【クローズアップ農政】TPP・・・って何?米国民の関心低く インタビュー・中岡望・東洋英和女学院大学副学長に聞く2014年6月4日
・雇用問題とTPP
・手っ取り早く改善
・与党はTPP反対も
・中間選挙の関心事は?
・貿易と社会考える時
TPP(環太平洋連携協定)は7月に参加国で早期合意をめざし7月に首席交渉官会合を開く予定だ。交渉を主導する米国は11月に中間選挙を控え、選挙戦を有利に戦うためにも選挙前に合意に持ち込みたいと考えているのではとの見方が日本国内には根強い。しかし、米国議会や米国国民にとってTPP問題はどのような位置づけにあるのか。米国政治に詳しい中岡望・東洋英和女学院大学副学長に聞いた。
TPPは中間選挙で
争点になるのか?
◆雇用問題とTPP
オバマ大統領は、最初に大統領選挙に立候補したとき、民主党の予備選挙で何と言っていたか振り返ってみましょう。新たな通商条約は結びません、北米自由貿易(NAFTA)も見直しますと言っていました。民主党の支持基盤は伝統的に自由貿易反対です。大きな勢力には労働組合と環境団体がある。市民運動団体も支持基盤です。ですから、オバマは大統領選に出馬するときにそういった勢力に配慮した。
ところが、2009年に大統領に就任して早々、リーマンショック後の不況に対応するために史上最大規模の景気刺激策をとっても、雇用情勢はどんどん悪化、2009年の失業率は10%を越えた。そうした状況を背景に2010年の一般教書演説で、雇用を増やす方法は輸出を増やすしかないと主張し、まず店ざらしになっていた米韓FTAを批准し、TPPに積極的になっていったのです。
◆手っ取り早く改善
オバマ大統領にとって雇用問題の解決は1期目の最大の課題になり、とにかく手っ取り早く雇用情勢を改善するには輸出を増やすしかないとなった。国内で新たな産業を育成し、起業を促進して雇用を増やそうとすれば何年もかかる。しかし、輸出が増えるなら極端にいえば来年からでも生産や雇用を増やすことができる。クイック・フィックス、いちばん手軽な方法というわけです。
しかも、世界の成長センターはアジアにシフトしている。改めて自分たちはアジア・太平洋の国であるという認識に立ち、米国が発展し雇用を拡大するためにはアジアとの関係を強化しなければならない。同時に中国の存在も米国のアジア政策に影を落としており、中国への牽制ということからもTPP交渉を積極的に主導し、通商政策のルール作りで主導権を確立する狙いもありました。
◆与党はTPP反対も
では、今年の11月に控える中間選挙でオバマ政権が有権者に向けて何を訴えるか。それはやはり雇用政策しかない。最近時点では、失業率は8%台まで低下していますが、それでは十分ではない。このままでは中間選挙でアピールする材料がないということで、今年に入ってオバマ政権は最低賃金の引き上げや、男女の賃金格差是正などを積極的に訴えようとしています。中間選挙の状況を分析するとTPPはそれほど大きなテーマにはなっていません。日本の多くのマスコミは、中間選挙前にオバマ政権はTPP合意にこぎつけ、選挙を有利に戦いたいはずだと書いています。しかし、実情は必ずしも、そうではありません。
議会では、オバマ政権の与党である民主党議員に反対が強い。米国にはファースト・トラック(=大統領貿易促進権限)法があり、議会は政府が提案する通商交渉内容に関して修正できず、イエスかノーで答えなくてはいけない。この法律は失効しており、新しい法案を成立させるかどうかが議会で問題になっています(新法は「Trade Promotion Authority Act(TPA))。
同法が成立しないと、かりにTPPが合意されても、議会で批准するのは難しい。民主党のペロシ下院院内総務やリード上院院内総務は新しい法案に反対する意向を示しています。議会情勢を分析すれば、少なくとも今のところ同法が成立する見通しは立っていません。 4月の日米会談で両国は交渉を加速させることで合意はしましたが、具体的な予定を示すことができませんでしたし、すでに米国政府は「年末までに」と目標を後退させています。オバマ来日前にホワイトハウスで行われたライス大統領補佐官のブリーフィング(背景説明)では、「大統領はTPP交渉を妥結する意図はもっていない」「TPP交渉は今後数週間、数ヶ月続くだろう」と語っています。
ですから、オバマ政権は11月の中間選挙までに日本に妥協してTPP交渉をまとめる気はあまりないのです。ということは、繰り返しですが、今の状況では議会で批准されるのは難しいし、下手に日本に妥協すれば野党の共和党までもが反対に回る可能性もある。
ただ、オバマ大統領に尖閣列島を安保条約の対象区域であると認めることで、日本政府から妥協を取り付けるという気持ちがなかったわけではないと思います。しかし、安倍政権も安易に妥協はできない政治状況を抱えている。自民党内には、「安倍政権はよく頑張った」という声がありますが、これも近視眼的かつ短絡的な考え方です。なぜなら、交渉決裂のリスクとコストを評価していないからです。いずれにせよ、現状から言えば、日米両国政府の思惑がTPP交渉の行き詰まりの背景にあるのです。ただ、政治は生き物ですから、可能性は小さいにせよ、急転直下の妥協がないわけではありません。
◆中間選挙の関心事は?
一方で、もしTPPが合意できなかったらどうなるかという問題があります。お互いに政治的にダメージが大きいし、いちばん喜ぶのは中国です。 では、日米が中国を見据えながら妥協していく余地があるのかどうかです。日米ともにまず中国抜きで貿易自由化のスタンダードを作り、その枠組みに中国を組み込みたいという思惑があります。それに対して中国もASEANをベースに中国が中心になって自由化のスタンダードをつくりたいと考えている。日本政府がどこまで米国の要求を突っぱねることができるかが、今後の大きな焦点になります。
さらに米国の中間選挙では、下院は共和党が圧勝する見通しです。上院も現在民主党がかろうじて過半数を維持していますが、共和党が過半数を制する可能性も十分にある。そうなると、大きな政治的アジェンダ(目標)を持っていないオバマ政権は、政権の残りの2年間、完全にレーム・ダック化(死に体)する可能性もあります。
中間選挙では地元の利害が絡むローカル・イシューが主要なテーマになり、全国的なテーマを議論することはありません。おそらく最大のテーマはオバマ政権の医療保険制度改革だと思います。4月から制度の移行が始まっていますが、共和党は制度の撤廃を主張しています。そのなかで改めてTPPを考えると、TPPは地域の人たちにとってほとんど関心がない。労働組合が強い特定に地域では議論になるかもしれませんが、労組はTPP反対なので、民主党にとって必ずしも好ましいわけではありません。
ただし、先ほども触れたようにTPP交渉自体が土壇場で失敗したときの政治的リスクは大きい。これが失敗することは米国の国際戦略そのものの挫折につながりかねない。それは日本も同じで、そのリスクをどう評価し、交渉に盛り込むか、お互いにまだ見えないということだと思います。
◆貿易と社会 考える時
こういう状況のなかで最初に話題にしたように、そもそも自由貿易協定が本当に全体のプラスになるのかということを考えてみる必要もあります。 たしかに日本の場合、生産性の低い農業やサービス産業、大学などの分野もありますが、何でもかんでも自由競争すればいいのか。自由競争は基本的に強者の理論です。自由競争すれば、“ウィン・ウィン”の関係になると言いますが必ずしもそうではない。自由化に伴う社会的コストは大きく、社会全体として常にプラスがもたらされるわけではありません。国際経済学の理論では、自由貿易はお互いにプラスをもたらすと分析されていますが、自由化に伴って必ず勝者と敗者がでてくる。その社会的な調整コストも無視できません。 また通商交渉では関税だけでなくて、社会構造そのものを議論されています。過去20年間の日米交渉を見ていると、米国がいつも要求するのは日本の社会構造の改革です。米国の狙いは、単に貿易自由化問題だけではなく、日本の社会政策そのものも交渉の対象になります。そういう総合的な視点から検証する必要もあります。それは学者やジャーナリストの仕事です。
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