【2013参議院選挙結果】これ以上国民を欺かないでほしい 東京大学教授・鈴木宣弘2013年8月2日
・背信の政治への失望を認識すべき
・「信じてほしい」の責任をとってもらうとき
・TPPの正体を如実に示す郵政マネーの乗っ取り
・交渉に参加すれば情報が開示できるもウソ
・軽自動車区分も、医療分野も日米並行協議で
自民公明が大勝した参議院選挙から2日後の7月23日、日本は政府が交渉方針を明確に示さないままマレーシアで行われているTPP交渉に参加した。国会や自民党は農産品5品目などの関税撤廃は認めないなどとする決議を行い、政府はそれを守ると強調し、実現できなければ交渉からの脱退も辞さないとしている。今度こそ、国民との約束を守らなくてならない。選挙結果を受けて、鈴木宣弘東大教授が「政治」の課題を提起する。
◆背信の政治への失望を認識すべき
メディアなどの調査では、政権の経済政策=アベノミクスを評価する有権者の声が今回の参議院選挙での自民党の大勝を後押ししたとみられている。確かに、うわべだけのテキパキした感のある政策の打ち出し方に惑わされた人も多いのだろう。しかし、アベノミクスの正体を見据えて、それに対する批判もしっかりと反映された側面もある。
アベノミクスは、円安を誘導し、解雇自由にして、賃金は抑制し、ごく一部の国際展開している巨大企業の経営陣の利益を拡大し、多くの人々の所得が減る中で、生活必需品価格は上昇して、国民の生活を悪化させる。まさに、既得権益の打破や規制緩和の断行の名目の下で、1%のために99%を犠牲にして顧みない政策である。その切り札がTPPである。このような一握りの者のための政治がこれ以上強化されたら国民の将来はどうなってしまうのだろうか。
今回の投票率が5割を少し超えただけということは、政治に失望して選挙そのものを棄権してしまった人がいかに多いかということであり、「アベノミクスが評価された」と声高に言えるような状況とはかけ離れていることを認識すべきである。また、今回の選挙では、反格差社会、反原発、反TPPを徹底的に主張してきた党が批判票の受け皿の一つとなって躍進したり、東京でも無所属で同様の主張を掲げた候補が当選したことも見逃せない。一方で、原発やTPPについて一貫して覚悟ある対応を続けてこられた立派な政治家が何人も落選されたことは残念でならない。
◆「信じてほしい」の責任をとってもらうとき
参議院選挙で与党が勝利し、そして、TPP交渉に日本が初参加した。米国との2国間の並行協議も8月に始まる。
与党は、昨年12月の衆議院選挙での国民との公約をいとも簡単に反故にして、「農産物の重要品目の関税は守れる」などとごまかしてTPPに参加したが、それでも、参議院選挙でも結果的に大勝した。しかし、まさか、この結果が「TPPをこのまま進めてよい」ということだと勘違いされてはたいへんなことだ。
そもそも、関税撤廃の例外もほとんど認められないことは最初から明白であり、自動車、保険、食の安全などについての決議された守るべき国益も、その多くは参加承認のための入場料として払わされて、すでに破たんしている。
さらに、日米2国間の並行協議で「積み残し分」にとどめを刺されることを約束させられた。そして、日本が実質的に交渉に関与できる権利も時間も制約されているのに、「交渉で勝ち取るのだ」「聖域は守る、国益は守る、皆さんとの約束を守らなかったらどうなるかはよくわかっている。信じてほしい」「聖域が守られなければ席を立って帰ってくる」「最終的に署名しなければよい」と言い続けてきた人々が、選挙に勝利した。
「これまで、散々ウソをついて進めてきたが、国民の抵抗はこの程度で収まっている。これなら、さらに二重三重のウソの上塗りをしても大丈夫だろう」と判断し、参議院選挙までは勇ましく言っておいて、終わったら、「何のことだったかな」とごまかすつもりだったのだろう。選挙が終わり、いよいよ国民を欺く「総括段階」に入ろうということだろうが、しかし、今度こそ許すわけにはいかない。
◆TPPの正体を如実に示す郵政マネーの乗っ取り
そう言っている矢先に、とんでもないことが判明した。かんぽ生命が米国保険会社(アフラック)と提携して、全国の郵便局でアフラックのがん保険を売り出すことになったという。アフラックのシェア拡大のために、「がん保険に参入しない」にとどまらず、アフラックに優先的に市場を明け渡すという「乗っ取り」を完全に認めてしまったのである。
これは、「競争条件の平準化」でなく、「市場の強奪」であり、完全にアフラックの思うつぼにはまったことになる。日本の「郵政マネー」の米国保険会社による強奪であり、「米国企業による日本市場の強奪」というTPPの正体を露骨に現す事態である。どこまで身ぐるみ剥がされるつもりなのか。
◆交渉に参加すれば情報が開示できるもウソ
また、これもわかっていたことながら、これまで、国民への情報開示が不十分だとの批判に対する言い訳として「交渉に参加していないから内容がわからない。だから早く入らなくては」と言ってきたが、いよいよ交渉に参加したら、こんどは交渉内容・経緯を4年間は公表してはいけないという秘密交渉のルールを盾にして、守秘義務があるので説明できない、ということになり、国民への情報開示は結局いつまでも行われないまま、事態は勝手に進められてしまうことなる。
◆「守るべき国益」はどうなるのか
こんな状況で、「聖域は守る、国益は守る、信じてほしい」と言った、その「聖域」「国益」はどうなってしまうのか。自民党で決議された「守るべき国益」6項目は以下のとおりである。
(1)農林水産品における関税=米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖等の農林水産物の重要品目が、除外又は再協議の対象となること。
(2)自動車等の安全基準、環境基準、数値目標等=自動車における排ガス規制、安全基準認証、税制、軽自動車優遇等の我が国固有の安全基準、環境基準等を損なわないこと及び自由貿易の理念に反する工業製品の数値目標は受け入れないこと。
(3)国民皆保険、公的薬価制度=公的な医療給付範囲を維持すること。医療機関経営への営利企業参入、混合診療の全面解禁を許さないこと。公的薬価算定の仕組みを改悪しないこと。
(4)食の安全安心の基準=残留農薬・食品添加物の基準、遺伝子組換え食品の表示義務、輸入原材料の原産地表示、BSE基準等において、食の安全安心が損なわれないこと。
(5)ISD条項=国の主権を損なうようなISD条項は合意しないこと。
(6)政府調達・金融サービス等=政府調達及び、かんぽ、郵貯、共済等の金融サービス等のあり方については我が国の特性を踏まえること。
◆できないものはできないと言い続けられるか
TPPの前身は2006年に比較的小さな4か国でできたP4協定である。小さな4か国だから一つの国のようにして、ルールを一緒にし、関税も撤廃し、一国のように振る舞うことに意義があるということだった。それを「ハイジャック」したのがアメリカの巨大企業である。世界的にも格差社会デモが起きてきて、規制緩和の徹底による利益追求がやりにくくなってきたが、P4協定を乗っ取って、これをアジア太平洋地域、世界に広げていければ、規制緩和を徹底して「ルール壊し」をして、時代に逆行して自らの利益を拡大できると考えた。だから、そもそも、TPPは関税撤廃や規制緩和に例外を認めないものとして始まっている。
したがって、これまでのFTA(自由貿易協定)で我が国が一度も関税撤廃したことがない農林水産物の品目を「聖域」と考えれば834品目で、全体の約9000品目の1割近くになる「聖域」が守られるはずがないことは誰の目から見ても明らかである。それなのに、政府は2月の共同声明で「聖域」が守れる可能性が確認できたと国民をごまかした。逆に、米国政府はこの共同声明に基づいて、「日本は全ての農産物関税を撤廃するという米国の目的を理解したから喜んでくれ」と農業界に説明したした。
また、7月18日にも、USTR(米通商代表部)のフロマン新代表が、連邦議会下院歳入委員会公聴会にて「日本のTPP交渉参加のための(事前協議)過程において、あらゆる品目・分野が交渉対象であることを明確にし、日本農業に関連して一切の除外を認めていない」と改めて証言している(九州大学・磯田宏准教授)。
今後の交渉では、とにかく「できないことはできない」とどこまで言い続けられるか、言い続けてもらうしかない。
◆軽自動車区分も、医療分野も日米並行協議で
すでに、TPP交渉参加の「入場料」として、米国の安全基準を満たしていれば簡易検査で輸入できる米国車の台数を、2000台から5000台まで増やすこと、米国の自動車関税の撤廃については猶予期間を長く(業界の要求は25~30年)認めることを約束させられた時点で破綻している。さらに、2国間の並行協議で、軽自動車区分の廃止(税の軽減の撤廃)が要求されるのは必至である。
長年、日本に要求してきた規制緩和を加速させ、完結させるのがTPPで米国の目指すところなのだから、従来からの要求がTPPで取り下げられることは本質的にありえない。
前々から、「TPPの条文上で取り扱わないと米国が言っているから大丈夫だ」ということはなく、TPPの交渉過程での取引条件などとして、TPP条文とは別に、過去の積み残しの規制緩和要求を貫徹させようとするのが米国の戦略だ、と指摘したとおりだ。それが2国間の並行協議だ。
「米国の企業利益の拡大にじゃまなルールや仕組みは徹底的に壊す、または都合のいいように変える」のがTPP。米国の民間保険会社が日本でシェア拡大するには国民健康保険がじゃま、先端医療保険市場の拡大には混合診療を解禁しろ、米国の製薬会社の利益拡大には薬価を低く抑える公定制度がじゃま、薬の特許が短いのは強化する、従わないなら、ISD(投資家国家間紛争処理)条項で日本政府を国際投資紛争仲裁センターに提訴して損害賠償させ、撤廃に追い込むぞという「切り札」で威嚇する。
ISD条項については、「国家主権の侵害」として豪州が反対しているが、多国籍企業にとっての「切り札」のISD条項を米国が諦めるとは思われないし、何と、日本政府はISD条項に賛成だと言っている。
◆食の安全基準緩和は2国間並行協議の重要項目
BSE(牛海綿状脳症)問題については、すでに、2年前に野田総理(当時)のハワイでの参加意思表明の「露払い」として米国産牛肉の輸入条件を緩和すると発表し、今年の2月1日に実施してしまったのだから、すでに国民との約束は破綻している。
残留農薬・食品添加物の基準の緩和は、米国が、2国間の並行協議で解決されるべき「その他の非関税障壁」の筆頭格として挙げている重要事項である。
遺伝子組換え食品の表示問題については、米国のTPPの主席農業交渉官はモンサント社の前ロビイストだと報じられている(久野秀二京大教授)ことからも推して知るべし、である。
◆米国企業による日本市場の強奪
保険の関係では、すでに、「入場料」で、かんぽ生命の新規商品を認めないことを約束させられた時点で破綻している。それでも、「かんぽ生命の新規商品を認めないのは、たまたま今のタイミングで話しただけでTPPとはまったく関係ない」と大臣に言わせた官僚の感覚は異常と言うしかなく、BSEについても同様だが、どこまで国民を愚弄するつもりなのだろうか。
それどころか、先述のとおり、かんぽ生命が米国保険会社(アフラック)と提携して、全国の郵便局でアフラックのがん保険を売り出すことになり、露骨な「市場の強奪」を認めてしまって、守るべき国益は完全に破綻した。TPPの正体を露骨に現す事態である。
◆席を立って帰ってくるのか、最終的に批准しないのか
このように、国民と約束した守るべき「聖域」「国益」はすでに破綻しているか、破綻が明々白々な状況において、TPP本体の交渉だけでなく、日米2国間の並行協議においても、「席を立って帰ってくる」しかないはずだが、本当にそのような覚悟があるのか。そもそも、実務的な交渉で、そのような「途中脱退」は通常あり得ない。特に、「聖域」についは、農林水産省が身を挺して譲らない覚悟で「TPPを空中分解させよう」と臨んだとしても、首席交渉官(外務省)や官邸の判断で潰されてしまう体制になっている。
しかし、「信じてほしい」との言葉の重みをおろそかにすることは、今度こそ、許されない。最終的には、国会での批准で反対票を投じて、一部の官僚と官邸の暴走に決着をつけることを見据えてもらわなくてはならない。
TPP反対の議員の中にも、「党議拘束で縛られるのに批准で止めるのは無理だ」と言う人もいる。何と情けないことか。何度、国民、地域の切実な声を欺いたら気が済むのであろうか。我々は何度も何度も騙されてきた。だから大丈夫だと思わないでほしい。本当に人間として恥ずかしくないのか。国民の命と健康、日本の伝統、文化、地域コミュニティ、安全・安心な普通の暮らしを守るため、国民に選挙で選ばれた使命を今度こそ果たしてもらいたい。
これ以上、売国の政治を断固として許すわけにはいかないという全国各地の声を結集して、覚悟ある政治を促すための大きなうねりをつくりだす必要がある。
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