【クローズアップ】2019どう動く? 米国の貿易政策【元外交官・評論家 孫崎 享氏】2018年12月10日
・グローバリズム米国民を直撃
・逃げるGM追うトランプ農業で政治的支持狙う?
米国が抜けたTPP11が12月30日に発効、その米国とは1月から日米物品貿易交渉が始まる。「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ大統領が厳しい要求で日本に迫ってくるのは間違いないだろうが、その背景に何があるのか、トランプ政権の本質は何かなど、最近の動向をふまえて、外交官としてイラン大使などを務めた評論家の孫崎享氏に聞いた。孫崎氏は(一社)農協協会が2019年1月24日に開く新春特別講演会で「トランプ政権の貿易・安全保障政策」をテーマに講演する。
◆自動車工場閉鎖で苦境
――米国では今年、中間選挙が非常に注目されました。この結果をどう見ますか。
その前に11月26日に米国自動車メーカーのGM(ゼネラル・モーターズ)が発表した北米5工場での生産停止問題から話したいと思います。
トランプは米国第一、あるいはメイク・アメリカ・ストロング・アゲイン(米国を再び強く)を掲げて、白人、男性、キリスト教などがキーワードとなるような人々から強く支持されて大統領になりました。そのシンボルは自動車産業です。
関係する州はウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニアなどでもともとは民主党が強かったところですが、これらの州で「アメリカを再び強くする」と訴えて当選し、大統領になってからは経営者に働きかけて海外から工場を呼び戻した。
ところがここに来て結局はGMは逃げたではないか、という事態になってきたということです。現在、トランプ大統領は優遇税制を見直すなどとGMに対して圧力をかけていますが、相当厳しい状況が出てきました。
そこで中間選挙結果ですが、上院では共和党が勝ち、下院では民主党が勝ちました。上院は外交、軍事、裁判官や重要閣僚の任命権を握り、下院は予算決定の主導権を握っています。トランプ大統領は経済で成果をあげて米国を強くし、大統領再選につなげたいと考えてきたわけですが、関係する予算や法案は民主党が握るという構図になってしまった。つまり、経済で何か成果を挙げても、それは民主党のおかげだろうと言われてしまうということです。
こういうなかでGM工場閉鎖問題が出てきたわけですから、中国と日本をターゲットにより強烈に貿易交渉を進めていくと思います。
◆TPPの本質は何か?
――トランプ大統領の考え方を改めて整理すると、どういう政治家なのでしょうか。
なぜトランプ大統領はTPPから離脱したのかということをもう一度考える必要があると思います。逆にいえば、TPPの本質は何か、です。それは投資家が自分たちの利益になる枠組みを作るということです。
象徴的に言えば「ゴーンを逮捕させるようなことはさせない」です。ゴーンについて日本人はお金を儲けすぎ、彼の貪りをやめさせなければならないと考えていますが、ウォール・ストリート・ジャーナルは「世界基準からは日本はおかしい」と批判しています。今回の日本の行動は、米国の企業にとっても望ましくない行動で、報酬は投資家の価値判断で決めることだという考えです。いろんな国に家を持っているのはなんらおかしいことではなく、トップが最高の水準で働く環境をつくることが大事だという価値観。企業の行動規範は投資家が決めるということです。
この考えをTPP協定としていちばん表わしているのが、投資家が国家を訴えるISD条項ということになります。米国の企業はこうしたTPPのように包括的なルールを作って利益を得る仕組みがいいという考えですが、トランプはそうではありません。システムをつくって利益を得ても、彼は政治家としての成果ではないと考える。自動車であれ牛肉であれ、政治家としての自分に利益が直結するようなかたちの交渉をするということです。
サウジアラビアのサルマン皇太子を擁護することにもそれが表れていると思います。ジャーナリスト殺害には皇太子の関わりがあるとCIAも言っていますし、米国は民主主義と人権尊重を標榜してきた国ですから当然批判するはずですが、トランプ大統領は皇太子とは武器のディールで政治的に利益を得たから擁護する。包括的なルール、あるいは原則論を打ち立てて、それに反したら批判、攻撃するということでなく、原則は作らず、1つ1つに関して利益を与えてくれるかどうかが鍵ということです。
一方、GMはTPP的ということです。米国内に工場を作らなくてもいい、海外に工場をつくっても最大の利益を出せば企業として儲かる、という考えです。
(グラフ)2018年アメリカ中間選挙の結果
◆国内矛盾を中国へ
――米中関係はどうなりそうですか。
まさにGMが中国に行って、そこで製造して米国に持ってくるのは許さない、ということです。米国の政権内には対中融和派は排除され強硬論者が中心になっており、第2の冷戦だという雰囲気も醸し出されています。キッシンジャーらの1970年代からの中国を抱き込むかたちでコントロールする政策は失敗した、対決すべきだという主張が主流になった。ただ、核やミサイルがある現在では軍事的な衝突にならないことを約束したうえでの対立です。経済では相互に結びつきを強めているから対立できないのではないかといいますが、その結びつき、経済のあり方こそ問題だとして中国を主敵としていくということです。
(写真)デトロイトのGM本社
――そのような対立をトランプ大統領は米国内でも移民問題などであおりますね。
白人労働者をマイノリティや移民が脅かしているわけはありません。GMの工場閉鎖問題で明らかになったのは、白人労働者を脅かしているのは大企業だということです。グローバル資本はその土地の利益とは関係なく行動する。そこが問題なのに移民が安全保障の脅威になるなどというのはすりかえです。米国社会とグローバリズムの問題がGM問題で出てきたということです。これは大きな問題となると思います。
◆TPP以上を強く要求も
――こういう状況のなかで日米二国間交渉をどう考えるべきですか。
トランプ大統領は日本が米国市場をガタガタにしたという1980年代と同じ考えを持っています。GM問題で国内の労働者の反発があるなか、自動車での厳しい要求はもちろん、農務長官がTPP以上を取ると言っているわけですから、日欧EPAで約束した内容も当然要求してくる。さらに米国財界の主流はサービス産業ですから物品貿易の次にサービスも交渉になる。次期大統領選に向けて成果をアピールしたい。そのためには農産品は額は少なくとも政治的な支持にはつながる。ルールをつくって長期的に利益を得ればいいという姿勢ではありませんから、短期に自分の力で成果を獲得することを重視するでしょう。
日本はこれまで中国やロシアなどの国との関係に問題があったとしても、米国との関係がよければいいということでしたが、来年はその理屈は成り立たなくなってきたということが示されるかもしれません。
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