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【クローズアップ・食農基本計画】食農審・高野克己会長(東京農大学長)に聞く 現状を検証し農業振興を  2019年9月6日

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 吉川貴盛農相は9月6日、食料・農業・農村政策審議会の髙野克己会長に現行基本計画の変更についての意見を求める諮問を行った。高野会長に日本の食料と農業をめぐる課題と審議会のあり方などについて聞いた。会長は「農業振興なくして生きていけない。その認識が重要だ」と語り、日本のみならず世界がどうなっているかなど客観的なデータをもとに議論をしていきたいなどと語った。聞き手は白石正彦東京農業大学名誉教授。

吉川農相と高野会長吉川農相から諮問を受ける髙野会長

◆客観的データをもとに

 白石 食料・農業・農村基本法が施行されて20年、本日(9月6日)はおおむね5年後ごとに見直すことになっている基本計画の変更について大臣から高野会長に諮問がありました。最初に日本の食料・農業・農村と審議会についての思いを聞かせていただけますか。

高野会長 高野 世界人口が増え、資源にも限界があるということを知りつつ、どうしてもそこに目をつぶりたくなるのが人間ですが、やはり国民の食料をどうするかは、独立国、先進国として非常に重要なことだと思っています。
 国土の生産力をいかに維持し、あるいは高度に利用して生産力を上げていくか、そして国民に安定的に食料を提供し、最終的には健康な食生活を維持する。そのために日本農業の重要性があると思います。
 基本法のもとで、いろいろな政策が行われ20年が経ちましたが、この間、日本全体として人口減少社会になりました。農業だけでなく、いろいろな産業で担い手不足になり、東京でもシャッター街があります。人口減少は市場が小さくなるだけではなく、担い手が少なくなっていくことでもあり、産業や社会へのダメージが大きいということです。
 この点をふまえて考えていく必要があります。審議会は、生産者、流通・加工関係者・研究者、それから消費者まで集まって日本の農業と食料生産、食料供給についてさまざまなご意見をそれぞれの立場から出していただくことになりますが、正しく現状を反映した情報をもとにした議論を中心にする必要があると思っています。
 客観的なデータをもとにみなさんが議論されることが重要で、世界は今、どうなっているかもあわせて考えていかなければならないと思います。

 白石 基本法では農業の持続的発展が中核になっています。農業は生命を支える産業で、そのためには再生産可能でなければなりません。そこをふまえた総合的かつ基本的な議論が期待されます。

 高野 私が会長に選任されたのは、農業の生産だけ、あるいは食料の流通だけを考えるのではなく、上流から下流までトータルで農業を考えていかなくてはならないという要請もあるのではないかと考えています。
 農業はわれわれの命を支える食料を生産するという点で他の産業と大きく違っています。要するに食料がなければわれわれは生きていけない。その意味では必ず食料は生産をしなければならず、必ず国として提供しなければならないものだと考えています。
 農業は与えられた自然、農地をうまく活用し、太陽エネルギー、水など自然の力を活用した非常に優れた循環的な産業です。食料を安定的に供給して世界から飢餓をなくすことはSDGsでも掲げた大きな目標ですが、そのためには農業の振興を避けて通れません。それなくしては生きていくことはできない。その認識が非常に重要になると思っています。
 ただ、ここで問題になるのは都会に住んでいると食べ物はコンビニとスーパーに行けば手に入ってしまうということです。作られている現場はたしかにテレビやインターネットで知ることができますが、生産される現場とわれわれ消費する側が非常に距離が離れてしまった。生産現場が理解できないから、農家だけが優遇されているのでは、という、批判的な話につながってしまう。ここも問題です。

(写真)高野会長


◆関連産業の連携重要

白石先生 白石 さて、基本計画は、食料自給率の向上を目標として定めることになっています。しかし、現実はそうなっておらず、カロリーベース自給率は平成37年度目標を45%に掲げましたが、現実には37%と5年前の基準値すら下回っています。
 その点でなぜ目標に向けて進まなかったかをデータに基づいて検証する必要があると思いますが。

 高野 基本法が制定されて各施策が行われた結果として現状があるわけです。しかも思いには届かない現状がある。
 そういう現状になったのはなぜか、その理由が分からないと次のステップに進めません。よくいわれるようにPDCAサイクルを回しながら改善をしていかなければなりません。これまでを検証をして次のプログラムを作るというのが今回の機会だと私自身も思います。 ただ、非常に複雑でいろいろな要因が絡みます。単に農地を確保して生産し、それを供給するだけという時代ではなく、農業にはいろいろな産業が関わり、そこで生活をしているわけですから、どのように意見を集約して農業生産の振興につなげていくか。
 自給率目標にしても国の安全確保のためには、思いとしては数字として50%ということにもなるのでしょうが、やはり現実を語らなければなりません。そのなかから、いかに数値を上げていくかということになってくると思います。

 白石 現状はTPP11の発効などグローバル化が加速しており、そのなかで国内産地にはブランド化や、そのためGAP認証の取得、スマート農業の活用など新しい取り組みも求められています。さらに大学や試験研究機関、食品産業との連携も食料自給率の向上を視野に必要になってきた時代だと思います。とくにご専門の食品産業との連携などをどう考えますか。

(写真)白石東京農大名誉教授

 高野 食品産業にとっては原料が非常に重要です。米はほとんどが国産ですが、小麦はほとんど外国産です。消費者が直接、小麦を食べるということはなく、小麦粉にしてパンやパスタに加工されて食べます。
 そうなると食品産業にとっては品質が一定で、安定的な量を確保してくれるといった安定供給が重要になります。品質、量、そして価格です。
 一方、今は消費者からは国内産の原料を求める声は非常に多く、食品産業としても国内産の原料が欲しいのですが、それが足りないというのが現状ではないかと思います。担い手がいて作ることができれば当然、そこに食品産業はお願いするようになります。ですから、国産の大豆、小麦、トウモロコシを食品産業が使うときには、どういうことを要望するのか、そこを生産者の側とすり合わせが必要になってくると思います。


◆再生産の確保が課題

 白石 国内消費向け食用農林水産物は10.5兆円に対して、飲食料の国内最終消費76・3兆円です。このギャップをできるだけ農業者に還元することが求められますが、安定的に原料が供給できなければ原料は海外に依存するということになりかねないですね。生産者にとっても消費者のニーズに合うような生産が求められています。同時に生産サイドと流通・加工サイドで公正な取引をするためのフードシステムをどうするかについても議論をしていただければと思います。

 高野 どちらかが勝って、どちらかが負けるということはこれだけ成熟した地球では成り立たないと思います。単なる競争原理、経済的な問題ではなくて、いかに社会としてみんなが幸せに暮らしていけるかを考えなければなりません。それを地球規模でやらなければならないというのがSDGsだと思います。
 今はしばしば流通部門が強いといわれますが、みんなそれぞれの現場で生きているわけで、売る側も生産されなければ事業が成り立たないし、生産する側も買ってくれる人がいなければ成り立たないということをみんなが認識する必要があると思います。
 そのときに安ければいいというのではなく、やはり再生産ができる価格とは何なのかというところから始めていかなければならないと思います。食品がスーパーの目玉商品になってしまうとどうしても価格自体が上がらなくなってしまうということがあります。そういう商習慣を倫理的になくしていくことも必要ではないかと思います。

 白石 インバウンド需要にも見られるように、日本食の良さ、価値ということからも議論したいですね。

 高野 思いを持って農産物を作っている人がその土地でレストランを開き、そこに都会から人が行くということもあります。都会のスーパーには地方のものを持ってきて売っているわけですが、その地方に消費者に出向いてもらって農村の価値を知ってもらうということもこれからは大事なことだと思います。


◆農村あってこその都市

 白石 単なる食育ではなく農業の現場を知ってもらう食農教育が必要だと思います。

 高野 そうですね。やはり食を作っている基本はどこにあるかを理解することは重要です。
 農村社会では広範囲にわたって共同作業が行われています。そのためには当然、人が必要でそこに人が生活していなければなりません。生活するための環境とお金がなければなりませんが、都市住民との交流によって農村を理解してもらうことも非常に大事になってくると思います。農村社会が健全であるからこそ都市生活が成り立っているわけです。

 白石 いろいろな人がいわば毛細血管のように重なり合い、支え合うことで農業・農村は維持・発展できるのではないかと思います。それでじわりと自給率が上がるような取り組みが大事だと思います。

 高野 現場の方々が意欲を持てるようにすることが大事です。農業の働き方も今の時代に合ったものにしていくことなども考えていかなければならないと思います。

 白石 これからの議論をおおいに期待します。

【インタビューを終えて】
 基本法は目指す理念と基本計画策定・施策遂行の両輪に特徴があり、特に「食料自給率の目標は、その向上を図ることを旨とし、」と明示されている点が目玉である。高野会長には、審議会において食料自給率目標と現実のギャップをデータに基づき検証され、新しい基本計画では、国連で採択されたSDGsと家族農業の10年(2019年~)の重視と農業の再生産可能な生命産業の特質を引きだす公正なフードシステム・農協の役割、食農教育活動の支援策の明確化を期待したい。(白石正彦)


※高野会長の「高」の字は正式には異体字です。

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