【緊急対談:どうする農協改革(下)】JAは地域循環経済の軸2016年6月17日
経済評論家内橋克人氏
「協同組合が力を発揮する―、
それが日本を救う道です」
東京大学教授鈴木宣弘氏
「地域を支えるのが
JAの大きな役割です」
原理・原則再認識へ
◆「改革」はJA解体
鈴木 こうした政治状況のもとで政府による農協改革が進められようとしていると認識する必要があるということですね。
内橋 国労解体のために国鉄を分割民営化し、その次が郵政でした。私は郵政の次は農協だと言ってきたんですが、農協陣営の方々は認識がのんびりとしておられたのではないでしょうか。それは過去、自民党と与(くみ)しすぎて客観的な政党評価、政策評価が甘くなってしまっていたからだと思います。
農協「改革」とは農協つぶしです。本当に戦略性をもって深い認識を持って太刀打ちすべきだったんです。農協改革は安倍政権の目玉ですが、逆にいえば農協に対する世間の誤解やある意味での反発を巧みに利用しているということです。安倍首相の周辺には、知恵をつけるブレーンが蝟集している。現実を冷徹に見極めれば、彼らが進める農協攻撃は、世論誘導をはじめ、並々ならぬ戦略性を秘めているということが分かるはずです。
大切なことは、政府の言う新自由主義的改革と農協のみなさんが望む改革とはまったく違うということです。政府の口移しで改革、改革と叫んでいてよろしいのか。
たとえば、規制改革会議農業WGの金丸座長は記者会見で協同組合間の競争が必要だと言いました。協同組合間協調ではなくて協同組合間競争だ、と。それからJAは今や巨大財閥などと言う。日本記者クラブで一席ぶったわけですね。
こういう動きに対して、協同組合の人々が時の政権政党と利害関係を維持し、何かしらの利得、おこぼれを引きだせないか、などといった精神は徹底してたたき直すべきだということを今日は言いたいのです。こんなことでは国民から見透かされるばかりか、メディアは意識的に反農協的な論調を作りだしていますから、それに影響された国民の農協ぎらいが強まり、世論の底流となっていく。そこを政権は巧みに利用するのです。
鈴木 すぐれた自己改革案を自分たちがつくり、それが認められれば自分たちは解体されないだろうといった考えがあるとすれば、そうではないということですね。
内橋 自己改革と言いますが、ここは改革という言葉も使わないほうがいいと思います。権力が「農協改革」と言っているわけですが、これは新自由主義的改革です。要するにグローバル化のなかで超国家企業の利益のために日本国内における独自の経済圏を解体していく。それをやり易くするための農業、農協改革です。株式会社による農地取得を認める特区などは典型です。そういう意味で現在の政権の正体を冷たく見抜く。そのための"自己鍛錬"こそ今の農協さんには不可欠だということを強調しておきたいと思います。
◆協同組織は反論を
鈴木 本当に農協も大変な状況に追い込まれているにもかかわらず、その認識が十分ではないのではないかというご指摘です。政権に対する抵抗勢力は解体するということであり、それはJAマネーを奪うためだということですね。
だから、農協改革で表向き言われた農家のみなさんの所得を向上させるためにがんばってやってもらうための改革なんだという名目とはまったく逆ということです。
内橋 どうしてもっときちんと反論しないのかと思うことがよくあります。たとえば、キャノングローバル研究所の山下一仁氏などは、農協は地域社会のために力を注いでいるからけしからんなどと主張しています。農業者のための組織が地域社会づくりのために力を注いでいるのは、越権行為だという。農協は農業者のための協同組合だから農業者の利益を上げることに専念すべきであるとして、JAが地域社会に向けてさまざまな貢献をしていることを農協批判の材料にしている。
鈴木 今の農協批判は、農協は農業者の職能組合的なものに特化すべきであって、その他の事業は他の企業に譲れとでもいう理論になっているわけですね。それに対してやはり農協は地域社会全体を支える存在であるという理論できちんと対抗していく必要があります。
内橋 安倍首相とそのブレーンたちに決定的に欠落しているのは、第1に社会的共通資本という故宇沢弘文先生の経済学の基軸概念でありますが、これにまったく無理解だということです。第2に所得再分配に対してまったく関心がない。そして第3に協同組合に対する正統な認識がまったくない。この3つの欠落が徹底していると思います。
そういうなかで、農業協同組合が今やっていることはこう違うということをどうアピールするのか。そこにもっともっと力を入れるべきだったと思います。地域社会のための事業に取り組むことがなぜ農協の本旨に反するのか。そういう論者とは徹底的に戦わねばなりません。農に対して無知な連中には冷徹な反論を加えていくべきだと思います。
対抗するには協同組合間の協同も重要です。生活協同組合が農協に対して必ずしもそう親和性を発揮していない。協同組合がばらばら。これでは思うつぼです。協同組合が政府への対抗勢力、あるいはナショナルセンターとしての力を発揮できるようにしなければなりません。それが日本を救う道です。自民党と一緒になってどうして対抗勢力になれるんですか、というのが私の率直な思いです。
鈴木 内橋先生が提唱されているFEC自給圏という考え方を前面に出すことも必要でしょうか。
内橋 協同組合間協同を実現していくにはお互いに共通の価値観を持たなければなりません。共通の価値観とは何かといえば、やはり真の地域の力とは何かを追求することだと思います。それが私の提唱しているF(フード)とE(エネルギー)とC(ケア)の自給圏の形成です。
今、東日本大震災からの復旧・復興のための1つのあり方としてFEC自給圏を形成するという理念が強くなってきました。大事なことは食料とエネルギーとケアとの間の循環をきちんと形成することです。それによって中央依存ではない、真に自立した「コミュニティ経済圏」が実現する。例のトリクル・ダウンとは「おこぼれ欲しい」のトリックです。
FEC自給圏とはどういうことかといえば、Aという産業の廃棄物はBという産業の原料になり、Bの廃棄物はCという産業の原料になるというような循環を地域社会のなかできちんと作りあげていくことです。雇用の場もそこで形成できる。私の長年の主張です。
鈴木 地域で中心的な役割を果たすのがJAであるべきということでしょうか。
◆「農」の価値を発信
内橋 JAがその中心になってこのサイクルを回す。JAがJAのなかに閉じこもるのではなくて地域社会のために、ということに力を入れることこそが、JAが大きな力を持ち、発揮できる道につながると思います。
ところが、農業については大規模化しろ、付加価値を高めろと農業を知らない人が言っている。
そうではなくて循環の中心になるのがあくまで農であり、農をどう考え、どう位置づけていくのか、そこが問われていると思います。その意味でもJAにはまっとうな、強い力を発揮していただく必要があります。
やはり私たちはもっと聡明にならなければなりません。権力を持つものが仕掛けてくる「からくり・トリック・レトリック」をきちんと見抜く。
たとえば、「努力したもの報われる社会を」と簡単に言いますが、その裏に何があるのか。真の狙いは「税制のフラット化」、つまり累進課税の敵視です。「勝者一人占め」の社会で、100人のうち99人は敗者になる。その敗者に「お前は努力が足りなかったんだ。諦めろ」という理屈。かつて竹中平蔵氏が弁舌を振るっていました。最近になってトリクル・ダウンはない、などと掌を返したばかりですが...。要するに格差は努力の違いによって生まれた、それなのに成功者を罰するような累進課税には反対だ、と。
しかし、努力、努力といいますが、1人しか勝たない。勝った者がすべてを取る。それで格差がどんどん開いていく。今、わずか40人の日本人が、日本の富の50%以上を保有しています。そして、タックスヘイブンの問題も明らかになったばかりです。
鈴木 そうならないように地域を支えてきたのがJAの大きな役割だと思います。
内橋 そうです。
◆協同・共生に確信
鈴木 一方で全農の株式会社化について、株式会社にしてもいいのではないかという意見もあります。この際、株式会社にして闘おうではないかと。この問題についてどう思われますか。
内橋 株式会社化の問題は、株式会社化するとはどういうことか、です。それは完全に雇用者と非雇用者に分け、賃金配分でも格差の問題につながる。株式会社というのは当然ながら競争です。競争セクターです。競争セクターの原理は分断、対立、競争。そして結果において「ウイナーズ・テイクス・ザ・オール」(勝者ひとり占め)です。
その最たるものが超国家企業、多国籍企業です。それによるグローバル化、グローバルマネーがどんどん社会を新しいルールに作り替えようとしている時代です。
したがってもし全農が株式会社化して他の農業・食料関係の会社と競争関係に入って、競争をどんどん進めていけばどちらかかが勝ち、どちらかが負けるでしょう。実はそれを狙っていると思います。
だから株式会社化などというより、協同組合というものをもう一度学び直すということが問われていると思います。
やはり自分が出資者であり利用者であり、自分が働くものだという"3者一体"の協同組合という組織、つまり共生セクターというものに力がなければ格差、貧困は広がるばかりです。共生セクターの原理は参加、協同、共生です。JAを担っている方々にやはり危機感を持っていただきたいと思います。
鈴木 ありがとうございました。
◎対談を終えて
共生セクターとして地域の食・農・暮らしを守ってきたJAに対して、それを「既得権益」の名のもとに壊して、JAによって支えられてきた地域のビジネスとお金をすべて奪うのが競争セクターによる農協「改革」の目的なのだから、先方の指示するレールの上で、優れた「自己改革案」を出せば乗り切れるという代物ではない。地域全体を支える共生セクターの必要性を真正面から訴え、真っ向から闘わないかぎり間違いなく潰される。何回も何回も、だまされて、だまされて、ついに、「生かさず殺さず」どころか、息の根を止められかねないほどに地域もJA組織も追い込まれている。もうあとのない崖っぷちであることを再認識したい。 (鈴木)
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