【クローズアップ】日米通商交渉 とめどなき譲歩への第一歩2019年4月18日
デジタル貿易も交渉開始
「TAGの正体」いきなり明らかに
緊急寄稿
田代洋一・横浜国大、大妻女子大名誉教授
日米二国間の新たな通商交渉の初会合が4月15、16日の2日間、米国のワシントンで行われた。昨年9月の日米共同声明に即して農産物の自動車についての物品貿易交渉に加え、デジタル貿易についても交渉することで合意した。両国政府とも早期の成果をめざして交渉を続けるとしている。初会合で見えてきた新たな日米通商交渉の本質とは何か。田代洋一横浜国大名誉教授は本紙への緊急寄稿で米中貿易摩擦と米国の戦略も視野に、今後予想される5つの危惧を指摘する。
初会合に臨む茂木大臣(右)とライトハイザーUSTR代表
(TPP政府対策本部HPより)
◆ウソからはじまった日米交渉
日米通商交渉の初会合が開かれた。各紙の扱いは一面だがトップではなく、ひっそりした幕開けになった。しかしそこで演じられるドラマは、とてつもなく大きなものになる可能性が大である。短期・長期さまざまな角度から監視する必要がある。
この交渉、名称・範囲からして日米で異なっていた。日本はたんなる物品協定(TAG)としたが、アメリカはあっさりFTAと割り切っている。初会合の結果、物品貿易とデジタル貿易から交渉開始することになった。これは昨年9月の日米共同宣言の、物品貿易と「他の重要分野で(サービスを含む)で早期に結果を生じ得るもの」についての交渉開始という合意に即してはいる。しかし日本が主張するTAGの範囲を早くも逸脱した。米通商代表部(USTR)は1月下旬に22の交渉事項を示したが、「8.物品・サービスのデジタル貿易および国境を越えたデータ移動」は、「1.物品貿易」とは全く異なる項目建てだからである。
安倍首相は「包括的なFTAとは全く異なる」と言い切っていたが、デジタル貿易を含めたことで、のっけからそのウソがばれた。ウソをつきつつ引きずりこまれたこの交渉で、日本はアメリカにどこまで引っ張られていくのか。
たとえば、ムニューシン財務長官は、初会合に先立ち、為替条項を交渉に含めるとし、初会合の最中、交渉責任者のライトハイザー通商代表さえ為替条項に言及した。アメリカの射程は超ロングだ。当初の交渉の間口をせばめたのは、アメリカが本命の中国との交渉で膠着状態にあるからで、その目途がつけば日本に集中攻撃をかけてくる。
以下では、予想される5つの危惧を述べる。
◆農産物「暫定合意」の危険
9月の日米共同宣言では、物品や早期に結果を生じ得るサービス等の分野で「交渉開始」(第一段階)、その「議論の完了後」に「他の貿易・投資の事項についても交渉」(第二段階)という二段階方式をとった。
二段階と言っても、第一段階でいったん打ち切りFTAを結ぶのではなく、たんに「議論の完了」をするだけで、次の段階に移るということで、両段階は連続的である。そもそもFTAたるためには、第一段階だけ先に切り離して議会承認とWTO通告をするわけにはいかず、両者は一体だ。となるとそれなりの時間がかかる。
そこで注目されるのが、パーデュー農務長官が主張する「農産物先行で暫定合意」案だ。第一段階で農産物だけ先に「議論を完了」させてしまい、第二段階に移行するというわけだ。
政治日程をみると、トランプは2020年の大統領選を控え、そこで交渉成果を誇示するには今年中に批准に持ち込まねばならず、安倍は7月の参院選を控えている。すると参院選直後、すなわち安倍がどんな妥協も可能になり、トランプもギリギリに大統領選に間に合わせることのできる今夏が、早期決着の目途になる。そこで一挙に第一・第二段階を通じるFTAまで行けないとなれば、農産物だけ切り離して「暫定合意」というわけだ。
◆TPP上限論も要警戒
昨年9月の日米共同宣言では、日本としては農産品の市場アクセスは過去の譲許内容が最大限である、アメリカとしては自動車の生産と雇用を増加させる、という両国の立場をそれぞれ「尊重する(リスペクト)」とした。 初会合では、日本側の農産物についてはTPPが上限ということについて了解が得られたといわれる。関係者には、TPP上限ということでホッとしたという気持ちと、どうせTPPで一度決めたことだから、という「あきらめ」があるかもしれない。
しかし第一に、当事者の農務長官は「TPP以上の成果」を主張している。たとえアメリカの業界や事務レベルがTPP並みで満足したとしても、TPPを勝手に飛び出したトランプがTPP並みでは満足しない可能性は大きい。そもそもトランプは「リスペクト」を期待できるような人物ではない。
第二に、関税の引き下げ水準については「TPPが上限」は言えるかもしれないが、セーフガードの発動基準量については、TPPは12カ国に対して決めたのであって、それを日米二国間に当てはめるわけにはいかず、改めて交渉する必要がある。
「TPP上限」は決して合意済みではない。
◆最も怖いクルマと農産物の取引
アメリカが求めているのは自動車業界の生産量・雇用量の増加である。これは結果が出なければ、出るまで要求し続けることになる。
当面アメリカは日本の安全・環境基準の緩和によるアメ車の輸出増大を図るかもしれないが、そもそもアメ車に輸出力はないから、日本の安全・環境が破壊されるだけだ。
残るのは日本側の輸出自主規制ということになるが、これは自由貿易の大原則に反し、日本の自動車業界へのダメージが大きい。代わりに対米直接投資ということになれば日本の雇用が失われる。
そこで次の記事が注目される。「日本にとっては、日本側の関税の増減が米国側に大きな影響を与える農業分野の交渉カードを武器に、自動車などの保護主義的な要求をはね返す構図となりそうだ」(朝日新聞、4月13日)。つまり農産物を犠牲にして自動車を守るといういつもの構図だ。
EUも対米FTA交渉の最中にあるが、農産品の交渉除外を一貫して主張し続けている(日本農業新聞、1月11日、4月17日)。農業大国EUにしてそうであるのに、農業小国・日本が農業を犠牲にしようというのは、世界常識に外れる。
ところで自動車はアメリカの対日赤字の8割を占める。貿易赤字減らしがトランプの最大の狙いであり、自動車産業はトランプの最大の票田の一つである。農業を犠牲すれば自動車が助かるという見通しは甘く、農業も自動車も、ということになりかねない。オール・ジャパンの取り組みが必要だ。
◆アメリカの覇権戦略と日本
前述のように米通商代表や財務長官が為替条項に言及した。アベノミクスの異次元金融緩和はまぎれもない円安政策であり、安倍は円安による輸出拡大を通じる経済成長に政権基盤を賭けてきた。為替条項で円高に追い込まれれば、アベノミクスが破綻するのみならず、金利上昇から債務残高世界一の日本そのものが破たんしかねない。為替条項をちらつかせることは、日本から譲歩を引き出す最大の武器になる。
アメリカは一体、日本をどう位置付けているのだろうか。昨年9月の日米共同声明で重要なのは「第三国の非市場志向型の政策や慣行から日米両国の企業と労働者をよりよく守るための協力」といういわゆる中国条項だ。これはUSMCA(新NAFTA)に「非市場国家とのFTA」として盛り込まれたもので、中国とFTAを結ぶ場合は加盟国の同意を必要とする。要するに中国とのFTAの禁止条項だ。
いま、米中貿易摩擦が世界経済を揺るがしているが、起こっているのはたんなる貿易摩擦ではなく、米中のアジア太平洋地域における覇権争いである。それは共産党支配下の国家資本主義と、自由競争資本主義の全面的な対立であり、それ故に長期化する。
オバマはグローバル・ルールを作り、中国を従わせる戦略をとったが、トランプはグローバル・ルールを破壊しつつ、アメリカ一国の力で中国を圧し潰そうとする。そのために軍事同盟国に対しても、軍事費を肩代わりさせつつ、アメリカ陣営の奥深くに取り込んで、その経済力をしゃぶり尽くすアメリカ第一主義を追求している。それはポスト冷戦期のアメリカの一貫した姿勢でもある。
日本の産業は今、電器も総崩れし、クルマの一本足構造になっているが、トランプはそこに攻撃をしかける。安倍はトランプがTPPから離脱した直後から対中接近も試みているが、その日本が中国を含むFTAを結ぶことを阻止する。
◆この国のかたちを守るには
そこで問われるのは、米中対立時代における日本の進路をアメリカに決めさせていいのかという「この国のかたち」をめぐる問題だ。日本はそのおかれた地政学的な立場からして、米中のいずれにつくことなく、両国の橋渡しをするポジションにある。
そのためには食料自給率という国の土台がしっかりしていなければならない。米中貿易摩擦は農産物を武器にした。農産物の最大の輸出国・アメリカと最大の輸入国・中国の食料を武器とした対立に巻き込まれたら、最大のとばっちりを受けるのは日本だ。
しかるに2017年、カロリー自給率と生産額自給率はともに落ちた。政府は、TPPや日欧EPAの影響試算で、生産額は4%ほど落ちるが、生産量は不変だとした。生産量不変ということは、FTAでも輸入は増えないということだ。しかし現実は、発効に前後して畜産物等の輸入が急増しており、生産量不変のウソが即、ばれた。そういうウソをつきつつ対米通商交渉に臨んだのでは国が亡びる。食料自給率向上を国是とし安全保障の柱とする日本が何をすべきなのかが問われている。
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