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米国で成立危ぶまれる 合意されたTPP協定2015年10月26日

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カナダ政権交代も注視
萩原伸次郎・横浜国立大学名誉教授

 10月5日に大筋合意したと発表したTPP交渉。今後は各国で署名、批准に向けた議論が行われるが、TPP参加国のなかで初めての国政選挙が実施されたカナダでは政権交代が起きた。新政権がTPP協定から離脱することはないと表明されたと報じられているが今後の動向に注視が必要だ。米国では次期大統領選候補選びが本格化する。今後の米国の動向など注目点について萩原伸次郎氏に解説してもらった。

◆経済統合に懐疑的動きも

萩原伸次郎・横浜国立大学名誉教授 環太平洋パートナーシップ協定は、2015年10月5日、参加12カ国の閣僚が、交渉の妥結を宣言した。その成果は、経済成長を促進し、雇用の創出及び維持を支援し、イノベーションや生産性・競争力を向上させるとしている。しかし、この合意は、すんなりと、各国議会の批准を得ることができるのだろうか。古い話を持ち出せば、1948年ハバナで各国の調印まで持って行った国際貿易機構(ITO)が各国の批准を得られず成立しなかったことが思い出される。 10月19日に投開票されたカナダの総選挙では、保守党に代わって9年ぶりに自由党が過半数を占め政権交代を実現した。自由党は、選挙前、保守党の秘密主義的なTPP交渉を批判し、TPPに対する批判的スタンスをとってきた。TPPそれ自体から脱退するということはなさそうだが、前政権の約束事をすんなりそのまま実行するかどうか、事態は予断を許さない。特にカナダの場合の懸念事項は、ISD条項だ。1994年にカナダは、北米自由貿易協協定を批准し、カナダ、米国、メキシコ間の貿易と投資の自由化を基軸とする協定の下で経済統合が進んだが、カナダでは自治体が米国企業によって訴えられるケースが発生し、経済統合について懐疑的な空気が漂っている。


◆米国の批准手続きは?

 ところで、このTPP合意は、2年を期限として、各国の批准作業が行われ、参加12カ国全体の批准が得られなくとも、GDPで85%以上を占める6カ国以上の批准を得られれば、発効されるというルールがある。したがって、カナダはさておき、日米両国の批准が重要となる。とりわけ、TPP成立のカギを握るのが、米国だ。米国では、TPP交渉の議会批准をファースト・トラック方式によって実現することが、大統領に対する貿易促進権限の付与によって可能となった。通商交渉の権限は、米国では議会が握っており、大統領が貿易促進権限を持っていないと、通商協定を批准するのは難しい。1994年北米自由貿易協定成立の時も、クリントン大統領は、この権限を付与されており、TPP成立のカギと言われたものだ。オバマ大統領は、ようやくこの権限をすったもんだの末に得ることができた。したがって、大統領貿易促進権限の下で議会に出されたTPP法案は、修正なしで、一括90日間で決定されなければならない。オバマ大統領はTPP合意への署名の意図を10月中に議会に説明し、批准手続きを進めるといわれるが、TPP成立に至る道のりはそう簡単ではない。

◆大統領候補 誰も賛成せず

 現在、周知のように来年の大統領選選挙をめざして、民主、共和両党とも、大統領候補選びの真っ最中だ。民主党候補の先頭を走るのが、ヒラリー・クリントンである。彼女は、いうまでもなく、オバマ政権で国務長官をつとめTPPを積極的に進めてきた人だ。しかし、合意成立後彼女は、現在のままのTPPには反対すると言い出した。米国の公共放送PBSの女性キャスター、ジュリィー・ウッドロフとのインタビューで、反対の理由を二つあげていた。
 ひとつは、合意された現在のTPPには、為替操作を禁止する条項が含まれていない。第二に、薬品の特許期間が長すぎ、これでは、製薬会社の利益を最優先し、国民の利益を考慮していないというものだ。前者に関しては、米国の自動車メーカーなどが、国際競争上の問題から、禁止を主張している。ヒラリーは、中道右派の候補者らしく、企業と国民と両者の立場から、現行TPP反対を主張したものといえるかもしれない。民主党大統領候補に中では、最左派のヴァーモント州上院議員、自らを社会主義者と名乗るバーニー・サンダースが、TPP反対を明確に打ち出し、トップを走るヒラリーに支持率で肉薄している。その他候補もTPPには反対の立場をとっている。副大統領のジョー・バイデンが、出馬するのではと思われ、もし彼が出馬すれば、現在唯一のTPP推進候補となるといわれたが、彼は出馬を断念した。したがって、TPP促進派の有力な民主党大統領候補は、現在誰もいないという状況だ。共和党は、もともとはTPP推進派だが、この合意内容ではとても賛成できないという、民主党サイドとはまた異なった立場から、反対の立場の政治家が多い。現在、共和党大統領候補のトップを走る、実業家ドナルド・トランプも反対の立場だ。オバマ嫌いのティー・パーティーの政治家ももちろん反対であり、議会の状況は、すんなり、TPP協定が成立すると事情にはない。10月22日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、「まだ、米国では、他の諸国と比べてTPPへの政治的サポートは、生ぬるい状況だ、二つの主要政党の上位4人の大統領候補は、すべてTPP反対だし、下院をすんなり通るという保証はどこにもない」と伝えている。


◆地方議会に増える反対

 米国地方議会では、TPP反対の自治体が増えている。労働組合(AFL・CIO)や消費者団体は、こぞって反対だし、多くの自治体で、TPP反対決議が挙げられ、TPP除外宣言を行なう自治体が増加している。「除外地域宣言とは、たとえ交渉が妥結してTPPが実施されても地元条例などを活用して対抗し、住民生活を守るという趣旨の決議」であり、地方自治体が外国企業に訴えられるISD条項についての懸念が大きいようだ。こうしたことを意識してか、内閣官房TPP政府対策本部が10月5日明らかにした「概要」では、第9章の投資の個所で、(4)地方政府の措置に関する国家間協議メカニズムの導入として次のように述べられている。「米国、カナダ、オーストラリア等の連邦制国家では州政府が多くの規制を行なっているところ、地方政府による協定違反の投資規制に対して国家間で対応策を協議するメカニズムを新たに導入」とある。 どのような対応策を協議するのかは、これだけでは定かではないが、日本と異なって、連邦制をとる国では、地方自治体の権限が強い。たとえTPP協定が成立しても、TPP除外宣言をした自治体にTPPによるルールを課すことができるのか、多くの疑問が残る今回のTPP合意と言わざるを得ないだろう。

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