はじまった「田園回帰」市町村消滅論を批判ー中山間フォーラムがシンポ2014年8月1日
・はね返せ増田ショック
・離島の高校1学級増えた
・「日本一の子育て村」めざす
・移住者ケアを徹底
・特効薬はない
特定非営利活動法人・中山間フォーラムが7月13日、東京都内で設立8周年記念シンポジウム「はじまった田園回帰ー『市町村消滅論』を批判する」を開いた。「市町村消滅論」とは増田寛也元総務相が5月に提起したわが国の人口予測で896市町村が2040年にも消滅可能性があるとした(※)。
しかし、このシンポジウムでは小規模な集落で移住者が増えている「田園回帰」の現実が報告され、その実践のネットワークをつくり「都市農村共生社会」づくりをめざすことこそが需要だと強調された。シンポジウムから「対抗軸としての田園回帰」(明大・小田切徳美教授)を考えてみたい。
(写真)
子育て日本一を目指す邑南町の看板
地域が手を結び
「あきらめ論」脱却を
◆はね返せ 増田ショック
増田寛也元総務相が座長を務める日本創成会議は2040年の人口推計で具体的な市町村名を挙げて消滅可能性があると発表した。これについて同フォーラム会長の佐藤洋平東大名誉教授は、そもそも見通しが不確かな将来を「単純化して分かった気にさせる」という問題があり、疑いのない事実だとして人々に「思考停止」をもらたすと指摘。さらに「将来消滅するのであれば投資する必要はないのではと思う人」を生んだことも問題で、地方活性化のための税金はムダとの声を巻き起しかねないと批判した。
しかし、そもそも“増田論文ショック”とも呼ばれるこの推計は実態をふまえているのかどうか、コーディネーターを務めた小田切徳美明大教授はその問題点を指摘した。 小田切教授は、この市町村消滅論が発表されてから、
1)消滅は必然→非効率的なものは不要=農村は不要→農村たたみ論、
2)消滅論に対抗する=従来の制度・政策を抜本的に見直すべき→制度リセット論、
3)消滅を受け入れる=どうせなくなるなら諦める→あきらめ論、
の3つが「入り乱れて同時に進行している」と指摘する。
しかし、この推計にはいくつもの問題がある。 推計は「2040年に20―39歳の女性人口が半減」する地域は消滅可能性があるとしたが、小田切教授は「20代、30代の女性が半減した地域は1960年以降いくつもある。しかし、消滅しただろうか」と実態とのかい離を指摘する。
また、人口が小規模な市町村で消滅が進むとしている。これに対して具体的に現在の若い女性人口99人が10人と89%減少すると予測された地域について「逆にいえば30年間で89人を増やせばいいということ。ターゲットが身近で無理な目標ではないはず」と指摘。1万人の人口が89%減少するという事態にくらべれば「小規模だからこそ人口復元の可能性がある」として、小規模人口地域だから消滅するとの見方に疑問を示した。
さらにとくに3.11以来顕著になってきた「田園回帰」の動きを今回の推計で折り込んでいるのかどうか。
小田切教授のまとめによると、国交省の2012年アンケート結果で都市住民の移住意向が強いのは「50歳代」と「20歳代」。そのグラフには「2こぶ」の状況が明確に示されている。また、ふるさと回帰支援センターの移住相談者をみると2008年には50歳代未満層は30.4%だったがその後増え続け、2013年のまとめでは54.0%を占め50歳代未満層が過半を占めたことも確認された。
そのうえで、このような実態をふまえない「乱暴な推計を時代の流れだとして諦めて受け入れるのか」、それとも「未来は変えられるものとして知恵と努力で立ち向かうのか」の「農村の分水嶺」にあると指摘。それはまた「成長追求型の都市社会の形成か、脱成長型の都市農村共生社会の形成か」という「日本社会全体の分岐的」の問題でもあると小田切教授は強調した。
◆離島の高校 1学級増えた
では、実際に中山間地域ではどのような田園回帰の動きが見られるのだろうか。島根県立大学連携大学院教授で中山間地域研究センター研究統括監の藤山浩氏の報告を紹介する。
同センターでは住民基本台帳をもとに公民館区・小学校区という単位で人口分析をしている。島根県全域で218地区あるが、2008~13年の5年間で「4歳以下の子どもが1人以上増えた地域」は全地区の3分の1を超える73あった。増加した地区は山間部や離島もふくめて広く存在し、中心都市部との距離とは無関係であることも示されているという。
次世代が定住し始めた具体例のひとつが益田市匹見町道川地区。広島県境沿いのもっとも山奥にある地域だ。人口161人で高齢化率は47.2%。小学生は08年に3人だったが13年には14人に。地区全戸がPTA会員になるなど地域ぐるみの子育てがUターンの増加につながっているという。
また、フェリーで2時間かかる隠岐郡海士町では2004年から12年までの9年間で361名のIターン者が定住。町のキャッチフレーズは「ないものはない」と「島留学」を全国に呼びかけ、地元の隠岐島前高校は1クラス増を実現した。
◆「日本一の子育て村」めざす
シンポジウムではこのような人口増加を実現した現場から同県邑南町の石橋良治町長も報告した。 同町は「持続可能な町」をめざし、▽日本一の子育て村、▽A級グルメの町、▽徹底した移住者ケアの3つに力を入れてきた。
「子育て」では子ども医療費の無料化や第2子からの保育料無料化をはじめ奨学金制度、新規就農支援、定住支援コーディネーターの配置などを実施。女性誌が「集え! シングルマザーたち」と特集で取り上げるほど女性の注目を集めた。
A級グルメ戦略は、町の食文化に誇りを持とうという思いから。A級=永久、との意味も込めた。食の起業家をめざし農業研修もする「耕すシェフ」、ハーブ栽培と販路開拓などに関わるアグリ女子隊などさまざまな人材の力を活用して町づくりを進めてきた。
この7月には100年先の子どもたちに邑南町の食文化を伝える「食の学校」も開校した。
(写真)
赤い石州瓦とみどりのコントラストが美しい邑南町の中心地
◆移住者ケアを徹底
徹底した移住者ケアとは定住支援コーディネーターを核にして地域住民とともに「おせっかいを焼くこと」、「愚痴を聞いて回ること」もバックアップになる。
こうした取り組みで移住者は23年度からの3年間で83世帯154人を数えるまでになっている。児童の数は21人増えた。人口動態でみると社会増として25年度にプラス20人を実現した。
日本創成会議は邑南町の未来について2040年には20~39歳女性人口が約6割も減少し消滅に向かうと予測した。しかし、この層の人口は2010年の801人が14年には814人へと増えたのが「現実」だ(図表参照)。
これにともなって高齢化率も平成23年に41.2%と予測されていたが、実際は39.4%となった。石橋町長は「町民総ぐるみで全力サポートしていく」と語る。
◆特効薬はない
このような「田園回帰」について藤山浩氏は、「中途半端な都会の田舎ではなく、田舎の田舎を求める動き」だとして、それは「中山間地域が困っているから移住するのではなく、そこに未来があるからだ」と強調する。 この動きを定着させるには中山間地域の側にもまた循環型社会へ作り直しも求められているという。たとえば、定住のための所得確保策をそれまで“域外へと流出させていた所得を取り戻す”といった観点から、食の地産地消、エネルギー自給などを考える必要があるのでは、と提唱する。
それは無理な外貨獲得ではなく、域内での経済循環へと転換することでもある。そもそも中山間地域は小規模・分散が宿命で、それはワークシェアリングや「ないものは自分たちでつくる」という暮らしへの発想にもつながる。
また人口を増やすにも戦略が必要で「じっくり、ゆっくり毎年1%程度のペースが重要だ」と強調する。世代をずらしながら次第に人口を増やしていくことが重要で、藤山氏は「急激な人口流入は『都会の団地の失敗』の繰り返しになる」と指摘する。事実、都会の団地には一気に高齢化と空洞化が襲っている。
藤山氏は「問われているのは社会のあり方。単なる田舎人口が問題なのではなく、長続きさせたい暮らし、地域、社会を取り戻すことだ」と呼びかけた。
小田切教授はこうした報告を受けて、持続性を高めるために地域間が連携して「あきらめない」ことが大事だと強調した。また、邑南町の実践については「特効薬があるわけでないことが示された。それぞれの地域でオーダーメイド型の対応が必要で、“じわじわ効く薬”を何種類も用意する必要がある」と話し、最後に大森彌氏(東大名誉教授・地方自治論)の次のような言葉を参加者に紹介した。
「(自治体消滅が)起こるとすれば、自治体消滅という最悪の事態を想定したがゆえに、人々の気持ちが萎えてしまい、そのすきに乗じて『撤退』を不可避だと思わせ、人為的に市町村を消滅させようとする動きが出てくる場合である」。
※市町村消滅論
学者や元官僚らでつくる政策研究グループの日本創成会議・人口減少問題検討分科会(座長:増田寛也元総務相)が5月8日に発表した政策提言「ストップ少子化・地方元気戦略」のベースになった人口推計。人口の再生産を中心的に担う「20~39歳の女性人口」に着目し、2010年の国勢調査をもとにした国立社会保障・人口問題研究所の推計などをもとに将来予測をした。その結果、2040年までに20~39歳の女性人口が5割以下に減少する自治体は896自治体、49.8%との結果が得られたとし、これらを「消滅可能性都市」として公表した。
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