【インタビュー どうする農協改革4】現場の意見 謙虚に対応 農林水産大臣 森山 裕 氏2016年8月1日
米作農家の“衿持”に敬意
飼料用米の交付金は継続
聞き手:東京農業大学教授谷口信和氏
TPPの批准、米の需給調整、農協改革と、いま日本の農業は戦後の農地改革以来ともいえる転換期を迎え、生産農家の不安が高まっている。その影響が今回の参院選で東北の米地帯における与党批判として現れた。森山裕農林水産大臣に直面する農政課題について聞いた。(インタビュアーは東京農業大学・谷口信和教授)
谷口 貴重な時間をありがとうございます。早速ですが今回の参院選の結果についての評価をお聞きします。大局的には与党圧勝は間違いないところですが、農政については満点とはいえず、けっこう辛い点数がついているのではないかと思います。どのような感触をお持ちですか。
森山 選挙期間中は全国各地に伺い、現場の意見を聞かせていただきました。今後とも現場の意見に耳を傾け、謙虚に対応していくことが大事だと思っています。日本農業の体質強化、地域活性化を着実に進めて農業者の所得を増やしていくことが極めて重要であることを再認識しました。
それにはやはりTPPの内容の説明が必要です。かなり努力しましたが、まだ少なからず誤解されているところがあり、さらにしっかり説明することが大事だと思っています。そしてTPP政策大綱に定められた対策を確実に実行することはもちろんです。また生産資材の価格については、現場でいろいろな意見があることは承知しています。農畜産物の流通・加工、農業構造の改革など検討事項が12項目あり、この秋までに結論を出すことが必要だと考えています。
アベノミクス効果を地方でも実感していただけるよう、経済対策の一環として輸出体制の整備、中山間地の収益力の向上にも取り組んでいく必要があります。TPPは日本全体の活性化のためにも不可欠で、早期の国会承認に向けて、農水省としても全力を挙げて取り組んでいきます。
米の問題でありますが、瑞穂の国ですので米農家のみなさんの気持ちはよくわかります。これまで日本の主食である米を作ってきたことが、農家のみなさんの矜持であると思います。そこは理解しないといけません。だが毎年消費が減っていることから、市場で米の価格が適正評価されるには、需給のバランスを、どのようにとるかが大事です。飼料用米や大豆、麦を作ることや、あるいは酒の輸出が伸びていますので酒米など、しっかり作っていけるよう水田フル活用の政策が大事だと思っています。
谷口 参院選で関東甲信越から東北地方の「一人区」では自民党が敗れました。しかし比例区は違った動きでした。TPP政策は賛成できないが、TPP対策は与党の力を借りないと実現できないだろうというところに不信感と不安感が錯綜していて、その葛藤が選挙結果に反映しているのではないかと思います。その点で、TPPに関する政策をきちんと、分かるように説明する必要があるのではないでしょうか。
森山 各地で米の話をすると、これからも飼料用米の交付金は大丈夫かという質問を受けます。平成37年に110万t確保することを閣議で決めているので、水田フル活用の政策実現のためちゃんとやる。このことを十分に説明しないと、農家のみなさんは安心できないということを、改めて感じています。
谷口 残念ながら農政がよく変わるので、農家は不安なのです。
森山 その点はよく承知しています。米については今の政策を変えることはありません。農家のみなさんは安心して営農に励んでいただきたい。
◆TPPは誠心誠意説明
谷口 TPPをどうみますか。アメリカは抑制の方向に向かっているようですが、批准できるのでしょうか。
森山 参加国の首脳会議では責任をもって批准することになっています。アメリカは過去の交渉でも、後で変わってきたという歴史がありますので、再協議できるのではという気持ちがどこかであるのではないでしょうか。しかしTPPは参加12か国で決めたことなので、再交渉は難しいでしょう。
谷口 秋の臨時国会でのTPP審議は最初から始めるのでしょうか、あるいは前国会からの継続審議となるのでしょうか。
森山 すでに衆議院で23時間くらい審議しています。その後、条件は何もかわっていません。国会がお決めになることですが、我々は誠心誠意説明して、ご理解をいただきたいと考えています。
◆農家は原価意識持って
谷口 農業生産資材価格の引き下げが問題になっていますが、これが農協いじめではなく、農業生産への本当の応援になるためにはどうしたらよいのでしょうか。
森山 生産資材価格はコスト低減のためにもできるだけ低く抑える必要があります。ただ、これは農協の問題というよりもメーカーの出荷価格に問題があると考えています。韓国に比べ割高なものもあります。そのへんの研究が必要です。ただ日本の農家のみなさんは研究熱心で、肥料は細かく区別し、飼料は自分でブレンドすることを望んでいます。よいものをつくるには大事なことですが、価格引き下げとの関係をどうするかです。
ノーベル生理学・医学賞受賞の大村智博士の講演を聴いてなるほどと思ったことがあります。日本列島は南北に長いこともあり、それぞれの地域に特性のある土壌があり、それが日本の農業を豊かにしたのだと。このため肥料もいくつかの種類がなければならないという特色がありますが、その中でどう生産の合理化、価格の低減をはかるかということです。しっかり協議することが大事だと思います。
谷口 生産資材価格では農協間の価格格差が問題にされていますが。
森山 農協によってサービスの違いがあります。肥料を畑まで届けるところや、生産者が引き取りにくるところなどいろいろです。安い資材があると、他の農協の組合員が買いにくるため、価格を引き下げるなど、そこで価格競争が生じることもありますが、そのへんはあまり介入すべきではないと思います。ただ、一定程度価格を下げるという、おおまかなところは議論しておかなければならないと思っています。
谷口 農協制度があるから生産資材価格が高いと、規制改革会議などから言われていますが。
森山 それはないと思います。農協は、その事業を通じて組合員に利益を還元し、所得を上げるため、みんなで頑張っています。そこを大事にしなければいけません。
農家には原価意識をしっかり持ってもらう。これがこれから大事なことだと思います。子牛が市場で、隣の農家より高く売れると、派手にお祝いをやることもあるようです。これは農村のよい文化ですが、しかし原価は隣の牛より高かったかも知れない。売れた値段だけで喜ぶのではなく、生産費も考え、利益があったら喜ぶという〝商いの文化〟があってもよいのではないでしょうか。
◆畜種に合った飼料用米を
谷口 飼料用米政策について、恒久財源を確保するという公約が選挙期間中に飛び交いましたが、農水省は財務省の厳しい姿勢をどのように突破しますか。
森山 飼料用米政策は農家のご理解をいただいて、頑張っていただいていますが、新しいステージに入ったと考えています。例えば養豚農家からは、飼料に適した高タンパクの飼料用米をつくってほしいという希望が出ています。高付加価値によるブランド化志向が飼料用米と結びついたものです。これはよいことだと思います。これからは養鶏からも同じ要望が出ると思います。
ただ、飼料用米は収量をもう少し上げるようにしなければならないでしょう。日本の米はおいしさを追求して世界一の品質の米を作りましたが、多収性の面では遅れています。この生産のあり方をしっかり考えなければいけません。
谷口 現場ではまだ主食用の余った米を飼料用米に回すという気分があります。一部は多収品種で650~750kg/10aの収量をあげているところもありますが、まだ腰が定まってはいないようです。
森山 そこをしっかりやってもらいたいと思います。農水省もよく説明するとともに、先進事例を紹介して、しっかりPRしたいと考えています。農家のみなさんの意識も少しずつ変わってきていると思います。ただ、主食である米を作ることが農家の矜持である文化は大事にしなければいけません。
◆一人1票の原則大事に
谷口 指定生乳生産者団体制度の見直しはいささか唐突に出てきたように感じますが、どうお考えですか。
森山 指定団体制度には長い歴史があります。生乳という特殊なものをどう処理するかということですが、指定団体の持っている機能は大事です。地域の酪農家を代表してメーカーと対等の立場で価格交渉しています。また効率的に集送乳ができるようになり、コスト面でも低減のメリットがあります。
それに牛乳向けと乳製品向けの調整をすることで、消費者への安定供給につながります。北海道の酪農家には、国内の需給調整のためお願いして加工向けに回してもらっているという事情があります。これからも国民に、どう安定供給するかという視点で検討することが大事です。生産過剰で生乳を廃棄するような悲しいことはしたくありません。大事な制度であり、規制改革会議のご意見も加味しながら、与党でも協議しています。
谷口 北海道は踏ん張っていますが、都府県の酪農はなかなか生産が回復しません。
森山 少し環境が変わったかなと見ています。大地震で壊滅的な打撃を受けた熊本県の西原村の7戸の全ての酪農家が復旧しました。再建しようという動きが感じられました。全国的に生産は減っていますが、そろそろ下げ止まりかなと思っています。酪農は一度やめると再建が難しいものです。誰かに引き継ぐ方法も考える必要があります。
谷口 2015年農林業センサスによると30~44歳の農業者が増え、また博士号を持つ人とか弁護士とかの高学歴の人の新規就農者も増えています。暮らしやすさや子どもの教育を考えてのことのようですが、他方で、20~29歳就業人口が減少していることもあって全国の農業就業人口の平均年齢は上がっているなかで、新しい芽が出てきているのではないでしょうか。
森山 自分の人生を考え、農業が魅力ある仕事だろうと思う人が増えてきました。いろいろな人が農村に入ると地域が活性化します。そこでは近所のおばあちゃんから野菜をもらったり、おじいちゃんから農業を教えてもらったりして、農村社会のあたたかさを実感できます。そういうところがいま評価されているのではないでしょうか。
谷口 そういう芽を伸ばすためにも、農協の役割は重要です。大臣から是非エールを送っていただきたい。
森山 昔はそれぞれの集落に農協があり、まさに農協は日本農業の基礎を作ってきました。今は広域農協になり、農協自体が努力しなければならないことはよくわかっていますが、農協は農家にとって自分たちの組織です。意見があるなら総会で発言し、変えていくべきです。農協は1人1票の原則があり、発言する場があるのです。普通の株式会社と違うところです。そのところを理解することが大事です。
谷口 ありがとうございました。
【インタビューを終えて】
日本だけでなく、世界中で感情のみに訴える流れが政治から生活のレベルにまで広がっています。感情は人々を突き動かす最も奥深い源泉ではありますが、それを理性という叡智で磨き上げることこそ、幾多の犠牲の上に「近代」が到達した高みだったはずです。農政が農民の感情を無視して、偽りの「知性」を振りかざさないように、森山大臣はぎりぎりのところで苦労しているのではないかと感じました。農民の矜持の重要性を指摘された大臣には是非とも農林水産大臣としての矜持を貫いて欲しいと念願しています。 (谷口)
※森山氏の「裕」の字は正式には左側が「ネ(しめすへん)」です。
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