【衆院北海道5区補選】競り合いに勝利感なし 政策か?政党か?矛盾に悩む農村2016年5月9日
太田原高昭・北海道大学名誉教授
4月24日、衆議院議員の補欠選挙が行われた。このうち北海道5区では野党が候補を一本化して無所属の新人を擁立、自民党新人候補との一騎打ちとなった。結果は僅差で自民新人が勝利したが、保守陣営に勝利感はない。地元紙は「競り合いを強いられたことを政府・与党は直視すべきだ」と指摘し、その理由に数の力で押し切って安保法制などを成立させてきた安倍政権への嫌悪感を挙げた。一方、敗れたとはいえ夏の参院選をにらんで新たな野党連携の可能性も注目される。TPP、安保法制、地方のアベノミクスなどが選挙の争点になるのではないかと全国から注目を集めた衆院北海道5区補選結果について、太田原高昭北大名誉教授に分析してもらった。
◆弔い合戦でも薄氷踏む
夏の参議院選挙の前哨戦として全国の注目を浴びた衆院北海道5区の補選が4月24日に行われ、即日開票の結果、自民党の和田義明氏が無所属の池田真紀氏を僅差で破って当選した。
この選挙は、自民党の重鎮で衆議院議長を務めた町村信孝氏の死去に伴って実施されたもので、当初は和田氏の「楽勝」と思われていた。北海道5区は町村氏の盤石の地盤であり、2012年の「政権交代選挙」以外では負けたことがなく、時には次点にダブルスコアの差をつけることもあった。
しかも和田氏は町村氏のムコであり、この選挙は自民党と町村家の「弔い合戦」でもあった。弔い合戦では後継者が絶対に強い。これだけの材料がそろえば「楽勝」と思われるのは当然であったが、2月に民主党(当時)と共産党の選挙協力が成立すると状況は一変した。
この選挙協力は、前札幌市長の上田文雄氏ら市民グループの強い要請で実現したもので、実際の選挙活動でも市民グループが前面に立った。政党も社民党及び生活の党、札幌市議会の市民ネットワークが加わり、著名な学者やジャーナリストが応援に立った。
危機感を持った自民党と公明党は、鈴木宗男氏の地域政党「大地」を引き込み、閣僚級を始め100人以上の国会議員が応援に駆け付け、さらに数百人の議員秘書団を動員して、徹底したドブ板選挙と「官邸直営」と言われるほどの組織戦を展開した。
盤石の地盤の上にこれだけのエネルギーをつぎ込んで、結果は13万5842票対12万3517票という薄氷の勝利だった。和田陣営に安ど感は漂ったが勝利感はなかったのではないか。
◆TPPは争点化せず
北海道5区は、旧石狩支庁管内と札幌市厚別区とからなり、狭い区域に「日本の縮図」と言われるほど多様な市町村が並んでいる。市町村別の選挙結果は表のとおりである。
【表】市町村別得票数
和田候補は千歳市、恵庭市、当別町、新篠津村で勝ち、池田候補は厚別区、江別市、北広島市、石狩市で勝っている。池田候補が勝ったところはいずれも札幌市のベッドタウン的性格を持つところである。このうち石狩市は石狩湾の漁村地帯とその背後の農村地帯を含むが、人口の多くは札幌寄りの住宅地に住んでいる。
これに対して和田候補が強かった千歳市と恵庭市は人口の3分の1が自衛隊関係者という「基地の町」であり、当別町と新篠津村は純農村といってよいところである。都市のサラリーマン層で池田氏が優位に立ったが、あまり大きな差が付かなかったのに対して、「自衛隊と農協」に圧倒的な強みを見せたのが和田氏の勝因といえるかもしれない。
そこで疑問が出てくる。安保法制とTPPはこの選挙にどのように作用したのであろうか。結論としてはどちらも選挙の争点とはならなかった。池田候補はTPP批准反対を明言していたし「平和」にも力を入れたが、和田候補はこうした問題を避け、もっぱら「町村後継」と「景気回復」を訴える戦術をとったからである。
ただ千歳市においては和田候補の得票数が前回の町村票をかなり下回り、投票率自体も前回より4.4%減って選挙区内で最低となった。新聞は「安保の話をもっと聞きたかった」というこの街の声を伝えており、戦争の影におびえる人々の姿が垣間見える。
これに対して農村部では、和田票が前回町村票をむしろ上回った。それにはそれだけの仕掛けがあった。自民党は農協に対して「TPPは大筋合意で終わった、後は国内対策だ」というオルグを徹底した。安倍総理は選挙区内の全農協組合長に直接電話をかけたという。
農協もTPP問題を棚上げにしたまま、農政連が早々と和田支持を表明した。農協と農政連が表裏一体であることはよく知られており、TPP反対運動の先頭に立っていた農協が推進側の候補を支持することは明らかに道理に合わないのだが、その矛盾は矛盾のままに置かれたように見える。
NHKの出口調査によれば、和田候補に投票した人のうち、安倍内閣の政策が「よい」と答えた人が8割で、「よくない」と答えた人が2割であったが、「よくない」と思いながら自民党に投票した2割の人々の複雑な表情が、矛盾に悩む農村票に重なるように思われる。
◆野党選挙協力に展望
それでも北海道5区における今回の結果は、野党による選挙協力の有効性を証明し、夏の参院選や衆院選の小選挙区での野党連携の展望を開いた点で全国的な意義があったと思う。25日付けの『北海道新聞』の社説を紹介しておこう。
「安倍政権は選挙のたびに景気のいい経済対策を掲げ、選挙に勝つと特定秘密保護法や安保関連法を世論の反発を顧みず、数の力で押し切ってきた。こうした手法への国民の嫌悪感も限界にきている。閣僚らを投入しながら競り合いを強いられたことを政府・与党は直視すべきだ。」
また同じ面で同紙の林真樹編集委員は次のように論じている。
「安保法廃止を掲げた池田陣営は、母親や若者などの市民団体を媒介に野党連携を促した。野党各党の幹部がそろって街頭でマイクを握り、労組など既存の政党支持層以外の幅広い政権批判勢力も取り込んだ。この新たな潮流をひな型として、野党共闘の動きに勢いがつくのは間違いない。」 選挙における野党連携が、政権構想につながる野党共闘に発展するためには、野党間の基本政策のスタンスをどう埋めていくかという難しい問題がある。しかしその前に、今回の選挙が当面する「政権批判の受け皿」のモデルを提示したとすればその意義は大きい。
最後に、今回の投票率は57.63%であり、「無風」と言われた前回衆院選を0.8%下回った。池田陣営は投票率が上がれば得票率も上がると踏んで、熱心に「投票に行こう」と呼びかけた。実際、出口調査でも「支持政党なし」層の池田支持率は70%だったから、もう少し投票率が上がれば結果は分からなかった。
和田陣営も地盤の強さに自信があったから、保守票の掘り起こしのために「不在者投票」の活用を呼び掛けていた。両陣営がそろって投票率を上げる努力を行ったにもかかわらず、投票率は上がらなかった。やはり政治不信が根を張っていたのだろうか。
同じ日に行われた京都3区補選では、自民党が候補擁立を見送ったという事情はあったが、投票率は30.12%という低さで、過去最低だった1947年の新潟1区の32.95%を更新した。政治への関心を高め、投票に行ってもらうことが与野党共通の課題となろう。
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