAO文書を根拠にして、国内生産ではなく、もっぱら輸入に関わる食料の物理的入手可能性の問題に着目しているが、これが輸入リスクへの対応に相当する。なお、このFAOの定義は、途上国が念頭に置かれているため、輸入(食料支援を含む)は示されているが、「備蓄」が示されていない。「国民一人一人が健康な食生活を享受できること」を位置づけることによって、平時の食料安全保障を新たに考えようという方向は評価したい。しかし、第9回の検証部会で議論された、海外の生産農地(日本向け契約栽培)や海外の倉庫の在庫、海外からの輸送過程までを在庫に含む総合的な備蓄論にはリアリティがなく、平常時と災害時の境を除く、フェーズフリー型防災論を援用したフェーズフリー型備蓄を提案したい。
備蓄を国民的な運動として取り組む
棚上げ備蓄的な発想から、回転備蓄ないし流通在庫的な備蓄という発想に転換することが大切。普段から家庭で2割の在庫を持つ。日常の活動空間に多数の小規模な倉庫を設け、家庭・学校・会社・公共施設・こども食堂・NPO法人の活動拠点・農産物直売所・道の駅・コンビニ・スーパー・レストランなど従来とは異なる主体と場所を活用。すでに始まっているこども食堂等での災害対応備蓄、大ロットでの調理能力の活用に応じた分散備蓄、ネットスーパーで始まっている新たな備蓄方式も注目される。
地球沸騰化対応と食料安保をつなぐ食料自給率向上
農産物輸入60%の日本では、国内農業のCO2対応だけでは不十分であり、自給率向上が有効なCO2対策となる。食料自給率向上には、中山間地域農業振興が不可欠であり、中山間地では耕作放棄地・適切な土地改良・鳥獣害対策のセットでの実施が必要。大規模でなくても耕作・経営する意欲のある農業経営体の意義が大きく、多様な経営主体の参加を求める。条件不利地域対策としての位置の地代負担。また、循環型農業の構築には地域農業の視点が欠かせない。
米粉用米・飼料用米を重視した水田農業の可能性
みどり戦略には、水田農業の枠組みを最大限に活用したアジアモンスーン型農業発展の可能性追求が地球温暖化(沸騰化)対応になるという意義がある。水田に作付する飼料用米は、いつでも主食用米に転換できる水田の維持に寄与する【食料安全保障】、自国の風土的条件に見合った飼料的基盤に基づく畜産物を飼育できる【日本型畜産の構築】、麦大豆の連作障害を回避する【米・麦・大豆の輪作体系】、豪雨の多い日本では畦畔を有し、ダム機能を有する水田が持つ特別な役割【地球温暖化の緩衝】といった意義がある。なお、飼料用米についても主食用米を凌駕するような高単収・高栄養価・低脱粒性の地域的専用品種の開発を急ぐべきである。
重要な記事
最新の記事
-
【人事異動】JA全農(2025年1月1日付)2024年11月21日
-
【地域を診る】調査なくして政策なし 統計数字の落とし穴 京都橘大学教授 岡田知弘氏2024年11月21日
-
【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】国家戦略の欠如2024年11月21日
-
加藤一二三さんの詰め将棋連載がギネス世界記録に認定 『家の光』に65年62日掲載2024年11月21日
-
地域の活性化で「酪農危機」突破を 全農酪農経営体験発表会2024年11月21日
-
全農いわて 24年産米仮渡金(JA概算金)、追加支払い2000円 「販売環境好転、生産者に還元」2024年11月21日
-
鳥インフル ポーランドからの家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年11月21日
-
鳥インフル カナダからの生きた家きん、家きん肉等の輸入を一時停止 農水省2024年11月21日
-
JAあつぎとJAいちかわが連携協定 都市近郊農協同士 特産物販売や人的交流でタッグ2024年11月21日
-
どぶろくから酒、ビールへ【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第317回2024年11月21日
-
JA三井ストラテジックパートナーズが営業開始 パートナー戦略を加速 JA三井リース2024年11月21日
-
【役員人事】協友アグリ(1月29日付)2024年11月21日
-
畜産から生まれる電気 発電所からリアルタイム配信 パルシステム東京2024年11月21日
-
積寒地でもスニーカーの歩きやすさ 防寒ブーツ「モントレ MB-799」発売 アキレス2024年11月21日
-
滋賀県「女性農業者学びのミニ講座」刈払機の使い方とメンテナンスを伝授 農機具王2024年11月21日
-
オーガニック日本茶を増やす「Ochanowa」有機JAS認証を取得 マイファーム2024年11月21日
-
11月29日「いい肉を当てよう 近江牛ガチャ」初開催 ここ滋賀2024年11月21日
-
「紅まどんな」解禁 愛媛県産かんきつ3品種「紅コレクション」各地でコラボ開始2024年11月21日
-
ベトナム南部における販売協力 トーモク2024年11月21日
-
有機EL発光材料の量産体制構築へ Kyuluxと資本業務提携契約を締結 日本曹達2024年11月21日