【インタビュー どうする農協改革3】農業の振興 国家の意思 奥野 長衛 JA全中会長2016年8月1日
農協の役割しっかり認識を
現場の声反映し自己改革
聞き手:鈴木宣弘東京大学教授
参議院選挙が終わり、秋に向けて農業、農協改革実現に向けた具体策の議論が本格化する。何よりも現場の実態をふまえた将来を見通した議論が求められる。JAグループのトップとしていかに課題に向き合うか、JA全中の奥野長衛会長に聞いた。
◆TPP審議政府も真摯に答弁を
鈴木 秋には臨時国会が始まり、TPPの審議もあります。国会審議についてはどのように進めるべきだとお考えでしょうか。
奥野 前国会のように審議を止めることばかりやってもらっては困ります。もっと真剣に議論するという構えで審議してほしいと思います。正面から政府と論戦を交わしてほしいということです。政府は保秘義務があるといいますが、政府からも真摯な答弁をしてほしいです。
たとえばISD条項はいちばん大きな問題だと私は思っていますが、もっとしっかりした考え方を説明していただきたい。もっと丁寧な議論をしてもらわないといけないと思います。
鈴木 本当に国民が納得できるような説明を政府が国会審議のなかでしていくべきだということですね。
奥野 いちばん大事なことは日本農業をどうするのかということです。そのことも含めて議論をしっかりやってもらうことが私はいちばん大事だと思っています。
鈴木 日本農業をどうやって守り発展させるのか、そのための対策をきちんと議論しなければならない、と。
奥野 TPP対策が議論になった昨年の11月にはわれわれはいろいろな提案をしています。それがどれだけ政策として実現されるのか、われわれは農協というだけではなくて、日本の農業をどうするのかという発想で取り組まなければいけないと思っています。
もうひとつは日本の農協がずっと地域発展のために果たしてきた役割がたくさんありますから、それをこれからもきちんと果たしていきたいし、そのことについて政権与党もしっかりと考えてほしいということです。野党も日本農業をどうするのか、しっかり噛み合う議論をしなければならないと思います。
◆生産資材価格業界構造に問題
奥野 これまでは議論が始まるとどうもすぐに矮小化された議論になってしまう。何か問題が出てきたときに、それをつかまえて構造改革が必要だ、JA改革が必要だというような言い方でなくて、どうすればみんなでしっかりと日本農業を支えられるかと考える必要があります。
大きく繁っている産業でなければ若い人はそこに入ろうとは思いません。儲かる農業にしていくためにどんな手を打っていくのかということに本気で取り組まないと手遅れになってしまう。
ただ、全中ができて60年、農協ができて69年、全国組織はどんどん大きくなってくるなかで、いろいろな歪みがあります。それは明らかで、もともと農業のために結集した組織ですから、これを実現していくために農協をどうするのかという議論も非常に大事だと思います。しかし、それは今の構造をぶっ壊してしまえばいいということではない。どこをどう直せばいいか、です。あまりにも乱暴で急いだ議論では国家百年の計を誤ると私は思います。
現場の組合員の声を反映するボトムアップが大切だと強調していますが、現場と我々とのキャッチボールの回数を多くするべきだということです。
鈴木 ただし、政府与党からいろいろと改善しろという課題も降りかかっています。そのなかで今議論になっているのが農協が扱う生産資材の価格が高いのではないかということです。しかし、私はメーカーの出荷価格が高いのであって農協は農産物の価格はできるだけ適正に高く売って、資材は安く提供するために間に入ってがんばっているのですから、そこを農協が悪いというのは矛先が違うのではないかという気がします。
奥野 これはJAの問題ではなく業界構造そのものを変える必要がある問題だということは、政府や与党の農林議員幹部も理解していると考えています。しかし、一部マスコミがJAの生産資材は高いと報道する。
生産資材価格についての農水省調査に対してJA系統は98%回答していますが商系は3割しか集まらなかった。私は3割という数字は実態だろうと思います。ホームセンターは店頭価格を表示しているからその資料は提出するでしょうが、ほとんどの商系には価格がないからです。
米の買取価格もそうですが、生産資材もJAの価格を参考にして商系は価格を決めています。常にJAの価格の下に設定していく。このように公表できない実態がある。こういう業界構造そのものにやはりメスを入れていかなければなりません。
◆酪農・乳業は助け合い不可欠
鈴木 もうひとつは生乳の指定団体制度廃止の問題があります。アウトサイダーがビジネスを拡大するのにじゃまだから廃止しろと規制改革会議が提言しましたが、これには農水省も含めて農業界を挙げて反対しています。どう対応されますか。
奥野 議論が乱暴すぎるのではないかと主張していたときに、熊本地震が起きました。
搾ったまま生乳を置いておけばすぐに雑菌が繁殖して腐敗します。だからそれを冷やしてタンクローリーで集めて乳業工場に運搬しています。また、乳牛は一日でも搾乳しないとすぐに乳房炎を起こす。これは最大の致命傷です。牛乳はそういう特殊な商品で、これを集めて工場に持っていく機能を指定団体は持っています。 それが熊本地震では道路が寸断されるなどで初めは廃棄せざるを得ませんでしたが、翌日からは100%に近い集乳体制を整えました。全国の指定団体が助け合いながら県外にも搬送したからです。
廃棄せざるを得なかった生乳については酪農家がお金を出し合って、とも補償しようということにもなりました。こういう機能は現実にありますから、指定団体がなかったら大変な事態になっています。
指定団体に入らないアウトサイダーが主張するのは、自分たちも加工原料乳生産者補給金の対象にすべきだということです。というのは彼らも飲用向け一本では経営はできず、加工原料乳にも振り向けなければ需給を合わせることができないことを知っているからです。こういう大規模農家の声にしか耳を傾けない規制改革会議の人たちの感覚を疑います。本当に零細な酪農家の声まできちんと聞いて酪農や乳業のことを考えたのかという思いはします。
地域で小さな乳業メーカーが、それなりに工夫してブランド牛乳として販売しているところもあります。そういう方々を全部引っくるめて1県1団体として大型化して効率的にやってはどうかという提案もありますが、それぞれの地方で特色を持って酪農乳業を家業としてやっている人たちを切り捨てるのか、という議論があります。何でも合理的であればいいのかということです。
◆米の需給バランス国と協力して
鈴木 30年産からの米の生産調整の見直しに向けて、どのような水田農業ビジョンを提起していくのかをお聞かせください。
奥野 米の一番の特徴は生産過剰になるだけの生産力を持っているということです。需給のバランスをきちんと取らなければそれなりの価格にはなりません。
そのバランスをどう取るか。国が一生懸命に生産調整を実施しても、今も生産過剰県はあります。ですから、本来は生産者が自ら生産調整をしようと言うことが筋だと思います。それを懲罰的な意味をかけて生産調整を守りなさい、と進めてきたことに無理があったと思います。
30年産からは国が一切関与しないとは言っていません。この問題が出てきたときに私が言ったのは、JAグループがいかに大きいからといっても全国の統計は持っていない、それを持っているのは農水省であって、そこからきちんと資料が提示されなければわれわれだけでは動けないということでした。
そのときに国としては生産数量目標を配分するようなことはしないが、各地域の農業再生協議会でいろいろな調整をしながら、全国的な調整もしていくということでした。国と協力して需給のバランスをいかに取っていくかということについては大事なことです。
鈴木 政策的な面でさらに必要なことはほかにありますか。
奥野 私は農協というのは農家が集まって、一円でも安く生産資材を仕入れて一円でも高く売っていく組織だと言っていますが、一円でも高く売るということを単純に言ってしまうと高いものを消費者に売りつけるのかという話になってしまう。そこは消費者が負担するのか、税金で負担するのかという議論をしっかりとしなければいけないと思っています。
米国は大規模な経営をしていても国際的な競争力はありません。そこで販売価格は安くし、輸出補助金をつけて生産者の手取りを確保している。しかし、ヨーロッパは環境に配慮した農業をやればそれに対して補助金をつけるという政策です。フランスやスイスでは、農家の収入に占める補助金の割合が90%以上だと鈴木先生も指摘されていますね。それを考えたときに日本はやはりヨーロッパ型の助成金で日本農業を守っていくかたちになるのがいいのではないかと思っています。
鈴木 消費者負担ではなく税金からみんなが必要としている農業、食料を支えていくというシステムをつくる必要があるということです。
奥野 国家としての意思だと思います。自国の食料についてはきちんと保障しますよ、という国家としての意思をしっかり持つことが大事だと思います。
鈴木 ありがとうございました。
【インタビューを終えて】
「今の構造をぶっ壊してしまえばいい」という議論は、乱暴なだけで、意味がない。いかに、地域農業を維持・発展させるかについて建設的・具体的な議論が必要である。
組織も大きくなるとひずみが出てくる。まず組織を守ると考えるのでなく、日本の農業を守り、発展させるためにどうしたらいいかを考えること、そうしなかったら、組織はもたない。現場の農家の声をしっかりと吸い上げ、それに基づいて組織が行動することが何よりも大事。
ボトムアップかトップダウンかという二者択一の議論ではない。キャッチボールが円滑に行われることが大事。小さくても工夫して努力している人たちもしっかり支え、大きい人たちの要望にも対応し、組織のためでなく、みんなで地域農業を支えるために何をするのかという視点が必要である。
スイスやフランスの農業所得の90%以上が補助金なのは、食料と地域を守るという国家・国民の意思だ。我が国も、それを明確にし、国民が応分の負担をするシステムを、特に、欧州の仕組みを参考にして、今こそ確立すべきだ。
以上のような奥野会長の想いと視点に強く共感する。
(鈴木)
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