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JAの活動:第45回農協人文化賞

【第45回農協人文化賞】努力する人は希望を語る 共済事業部門 鳥取県・JA鳥取西部前代表理事専務 植田秋博氏2024年8月14日

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多年にわたり献身的に農協運動の発展などに寄与した功績者を表彰する第45回農協人文化賞の表彰式が8月6日に開かれた。
JAcomでは、各受賞者の体験やこれまでの活動への思い、そして今後の抱負について、推薦者の言葉とともに順次、掲載する。

JA鳥取西部前代表理事専務 植田秋博氏JA鳥取西部前代表理事専務 植田秋博氏

「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」

作家井上靖の名言は、人々への教訓として今も語り継がれていますが、私も自らを奮い立たせる教訓として、そしてJA職員に対しても常に伝えてきたところです。

地元の高校を卒業し、1968年に米子市農業協同組合(現、鳥取西部農業協同組合)に入組してからは、共済、経済事業を中心にいわゆる「現場仕事」に長く携わってきました。当時、私の持ち前は行動力しかありませんでしたので、一人でも多くの組合員に自分を覚えてもらうことを信条に、何度も通い続けました。

熊本地震JAグループ鳥取支援隊へ団長として参加 選果場にてメロンの出荷支援熊本地震JAグループ鳥取支援隊へ団長として参加 選果場にてメロンの出荷支援

時は過ぎ、私の体験を語るうえで震災は大きな起点となりました。

2000年10月6日、私は西伯支所長として事務所で勤務をしていたところ、昼過ぎに突如、震度6を超える巨大地震に見舞われました(のちに鳥取県の西部地方を震源とする「鳥取県西部地震」(マグニチュード7.3、最大震度6強)と気象庁が命名)。

悲鳴をあげる、震える、うずくまる来所中の組合員や職員に落ち着くよう声をかけ、けが人や事務所・施設の確認、備品・書類の整理を指示していきました。今こそJAにできることは組合員に「安心」を届けることと考え、我真っ先に行動を起こしました。次の日からは、朝から夜中になるまで組合員や共済契約者世帯に対し、けがや損壊の請求について案内をして回り、本気で全世帯に顔を出して声を掛けるつもりで歩き回ったことを今でも覚えています。その時に掛けていただいた多くの「ありがとう」の声こそ、私が目指す「頼られるJA」の姿であり"語る希望"として明確になった時であったと思われます。

役員に就任してからも現場第一の考えは変わることなく、全国で起きた2回の震災・自然災害復興支援ボランティア隊に参加しました(当時は代表理事専務)。

一つは、2016年に発生して壊滅的な被害を及ぼした熊本地震の農業再建支援隊です(6月実施)。現地では、農家や野菜選果場従業員の家屋が損壊し、避難生活を余儀なくされている状況下において、農場での収穫と集荷作業の人材不足が喫緊の課題となっていました。

二つは、2019年9月に関東地方に上陸して甚大な被害を及ぼした台風15号の農場再建支援隊です(11月実施)。派遣先の千葉県では、農場設置のハウスが多数倒壊し、ガラス破片や金属パイプが散乱する状況で、再生産が難しい状況での復旧対策が課題となっていました。

いずれの参加も鳥取県支援隊の団長として、被災者に寄り添い、限られた期間精いっぱいの姿をお見せすることで元気を取り戻していただきたい思いでしたが、現地生産者とのお別れに際していただいた感謝の言葉「もう農業やめようと思っていたけど、おかげで意欲がわいてきました」は私にとっても感無量でした。

さて、当農協での専務職は人事の担当役員を担います。私が進めてきた取り組みを二つ紹介します。

一つは、「女性管理職の積極登用」があります。2011年に専務就任以来、現場たたき上げの私は、管内16カ所にある総合支所長の任命がJA事業の生命線と考えました。組合員対応の最高責任者であることはもちろん、支所は行政単位と連動している箇所も多く、連携を必要とされます。男女を問わず優秀な職員を登用した結果、2018年には9人の女性総合支所長(全体の約6割)を登用することができ、今後への道しるべを示すことができました。

二つは、「努力に対する意識づけ」です。例えば、LAは共済推進目標が大きいことから、一般職員の推進目標が小さいことに不満を持つLAも少なくありません。不満に目を向けるのではなく、目標達成という"希望"に目を向けて努力していく姿勢こそが「頼られるJA」に近づくことを経験から学び、職員に伝えてきました。

JAの役員在任15年を終え、現在は地元である南部町の土地改良区副理事長を務める傍ら、年間を通じたハウス栽培で収穫した野菜(ナス、ピーマン、トマト、ダイコン、ハクサイほか)をJAなどの直売所に出荷して日々を暮らしています。

水稲作は、息子が世話人を務める営農法人に委託しており安心ですが、町内には耕作放棄地が年々増えており危惧しているところです。

役職員として通算50年以上JAに勤め、多くの組合員・先輩役職員に育てていただいた恩返しは、JAを一組合員として応援するとともに、地元の農業振興と地域活性化に貢献することと考えています。そして、昨日より今日、今日より明日も地域の方々とともに"希望を語る"ことが今の私の抱負です。

【略歴】
うえだ・あきひろ
昭和24年10月生まれ。昭和43年12月米子市農業協同組合入組、平成9年4月鳥取西部農業協同組合西伯支所長、13年4月同資材部長、14年4月同共済部長、19年4月同代表理事常務、23年4月同代表理事専務、令和4年4月退任。

【推薦の言葉】LA推進のモデルに

植田秋博氏は、組合員・地域住民に対する自動車共済と車両共済の付帯向上を普及活動の柱に掲げ継続的に取り組んだ。 その結果、共済保有契約者数全体では減少傾向にあるなかで、自動車共済の保有契約者数は維持されており、車両共済の付保割合は令和5年度末においては72%を超えた。

平成14 年、共済部長に就任し、当時30 数人のLA体制の情報連携強化とチームによる一体感の醸成を図るため、五つの地区ブロック制度を導入した。各ブロックにはLAリーダーを配置し、リーダー会議、ブロック会議を常設して情報の共有化とともに、ブロック向け施策等モチベーション向上の企画を意欲的に行い、今日必要とされる「チーム」としての意識醸成に取り組んだ。

役員就任後は、全職員一斉推進を縮小し、LA推進を中心とした体制強化を図り、県内ではいち早く恒常推進体制へのシフト化を進めた。 県内では同JAがLA推進のモデル体制として先導的役割を担った。

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