米中貿易戦争とニッポン農業【中岡望・東洋英和女学院大学大学院客員教授】2018年4月18日
・農産物貿易日米間の焦点
・「報復合戦」が日本にも影響
米国のトランプ大統領は3月8日に鉄鋼・アルミニウム製品の関税引き上げの大統領宣言に署名し、23日から鉄鋼25%、アルミニウム10%の関税引き上げを行った。これに対して中国は4月2日、米国からの輸入産品に対して報復関税を課すことを公表した。報復関税の対象には大豆、果物、豚肉などの農産物も含まれていることから米国の関係業界団体の反発で日本への農産物輸入圧力も高まることも懸念されている。今回は「米中貿易戦争」と言われる事態を引き起こした米中関係と、日米首脳会談内容が注目される日本と日本農業への影響について中岡望東洋英和女学院大学大学院客員教授に聞いた。
◆目的は中国狙い撃ち
--今回の米国の狙いは何でしょうか。
トランプ大統領は大統領選挙のときから対中貿易赤字是正を掲げてきており、昨年4月に中国からの鉄鋼などの輸入が安全保障にどう影響しているか調査するよう商務省に対して大統領令を出しました。その報告書がまとまったのが1月で、そこでは安全保障のためには鉄鋼・アルミニウムの国内生産の維持が必要だという業界寄りの判断が示されました。これをふまえたアクションが3月8日の大統領宣言と関税引き上げの実施です(図)。
(図)JA全中「国際農業・食料レター」3月号より
(クリックすると大きな図が表示されます。)
トランプ大統領の言い方は過激ですが計算づくの面もあります。表向きは貿易不均衡是正のための関税引き上げだということですが、根拠は安全保障と新興産業の主導権を確保するために中国を狙い撃ちにした措置です。これで貿易不均衡が解消するとは思えません。
実際、鉄鋼の関税引き上げは、カナダ、メキシコ、韓国、豪州、EU、ブラジル、アルゼンチンの7か国が対象外となり、輸入量の50%以上が対象外となっています(表)。
米国の鉄鋼輸入上位国は関税引き上げ対象外となっている。(JA全中発行「国際農業・食料レター」3月号より)
(クリックすると大きな表が表示されます。)
つまり、安全保障を理由にすることで、対象を中国に絞り込むことができるのです。このため、中国は安全保障を理由に関税を引き上げるのは違法であると、WTO(世界貿易機関)に提訴しています。日本は適用除外とならず、産業界は安倍首相が日米首脳会談で米国に配慮するよう要望するを期待していますが、日米貿易不均衡の是正はトランプ大統領のもうひとつの狙いであり、簡単に日本の要求は飲まないと思います。いずれにせよ、今回の措置は「中国ありき」だったわけです。
では、関税引き上げの実効性ですが、まず国内の鉄鋼産業の保護という点ではほとんど効果はないでしょう。輸入量の50%が対除外されており、仮に中国からの輸入が減っても、他の国からの輸入が増えるでしょう。また米中貿易不均衡是正についても、効果は限定的です。関税25%引き上げといっても、中国が輸出価格を下げたり、為替変動で元安になれば、関税引き上げ分は相殺されます。関税引き上げによる価格効果はあまり期待できないでしょう。
◆本命は知財侵害だが...
一方、中国は米国からの輸入品に対して報復関税で対抗することを表明し、そこには大豆や航空機など米国の重要な輸出品が含まれ、関税総額で30億ドルにもなる措置を打ち出しました。これに対して、今度は米国が通商法301条を発動して、知的財産の侵害に対してさらに関税の引き上げを発動する姿勢を示しています。
知的財産の侵害に対する対抗措置は、実は米国が狙っている本命です。従来、中国は米国から技術情報を盗んでいると批判されてきました。ただ、最近は、そうした直接的な方法ではなく、中国へ進出する米国企業に対して技術移転を条件として要求してきました。
これによって米国の技術が中国の技術になっていくわけです。そのため、米国政府は、そうした中国の規制を廃止させることを狙い、知的財産の侵害を理由に中国からの1300品目の輸入品に関税を課すと発表しています。ただ、この関税引き上げはすぐに行われるのではなく、5月末までパブリック・コメントを求め、最終的に実施するかどうか決定することになっています。
さらに、中国が追加的な報復関税引き上げを発表したことで、トランプ大統領はUSTR(米通商代表部)に対してさらに引き上げを検討するよう指示していますが、要するに鉄鋼とアルミ製品以外の関税引き上げは検討段階であり、中国の報復関税も実施細目は決まっていません。
中国も貿易戦争は望まないとして、内需拡大や金融規制緩和措置を講ずると発表しています。メディアでは「米中貿易戦争」と大騒ぎしている割に両国政府は比較的冷静な対応をしています。
◆対中赤字はフィクション
--しかし、トランプ政権は中国に非常に強硬ではないですか。
確かにティラーソン国務長官など国際協調派といわれる閣僚が次々と去って、現在の貿易政策の中心は中国嫌いの強硬派、ピーター・ナバロ通商製造業政策局長です。ナバロ氏は、中国が新興産業で覇権を確立することを阻止しなければならないと主張しています。
一方、米国はブッシュ大統領時代から米中戦略経済対話を続けるなど対話を通して貿易不均衡是正問題に取り組んでいます。では、なぜこんなに大きな貿易不均衡が存在するのでしょうか。そもそも米中貿易不均衡とはフィクションではないかと私は考えています。
米国の貿易に占める対アジア・太平洋地域の割合は4割程度ですが、この割合は1990年から2016年までほとんど変わっていません。変わっているのは日本と台湾からの対米輸出が減り、その分、中国が伸びたという点です。つまり、日本や台湾の企業が中国に進出し、そこで製造して米国に輸出する割合が増えた、ということです。中国の対米輸出に占める比率は、同期間中に3.6%から25.4%に増えています。
中国から米国への最大の輸出品目は通信機器ですが、興味深い事実があります。米国議会予算局が分析した文書によると、中国製の通信機器に使用されている部品の60%は中国製以外だということです。したがって、中国以外の付加価値分を除けば、米中の貿易不均衡は35%改善されると指摘しています。つまり、米国と中国の2国間の数字を見ていただけでは実態は分からず、アジアのなかで生産構造が変わってきているということを考えなければならないのです。
◆相互依存深める米中
1980年代の「日米貿易摩擦」と現在の「米中貿易戦争」で大きく違うのが、この生産構造です。日米貿易摩擦のころは、日本は自動車にしてもカラーテレビにしても純粋な日本製の完成品を輸出していました。だから日本を叩けば米国のプラスになった。
しかし、今や米中の間でも企業間のサプライチェーンができていて中国製の通信機器だといってもCPUにはインテルが使われているなど、相互依存関係が強まっています。極めて一体化が進んでいて単純に叩けばいいというものではない。
貿易不均衡是正効果に関していえば、日本が譲歩し輸出自主規制などをし、大幅な円高を受け入れたからといっても日米貿易不均衡は是正されませんでした。今回、中国も一方で内需を拡大させることも大切だとしており、そのために経済成長率を維持する必要もありますが、金融機関が抱える不良債権が深刻化するなどの問題も出てきています。結局、2国間だけでの貿易均衡達成は難しいということです。
◆戦後貿易体制を覆す
--それでも米国は強硬姿勢です。
トランプ大統領は、「米国ファースト」を掲げているように、GATT(関税貿易一般協定)からWTO設立に至る戦後貿易体制を変えるという意識を持っています。多国間の協定が行き詰って2国間の自由貿易協定(FTA)を結ぶ動きが世界で出てきましたが、まさに多国間協定は「米国ファースト」にとってよくないということだと思います。その典型が韓米FTAとNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉です。たとえば、韓国は今回の鉄鋼関税引き上げ対象から除外されましたが、米国はFTA再交渉でトラック関税撤廃期限の先延ばしを確保しました。米国ファーストの具体化の1つです。
◆食料安保へ外交見直せ
--日本にはどのような姿勢で臨んできますか。
鉄鋼関税の引き上げの除外国にならなかったのが象徴です。二国間交渉には応じないと日本は言っていますが、日米の貿易不均衡は深刻で、二国間交渉を必ず要求してくると思います。その際、工業製品は大きな問題はなく、やはり牛肉をはじめとする農産物が最大のポイントだと思います。
--米国農産物の市場開放要求の強まりは日本にとって農業はもちろん食料安全保障の問題にも関わってきます。
日本の「食料安保論」は米国では問題にもなりません。外交では日本のロジックは日本のロジックでしかなく、通用しません。何よりも、それ以前の問題として重要なことは日米間の安全保障の問題をどうするのか、基本的な政策を立てなければならないということだと思います。
現在は米国と従属的な同盟関係であり、それをさらに強化するようなかたちで国内の軍事力を強化を図ろうとしていると思います。今回の日米会談でも軍事費負担の要求もあり得ます。食料安全保障を考えるためにも、日米関係、安全保障の問題を考えなければならないということだと思います。
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