【岩手県生協連・吉田敏恵専務理事に聞く】TPP 拙速判断に反対 「地域を守る」で協同組合が結集2016年10月28日
食料をしっかり
自給できる日本に
岩手県生活協同組合連合会・吉田敏恵専務理事
10月15日に東京都内で開かれた「TPPを批准させない! 全国共同行動」中央集会。8000人が参加し「TPPは地域を壊す」、「批准は絶対反対」とアピールしたこの集会で、岩手県生協連の吉田敏恵専務は台風で大きな被害にあった岩手県の農村の現状を「5年前の津波被害からやっと立ち上がったと思ったら、今度は台風で山から津波のような土砂。やられてもやられても食料をつくるのは自分たちだとがんばっている。自国の食料を自分でつくる国にしなければならない」と訴えた。「自然の脅威にまたか、という思いの農家も多い。それを無視してなぜTPPなのか」と話す吉田専務に改めて思いを聞いた。
◆山から津波が来た
――改めて岩手県の台風10号の被害についてお聞かせください。
「県の発表では1400億円の被害額でそのうち2割が農林水産業の被害だということです。
牛舎がめちゃくちゃにつぶれたり、農地が流れてしまったり、手間をかけて築いてきたものが一瞬で失われてしまった。農業の厳しい現実を改めて見た思いです。
山から津波が来たようだ、とは宮古市長の言葉です。5年前の津波被害からやっと立ち上がったと思ったら今度は土砂。仮設住宅にも被害が出て、またかという思い。絶望感をいだく人もいます。その気持ちを無視してなぜTPPなのかと思います」。
◆ ◆
改めて振り返ってみるとTPP(環太平洋連携協定)の参加検討を政権が表明したのは2010年9月。当時、民主党の菅首相だった。その協定が農業に限らず国民生活に広く影響する心配が分かると参加反対運動が広がった。そして2011年3月、東日本大震災と原発事故で「復興より優先するものはない」と多くの人が声を挙げた。
あれから5年が過ぎたが、この夏、「またか」という気持ちを岩手の人びとにもたらした自然災害。復興より優先するものはないのではないかという思いに反し、今、政府はTPP批准に前のめりになっている。
こうした動きに対し「TPP等と食料・農林水産業・地域経済を考える岩手県民会議」はTPPに関する要請文をとりまとめ、県選出国会議員に要請活動を行った。
同会議は農協、生協、漁協、森林組合が事務局をつとめ、医療や建設業なども含め52団体で構成している。
要請書では「TPPは、わが国の『食と暮らし・いのち』という国民の生命や財産に直結し、金融、保険、医療などのあらゆる分野に関するわが国の仕組み・基準の変更につながるものであり、国家の安全保障の問題も含め『国のかたち』が一変してしまう可能性がある」と訴えている。
そうした問題があるにも関わらず「政府による十分な情報開示がなされず我々の不安・懸念は未だに払しょくされていない」ことや、食品の安全性や表示、さらに「地産地消などの地域の独自性は守れるのか」について「政府は大丈夫だというだけで納得できる具体的な説明をしていません」と指摘している。そのうえで「一旦批准すればもう後戻りできない協定について、拙速に判断するべきではありません。(中略)国民が納得できる十分な情報開示と徹底した審議を行うよう強く要請します」と訴えた。
この要請書には県内7JAすべての組合長らトップ層も賛同している。
――農協や生協などが中心となり関係団体で構成する県民会議ですが、どのように結集したのですか。
「もともと地産地消協議会など協同組合間提携がありましたが、TPPの問題では地域がダメになる、地域を守っていかなければならない、の1点で集まりました。農村部で地域を支えているのはやはり農協です」。
要請文では以下の主張も盛り込んでいる。
「本県の農林水産業や地方経済は東日本大震災や台風10号の被害により大きな損害を受けました。日本全国でいつ台風、大雨、地震、噴火の災害が起きるか分からない中、まずは自国の食料をしっかり自給できる日本にしないと安心して暮らすことができません」。
食料を自分でつくる国に、は10月15日の中央集会で訴えたことだ。
「食料を自給できない国でいいのかと思います。農業をやっている人は尊敬しますし、哲学者も多い。災害にあってもへこたれずにがんばっている。そういう地域や農家に無関心なまま、食料を買うのでしょうか。
食料を作るだけで感謝です。食べ物で生かされているという謙虚な気持ちを持つべきです。
ところが他の産業より農業は甘やかされているなどと、上から目線の間違ったイメージを伝えられ過ぎていることに、がまんがなりません」。
TPP対策では輸出を強化すると盛んに強調されるが、吉田専務は「私たちの食料自給率を上げていくことが大事」と強調する。そのために災害にあってもへこたれずにがんばっている生産者にまなざしを向けるべきだという。
――では、改めてTPPとはどういう協定だと思いますか。
「多国籍企業や大企業が世界で好き勝手にするための通行証を与えようということだと思います。国内の制度やルールも変更させられ自分たちではどうにもならなくなる。命令されるようなイメージを持ちます。地域の独自性や、自分たちが培ってきたものを壊されると思います。
TPPは世界の流れだ。乗り遅れてはいけないなどと言いますが、世界に見習うべきというときは経済だけです。人権や女性の地位など世界に学ぶべきことはたくさんあるのに、そこは言わない」。
今回、国会議員に要請するために複数の議員と面会したという。
――率直な印象は?
「与党議員の方も、本音のところは重要5品目は守れていないと感じているようでした。でもこのまま党の意向に従ってしまうのでしょうか。食料を生産する大切な県だというプライドをもって、議員1人1人にはがんばってもらいたい」。
◆ ◆
吉田専務は憤りを隠さないが、「世界に学ぶべきことを学ばない」という指摘で思い当たるのは、今まさにTPPを審議している国会と国会議員である。
「国のかたち」に関わる重大な問題なのに、なぜこの国では党議拘束を外して審議しないのか。米国は大統領制だからできるが日本は議院内閣制だからできない、というのは間違いである。昨年末、日本と同じ議院内閣制の英国でシリアへの派兵をめぐって深夜まで激論を闘わせている議会の様子が報じられた。外交や倫理に関わることは議員個人個人が判断するのだという。TPPはまさに外交だ。学ぶべきことを学ばず、思考停止で強行採決などは絶対に許されることではない。
(写真)8000人が参加した10月15日の中央集会(東京港区の芝公園)
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