【米大領領選終盤へ(下)】白ける米国の農村 農政が争点にならず2016年10月27日
農業ジャーナリスト・山田優
◆農業法への関心高い
米国農家の多くは、5年おきに決められる米国農業法の制度で手厚く保護され、農家が農政に寄せる関心は高い。Bさんはトランプの奇抜な振る舞いに不安を持っていたが、8月16日に同陣営が発表した農政顧問団の顔ぶれを見て、「安心した」と話す。実はAさんも同じことを話していた。
トランプ陣営が指名した農政顧問団は64人に登った。下院農業委員会の委員長や農業団体の重鎮やレーガン共和党政権時の農務長官を務めたジョン・ブロック氏などの懐かしい名前もある。外交顧問団などが頼りない面々だったのに比べ、有力な共和党関係者や農業団体の本流が参加したこともあり、多くの農家や農業団体の関係者らは「トランプ大統領が誕生しても農政そのものには大きな軌道変更はない」と胸をなで下ろした。同陣営は地盤である農業関係者の支持をつなぎ止めることには成功したようだ。
ヒラリーは夫のビルが大統領だった1990年代から政策全般に関与し、その後上院議員、国務長官などの王道を歩んできたため、大統領に当選しても、やはり現在の農政の枠組みを維持することは間違いないとみられている。
農政そのものは、大統領選挙で大きな争点になっていない。というか、二人の間で外交や経済、通商など幅広い政策論争そのものがされていない印象だ。焦点になるのはトランプの奇抜な発言や、ヒラリーの私用メールアドレス利用などを中心とした人格攻撃ばかり。実際には農業法の他にも、移民労力に頼る酪農や園芸の人手不足をどうするか、地球温暖化対策と農業規制などの課題はあるものの、議論のテーブルには載っていない。
通商問題では、全米の農家の多くが伝統的に自由貿易を推進する側でTPPにも賛成している。米国では農業は輸出産業であり、自由貿易が広がればさらに市場開拓が進むととらえ、農業団体のほとんどがTPP発効に前向きだ。
◆両候補はTPP反対
しかし、ヒラリーもトランプもTPPには反対している。それぞれの反対理由は異なるが、少なくても2月に署名された現在のTPP協定文には二人とも満足していないため、大統領選挙の「対立軸」にはなっていない。
農家の多くが「どちらが大統領になっても農政そのものには大きな変化がない」と考えたとすると、選挙に関心を持てないのはある意味で当然の流れなのだろう。
8日投票の予想は全米でヒラリーが優勢だが、中西部から南部にかけての農業地帯に限れば、トランプが勝つとみられている。この地域では共和党が圧倒的に強く、農業者の大半は、民主党のヒラリーを徹底的に嫌う。
アーカンソー州立大学のバート・グリンウォルト教授は「今回の大統領選挙はきわめて異色。アーカンソーは伝統的に保守系で共和党候補が圧倒的に強い。この州はトランプが間違いなく勝つだろう。ただし、以前の大統領選挙に比べ、農家は複雑な気持ちを抱いている。あからさまにトランプ支持は言い出しにくい。ふつうならさまざまな会合や会話の中に選挙の話題が出るが、今回は触れないようにしている。全米でも似たような状況だと思う」と解説する。
米国の農村は、白けムードが強く漂う中、大統領選挙に突入することになる。
(写真)「偉大な米国にしよう」を演説で繰り返すトランプ候補(MICHAEL VADON提供)
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