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【地球温暖化と農業技術】気候変動 振れ幅も注視 千葉大大学院園芸学研究院院長 松岡延浩氏2023年10月11日
今年は「観測史上最高」の平均気温を7月から3カ月連続で記録した。しかし、地球温暖化で今年よりも来年のほうが暑くなるのではとの見方もある。こうした気候変動にどう農業生産は立ち向かわなければならないのか。千葉大の松岡延浩園芸学研究院院長は「寒い夏」もある「気温の振れ幅」にも注目すべきと指摘する。
千葉大大学院
園芸学研究院院長
松岡延浩氏
産地の移動 10年先視野
今年の夏も各所で最高気温の記録が塗り替えられた。このあたりの報道から、異常な気象の下での日本の農業の行く末を心配される生産者の方も多いと思う。以下、異常な気象をどのように考えていけばよいか考えてみたい。
「ふつうこんな感じ」といった天候から、困ったくらい外れてしまったとき、天候が異常だという。この「ふつうこんな感じ」を平年並みというが、気象庁では、平年とは直近の西暦年の1の位が0の年から 過去30 年前までデータを平均した値のことをいう。今年であれば、1991年から2020年までの30年の平均を言う。従って、2031年になると平年は、2001年から2030年までの平均となり、地球が温暖化したとすると平年の気温も現在より高くなる。したがって、今は異常でも将来は異常ではなくなってしまう。
このように、気候は変化し変動する。先に述べた「ふつうこんな感じ」が年とともに変わっていくことを「気候の変化」という。今年はいつもより寒いなどのように、「ふつうこんな感じ」からどの位ずれているかという振れ幅を「気候の変動」という。この振れ幅が30年に1度程度しか現れないくらいかけ離れた幅を持つときに、異常という。従って、農業技術として異常気象にどのように立ち向かうかは、この「気候の変動」にどのように立ち向かうかということに他ならない。
地球温暖化というと、図1のような図を見て、「ふつうこんな感じ」と思っている気温が上昇していくトレンドのみを読み取りがちである。しかし、天候は毎年同じではなく、年によって異なる振れ幅を持っていることは経験的に誰でも知っている。この、トレンドと振れ幅に分けて考えたときに、地球温暖化と農業技術の関係が見えてくると思う。
世界の年平均気温偏差
世界気象機関(WMO)が示した、気候の変化と変動の解説を使って、地球温暖化を考えていきたい。図2は年とともに気温がどのように変わるかを、模式的に示したものである。図2-1aは、トレンドがなく値はほぼ一定で、常識的な振れ幅(例えば±5度以内)で気温が推移している状況を示す。普段準備しておく服を例に考えてみる。夏であれば、冬物のダウンなどはしまって、夏服をすぐ着られるように出しておき、少し寒い日があるといけないので、ダウンほどではないが薄い長袖も残しておく。「ふつうこんな感じ」の夏の準備をしておけばよい。これが、ずっと続けば、夏服の準備は毎年ずっと同じで構わない。
しかし、図2-1bは、先ほど見てきた上昇トレンドはあるが、振れ幅は変わらない場合である。常識的な振れ幅は変わらないので、服の準備は当面は変わらないが、10年位の間に、薄めの衣類を増やして、薄手の長袖は処分していくといった無意識の対応が行われるだろう。
話は少し現実離れするが、図2-2aは気温の平均値は変わらず、変動のみ変化する場合である。平均すると気候は変わっていないが、極端に暑い日と極端に寒い日が増えてくるようになる。すなわち、「ふつうこんな感じ」の夏服を準備はするが、極端に暑い日に備えた服(冷房装置付きの服?)を準備するとともに、ダウンも出しておかなくてはいけない状態を意味する。
図2-2bは、上昇トレンドが発生するとともに、振れ幅も大きくなっていく状況である。これに対応するには、10年規模で無意識のうちに暑い夏に向けて準備していくとともに、とても暑い夏のための準備、夏でありながらダウンの準備もしなくてはいけない状況を意味する。
気温変化模式図
高温だけに注意が集中
実際の地球温暖化は、近年の研究から、図2-2bのような、気温のトレンド上昇とともに、振れ幅の増大が予想されている。しかし、今のところ、農業技術気温のトレンドのみに注意がいっていて、振れ幅はあまり重要視されていない。また、振れ幅を考慮したとしても、とても暑い夏だけに注目がいってしまい、今までにも経験してきた寒い夏にも関心が薄らいでいる。
農作業を考えるならば、「ふつうこんな感じ」といった天候に合わせて、在来の技術を使って栽培が計画される。稲ならば、例年いつ種まきし、いつ移植し、いつ中干しし、いつ収穫するといった作業カレンダーで栽培が行われる。気温のトレンドのみに注目すると、温暖化に対する対策は、その土地で栽培されている現在の品種を、今まで暖かいところで栽培されていた品種に置き換えて、以前の産地で使われていた技術を移転すればよいという考えになる。これが「気温の上昇に伴う産地の移動」にのみ意識が向かった対策となる。
リンゴの産地がミカンの産地に置き換わっていくことは確かにショッキングなことである。しかし、生産者の立場として、10年先にどうなるか分かったとしたら、指をくわえて同じ作物を作り続けるのか、より気候に適した作物に置き換えていくのかは、あえてコメントする必要はなかろう。これ以外に、耐暑性のある作物の育種で置き換えていくことも期待される技術である。しかし、上昇トレンドに対する新作物導入の可能性の検討は、それぞれの生産者の仕事というよりも、行政機関あるいは農業協同組合の仕事となろう。
篤農技術の継承も重要
これに対して、先に述べたように、トレンドが変化するだけではなく、振れ幅も変化する。すなわち、地球温暖化によって、現在栽培されている品種を、現在暖かい地域で栽培されている品種に置き換えるとともに、今までに経験したことのない暑さに対する対策と現在行われている寒い夏に対する技術の両方とも準備し続けなくてはいけないことになる。
寒い夏に対する技術は、もしかすると現在、栽培されている地域の技術が応用できるかも知れない。しかし、これらは忘れられがちなので、これらの技術が失われてしまわないように、何らかの情報の継承を怠らないようにする必要がある。
一方、経験したことのない高い温度に対する技術は、今まで栽培されてきた産地でも経験のない技術であるから、これから新たに開発していく必要がある。これらの技術の開発も、行政機関あるいは農業協同組合の仕事であるが、同時にあまり知られていない生産者個々人が持っているあまり知られていないノウハウもかなりのウェイトを占めていると考える。
これまで述べてきたように、地球温暖化に対する農業技術は、上昇トレンドに対する対策だけでなく、振れ幅に対する技術、特に経験したことのないような高温に対する技術だけではなく、経験済みでの低温に対する技術も失われないように保持することが重要で、そのためには、これらのノウハウを共有するためのプラットフォームを作っていくことを地方の行政機関および農業協同組合に期待する。
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