中国にらみ同盟強化"政治的意味"強まる 日米首脳会談とTPP交渉2015年5月18日
焦点インタビュー・中岡望・東洋英和女学院大学副学長に聞く
安倍首相は4月末から訪米しオバマ大統領との日米首脳会談と、共同声明発表(4月28日)、米国上下両院合同会議演説(29日)などを行った。会談などでは日米同盟の強化がうた
われ、交渉中のTPP協定は経済的繁栄のみならず安全保障にも資することを両首脳は確認し、早期妥結に導くことで一致した。今回の日米首脳会談は何を意味するのか。最近のT
PPをめぐる米国議会の動向も含め中岡望・東洋英和女学院大学副学長に聞いた。
◆変わる米国の意識
――今回の日米首脳会談、両首脳にとって何がもっとも狙いだったのでしょうか。
実は日米関係はかつてないほど良好です。4月に公表された米国の世論調査会社の調査結果によると、日本を信頼できると答えたアメリカ人は68%。一方、中国を信頼できる、は30%です。台頭している中国は無視できないけれども7割近い人たちは信用できないと思っています。
日米の貿易摩擦が厳しかった1980年代に日本はアンフェアな国だと考えていたアメリカ人は63%でした。ところが今回の調査では、フェアだとの答えが55%です。こういう世論をみると、この30年近くの間に日本に対する見方が変わってきている。その理由のひとつが、日本が米国にとって脅威ではなくなったということです。80年代に日本が脅威だと見られ、日本経済はそのうち米国を追い越すのではないかと言われていた。まさに今の中国経済に対する見方と同じです。
ですから、日米の間にかつてのような懸案はないというのが米国の対日認識の背景にある。では何が問題なのかといえば、安全保障問題になります。その問題がどこから出てくるかいえば、対中国ということです。
TPP交渉を通商問題だとみると、安倍首相の行動は解せない。だが、ポイントは安全保障問題だと考えれば理解できる。つまり、経済的な問題でコストがかかっても、大きな目でみれば日米同盟を強化することのほうが価値があるという判断です。これが今回の首脳会談で双方が持っていた認識だと思います。
オバマ大統領は就任以来、リバランス政策を打ち出し、成長センターであるアジアに軸足を置くことを重視するとともに、財政的には軍事予算の削減が求められているから、アジアでの安全保障で日本を必要とした。
日本も単独で中国に対抗することはできないから、同盟関係のなかで今ほどお互いがお互いを必要としている状況はないという認識だと思います。
(写真)中岡望・東洋英和女学院大学副学長
――確かに今回、TPPは「安全保障にも資する」と強調されました。
TPPは、ここにきて経済的意味よりも政治的意味あいを強めていると考えるべきだと思います。オバマ政権にとっては、アジア・太平洋の貿易ルールをアメリカ主導で作りたいわけですから、TPPはどうしても成功させなくてはいけない。その枠組みをつくったうえで中国を引き込むというのが基本的な戦略です。ですから、これが失敗すると、中国が主導権を持って貿易ルールをつくるという懸念も増す。
同時に、安全保障の面でも、今回の日米首脳会談は同盟関係が強固なものであるとアピールする政治的な意味があったということでしょう。
◆根強いオバマ嫌い
――TPP合意を実現するため米国議会が大統領にTPA(貿易促進権限)を与えるかどうか注目されています。見通しはどうでしょうか。
TPA法案が成立するかどうかはまだ分かりません。
TPAはブッシュ政権の2002年に成立していますが、そのときの下院は共和党が賛成194、反対23、民主党は賛成21、反対189でした。民主党は圧倒的に反対へ回っています。民主党は、伝統的に自由貿易協定は反対です。今回も賛成は15票から20票前後だろうと見られています。一方、共和党は伝統的に賛成派が多い。単純に考えれば共和党の大半が賛成に回り、民主党から20議員ほどが賛成すれば法案は成立します。
ところが、共和党のなかにも反対に回る議員が相当出そうです。
理由の1つは、オバマ大統領がすることは何でも反対だという議員が多く、TPP合意は次の政権でかまわないじゃないかという意見があることです。
2つめは憲法上の問題があるというもの。TPA法案は大統領に権限を与えすぎだということです。憲法上、国際貿易の管理権限は議会にあり、外交交渉権限は大統領にあります。TPPは貿易問題ですから議会の所管です。TPA法を通すことで、通商交渉権限を大統領に与えることになります。しかし、大統領はその権限内で交渉を行わなければなりません。交渉の合意内容は議会が修正できず、反対か賛成かの投票だけを行います。ですから、そもそも大統領に権限を与えすぎではないかという意見もある。これらは共和党保守派に強い考えです。だから共和党からもかなりの反対票が出てくる可能性もある。
さらに最近になってTPP反対の急先鋒に立っている民主党のエリザベス・ウォーレン上院議員も注目されています。民主党の次期大統領候補として名乗りを上げたヒラリー・クリントンの最強の党内対抗馬だと言われています。彼女自身は出馬しないといっていますが、破産法の専門家でハーバード大で教鞭をとりTPP協定については投資分野に盛り込まれるISDS条項について、国の法廷を通さずに第3者の調停機関をつくって紛争を解決するのはおかしいと。それ以外にも、民主党議員や労組、環境団体は、NAFTA(北米自由貿易協定)は失敗だったという意見が強い。
◆米国でも秘密主義
また、共和党のなかにオバマ政権はTPP協定を使って移民政策に利用しようとしているという疑念を持つ人も多い。オバマ政権はそんなことはない、誤解だと主張していますが、なにしろ米国であっても交渉は秘密主義ですから内容は分からない。そこに議員の間に猜疑心が広がりTPA法案への賛否にも影響する。
同時にTPA法案を通してほしいなら、中国を念頭に為替相場の操作問題にきちんと対処する措置を盛り込めという主張も共和党から強く出されています。
――TPA法案は何もTPPのためだけではないということですね。
TPAは今後米国が交渉するすべての貿易協定に適用され、成立すると3年間、そして大統領が要請するとさら2年間延長でき合計で5年間有効になります。
実は米国は中国とも自由貿易協定に向けての交渉を行っていますが、TPAはこれにも適用される。単にTPPのためだけにTPAを通すのではない。共和党が主張する為替条項も日本の円安ではなく対中国を問題にしたものです。
◆絡むAIIB問題
こう考えるとTPA法案をめぐる議論はかなり複雑です。さらに議会自体、そんなにせっぱ詰まっているわけではないということです。今回うまくいかなければ大統領選挙に入るから、新大統領のもとでやればいいのではないか、という見方もある。TPP交渉の大きな焦点である農業問題も日本だけが問題ではなく、米国とカナダのほうがもっと深刻という見方もある。交渉自体、各国に拘束力があるタイムリミットが課せられているわけではありません。
しかし、オバマ政権はぜひ成立させ、政権の実績を作りたいという思いもあります。ただ、民主党内ではTPPは支持基盤である労組などの反発を招き、選挙に不利だとの意見も根強いです。
一方、安倍首相の本音は日米同盟強化だと思います。日米同盟を強化するためであれば国内的なコストは払ってもいいという考えでしょう。日米同盟をよりうたいあげることが国益に適うことであり、同時に国内の構造改革ができれば御の字だというのが本音だと思います。
対中国が安倍首相の最大のプライオリティで、その意味で日米双方にとってTPP実現がシンボルになる。とくにTPPに政治的意味あいが強まってしまうのは、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の問題です。この問題によって、逆にいうと一気に妥協してでもTPPを成立させることが重要だというように、急転直下もないわけではない。安倍首相が「交渉の出口が見えた」と言っているのも、そうした背景があるからでしょう。ただし、指摘したようにTPA法案、さらにTPP協定をめぐって米国議会は政府に優しくはない。上院でもTPA法案の成立には時間がかかり、下院では紛糾するでしょうね。
【安倍首相の米国議会演説】
○太平洋の市場では知的財産がフリーライドされてはならない。過酷な労働や環境への負荷も見逃すわけにはいかない。許さずしてこそ自由、民主主義、法の支配、私たちが奉じる共通の価値を世界に広め根づかせていくことができる。その営為こそTPP。しかも単なる経済的利益を超えた長期的な安全保障上の大きな意義がある。…出口はすぐそこ。米国と日本のリーダーシップで成し遂げよう。
○20年以上前ガット農業分野交渉のころ。血気盛んな若手議員だった私は農業開放に反対の立場をとり、農家の代表と一緒に国会前で抗議活動をした。ところがこの20年日本農業は衰えた。…日本農業は岐路にある。生き残るには今変わらなければならない。私たちは長年続いた農業政策の大改革に立ち向かっている。60年も変わらずにきた農業協同組合の仕組みを抜本的に改める…。
安倍首相は米国議会の演説で農業・農協改革についても言及した。かつては市場開放反対を唱えたがそれは「若気の至りだった」ともとれる発言がある。関連部分を抜粋した。
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