JAの活動:JA全農の若い力
【JA全農の若い力】受精卵移植で所得向上の一翼に 全農ET研九州分場(1)技術磨き農の未来へ 杉本侃司さん2024年9月19日
JA全農ET研究所(本場:北海道上士幌町)はET(Embryo Transfer:受精卵移植)に取り組み、畜産農家の所得向上、わが国の畜産生産基盤を支えている。今回は九州分場(福岡市)で働く2人の若い力を訪ねた。
全農ET研究所九州分場 杉本侃司さん
雌牛は1年に1頭しか子牛を産むことができない。ETとは、過排卵処理をした優良血統の和牛雌牛から一度に複数の受精卵を採卵し、乳牛などへ移植し効率よく和牛子牛を生産する技術である。
全農ET研究所では、研究所で飼養している雌牛で受精卵をつくるだけでなく、繁殖農家の雌牛から採卵し、それを買い上げることで畜産生産基盤を強化するとともに、新たな農家所得につなげる農家採卵事業にも力を入れている。
2019年に入会した杉本侃司(かんじ)さんは、大学では獣医衛生教室で牛のマイコプラズマ病を研究した。卒業後の志望は「ふわっとしていた」が、「現場に役立つことをしたい」という思いは強かった。獣医になり全農入会後は家畜衛生研究所(千葉県佐倉市)で1年勤務した後、北海道上士幌町のET研究所に異動、4年間の勤務を経て、2024年春から九州分場で勤務している。
仕事内容は体内受精卵の採卵業務および受精卵移植業務である。
受精卵移植はもちろん、牛のことはすべて、上士幌のET研で基礎から教わった。採卵も移植も、牛を見る目とかなりの技術力が要求される。採卵で思ったよりとれなかった時には、「この牛はこういう風に子宮を持った方がいい」など、所長がつきっきりで教えてくれた。季節によっても技術によっても左右される受胎率をどう上げるかも重要な課題だ。「先輩たちの温かいサポートでここまでやってこられました」と杉本さんは振り返る。
採卵できる牛も、できない牛もある。1頭1頭見極め、採れる牛からは確実に採卵することが重要だ。研究所の牛から採卵できるようになって初めて、農家の牛からの採卵を任される。
「私たちの仕事次第で、副収入を得ようと農家採卵事業を利用される農家さんの経営に影響を与えるので緊張します」と杉本さんは話す。
「頼られるようになりたい」と業務に打ち込む杉本侃司さん(左)を生産者が笑顔で見守る
母牛が年1頭産んだ子牛を9カ月ほど育ててからでないと市場で売れなかった繁殖農家にとって、採卵が副収入になる意味は大きい。また、和牛の受精卵を乳牛に移植すれば、和牛が増やせ、高く売れる和牛の子牛が酪農家の副収入にもなる。
半面、受精卵の価格は1個数万円で、それを畜産農家が負担するため、受胎するかどうかは経営を左右する。
ET研本場のある北海道は大地が広がり大規模な酪農家が多かったが、九州では酪農家も繁殖農家も小規模な家族経営が多い。少しでも農家のためになれればと、九州一円の農場を周る。
「ET研九州分場は、腕のいい先輩たちが結果を出してきたので農家さんから信頼されています。自分も早く頼られるようになりたい」
そう語る杉本さんにとって全農は、「生産者のために働くことができるところ」だという。
北海道時代、最初は厳しかった酪農家に何回も足を運ぶと、ある日「成長したな」と言ってくれたことが忘れられない。導いてくれた一人が、上士幌のET研に入った時いろいろと教わった先輩の村里慎太郎さん(2017年入会)だ。村里さんは全農ET研繁殖義塾での研修後、ET研職員になって受卵牛・種雄牛チームに配属され、研修生への指導にもあたった(本サイト2020年8月28日付「JA全農の若い力」参照)。
村里さんはその後退職し、長崎で実家の繁殖農家を継いだ。杉本さんが採卵に行くと良好な採卵成績が得られた。村里さんからも喜ばれ、杉本さんもうれしかった。ET研のホームページに掲載されている事業紹介動画(https://www.youtube.com/watch?v=9Z0-t0LjTFU)には、研修生だった村里さんの姿もある。村里さんは「本当にここで(技術を)磨かせてもらって、じゃあ外に出て自分たちが何ができるかが本当の勝負」と話している。ET研で磨いた技術と経験を携え、村里さんは畜産現場のど真ん中に「勝負のステージ」を移したことになる。
餌代の高騰など、畜産を取り巻く経営環境は厳しい。「しっかりと採卵し、移植後の受胎率を引き上げれば、その分、飼料代も安く済みます。そういった点で、農家に貢献できればと思います。繁殖は奥が深く、上を見たらきりがありません。牛全体の知識も勉強しなければ」と話す杉本さん。今後の抱負を聞くと、こんな言葉が返ってきた。
「今は繁殖に特化していますが、将来はもっと包括的な視点で物事を見られるようになりたいです」
視線の先には、畜産だけでなく、農の未来がある。
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