【福島原発事故から6年】風評超え産地形成を2017年3月10日
原子力災害の総括
日本社会に不可欠
小山良太氏・福島大学農学系教育組織準備室・副室長
2011年3月11日の東日本大震災・福島原発事故から6年。農林水産省がまとめた農地の復旧状況は83%となっている。しかし、深刻な原発事故被害に襲われた福島県では46%にとどまる。避難指示区域も順次解除されているが、帰還したいと考えている農業者は60%程度にとどまるという調査結果もある。福島大学の小山良太教授は「原子力災害の総括が必要」だと強調する。被災地の人々の現状と再生への課題を指摘してもらった。
◆故郷が大事、現実的か
原子力災害の特徴は避難生活が長期化する点である。災害救助法における仮設住宅の入居期限は2年に設定されている。しかし、原発事故に伴う避難地域の住民の中にはいまだに帰村の見通しが立たない人々が存在する。勤労世代では、避難生活が長引く中で避難先での新たな仕事を見つけ就労するケースも増加している。
こうなった場合、例え避難が解除されたとしても、新たな住居と新たな仕事を手放すことは難しい。避難生活の時限が明確であり短期間であれば、その間を補償金で繋ぎ、帰村に向けて準備することも可能である。しかし、数十年に及ぶことが想定される避難生活の中で新たな人生を再出発するという選択肢を選ぶことを非難することはできない。
子育て世代であれば、長期間の避難の中で子どもの就学のサイクルの問題に突き当たる。2011年度の避難時に子どもが小学校3年生だったとする。2017年度は中学3年である。その場合、子どもが避難先で引き続き中学校に就学していたとすると、中学時代に避難地域が解除されたとしても、転校を選ぶかは判断が分かれるところである。子どもたちは多感な小中学校時代の6年間を新たな避難先で過ごし、新しい人間関係を構築している。ただ「故郷が大事だ」というだけは、現実的ではないのである。
◆世代ごとに岐路
このように、原子力災害における避難の問題は、単に空間線量率が下がったとか、除染が完了したから大丈夫ということではなく、避難生活自体が長期間におよぶ中でそれぞれの避難者が様々な人生の岐路に立たされるという点こそが、「損害」なのである。年間被ばくの許容量を変更したから戻ってきなさいといっても、この6年間の避難状況はそれぞれ異なり、複雑な生活環境の中で判断せざるを得ない。帰村と復興を進める上ではこの点を深く留意する必要がある。
メディアでは、汚染水問題など放射能汚染「問題」は報道されるが、放射能汚染「対策」については、ほとんど報道されない状況となっている。また、放射線に関するリスクコミュニケーションにおいても放射線のリスクと安全性については詳細に説明されるが、検査体制やそれを担保する法令についての説明が十分でないことも問題である。 震災、原発事故から6年が経過し、居住制限区域から避難解除が進んでいる。富岡町、南相馬市についてはほぼ全域であり、葛尾村は2016年の6月に避難指示解除を行い、飯舘村も一部解除の方向である。しかし、避難区域における住民アンケート調査結果(復興庁)をみると、高齢層はある程度帰村するが、若年層、勤労世代はほとんど帰らない。
◆生業の再生も課題
ここには二つの問題があると考える。一つは、原発事故による避難指示が長期間にわたるという問題である。避難が長期間となり、避難先で生活再建しているケースでは帰村の判断が複雑となる。原子力災害は、二次間接的な問題として、避難が長期化しているという事実を念頭におく必要がある。
6年を経て避難指示を解除したとき、長期間避難していることを念頭に避難解除後の設計をする必要がある。2011年避難当時70歳であり、2016年現在75歳の高齢者の場合、人生の最後にふるさとに戻りたいと希望することもある。70歳を過ぎ、5年間知らない土地で過ごしたが、終の棲家に帰りたいという思いである。
もう一つは、生業(なりわい)の再生の問題である。6年間、まったく何も行われていなかったところに戻ったときに何をするのか。地域での生業という点では、双葉の地域でなければできない、その地に立脚した第一次産業は重要な産業である。農林漁業が自給目的でもできないとなれば、村で生活するうえでは大きな障害になる。これからが真の復興の正念場であると言える。
◆原子力災害 独立報告を
原発事故の原因と責任に関しては、問題点も指摘されているが、国会、政府、民間による事故調査委員会の報告書が出されている。しかし、原子力災害、放射能汚染問題に関しては、福島県、復興庁、福島県立医大など各主体がそれぞれの地域の課題・テーマで報告を行っている状況である。 一方、旧ソ連、ベラルーシ、ウクライナにおけるチェルノブイリ事故の報告では、国の機関である緊急事態省による年次報告書、5年ごとの報告資料など、健康、避難、食品検査などに関する総合的な報告書が提出され、原子力災害に関する国際的な総括資料となっている。日本では6年が経過した現在、国による総合的な原子力災害の総括が正式な報告資料として発表されていないのである。国際的にも日本のどの報告書を基に放射能汚染問題、原子力災害の6年間の結果を判断したらいいのか分かりづらく、それが様々な不安を増長させる一因となっているといえる。
避難計画、食の安全検査、被ばくの抑制など放射能汚染対策を体系的に整理した原子力災害基本法の制定のためには、6年が経過した現状を詳細に整理した原子力災害に関する報告書を国の責任で作成する必要がある。津波・地震とは別に、独立した報告資料が必要である。
◆基準値超え ほぼゼロ
総括すべきデータは揃ってきている。2013年から現在に至るまで福島の農作物からは、放射性物質がほとんど検出されていない。国の基準値を超える放射性物質(100ベクレル/キログラム超)が検出されたのは、山菜など山で採る作物や乾燥食品など、特定の品目に限られている。
検出されない要因は大きく3つある。1つ目は、放射性セシウムは土壌に吸着し、土壌から農作物にほとんど吸収されないという事実である。原発事故当初は、空気中に放出された放射性物質が葉に付着し植物体に吸収(葉面吸収)されたため、基準値を超える農産物が検出された。土壌から植物体に吸収される放射性セシウム濃度の比率を、「移行係数」と呼ぶが、園芸作物・野菜類の「移行係数」は、0・0001―0・005と、とても小さい値であることも解明されている。
2つ目は、吸収抑制対策や除染の効果である。福島県では2012年度から、土にカリウム肥料を施肥する取り組みを推進している。土壌中のカリウムはセシウムと似た性質を有するため、植物体への吸収過程で競合が起こり、セシウム吸収を抑える効果がある。また果樹では、高圧洗浄機の使用や、樹皮をはぎ取る「除染」対策を施している。
3つ目は、原発事故から5年が経過し、放射性物質が自然に減少してきている点である。今回の原発事故で放出されたセシウム総量の半分を占めるセシウム134は半減期が2年である。放射線量は、理論的にも、実際の測定値としても、2011年の2分の1程度まで減少している。
このように基準値超えの農産物が無くなったことには理由がある。しかし、結果は報道されるが、その理由についてほとんどの国民が知らないのではないか。
◆失われたブランド価値
原発事故とそれに伴う放射能汚染問題によって、現実に福島県産農産物のブランド価値が低下している。現在の福島県産農産物の状況は放射能汚染による風評被害というよりは市場構造の転換であり、福島ブランド・イメージの下落である。放射能リスク情報によるリスク・コミュニケーションや福島応援といった風評対策だけでは対応できない段階に突入しているのではないか。
「市場における評価」は、取引総量や取引価格にとどまらず、取引順位にもあらわれている。ある卸売市場では他県産の農産物が豊富にあるときはそちらを優先し、他県産の出荷が減少したときにやむなく福島県産の取引が行われており、取引順位が下落している。これはまさしく福島ブランド(産地評価)が毀損されたことを示しており、流通過程における実害である。この市場における産地評価を回復するためには、震災前以上の厳しい安全性を担保する仕組みを提示することが求められる。
今回の原子力災害では、まず賠償の枠組みが示されたことによる混乱が大きな問題となっている。原子力災害対策特別措置法では、価格下落分の賠償(風評)、避難に伴う経済的損失などを個人ベースに賠償する仕組みであったが、産地、農村、地域ブランド価値の下落といった面的な損害に対する補助、支援の枠組みが不明確なまま現在に至っていることが地域内の様々な軋轢や分断を生んでいる。
この根本的な原因はそもそも震災、原発事故により何が毀損されたのかを明確に区分できていないことに起因する。回復可能な損害(出荷停止分や価格の下落、移転費用など)と不可逆性の高い損失(ブランド価値の低下や後継者層の流出など)を明確に区分するためにも原子力災害実態調査報告の作成が急務であるといえる。
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