【緊急寄稿・日米貿易交渉】国益害する交渉 国民自覚すべき【評論家・孫崎享】2019年9月25日
茂木敏充外相は9月23日に米国ニューヨークでの閣僚協議で日米貿易交渉が終了したと発表した。25日には日米首脳会談が行われ、最終合意内容を両首脳が確認し公表される見通しとなっている。現時点で伝えられている合意内容をどうみるか、孫崎享氏に寄稿してもらった。
◆早期発効できるのか?
日米貿易交渉のこれまでの動きを見てみたい。
4月25日、「日米貿易交渉、物品中心に早期合意を再確認-閣僚級会合」(ブルームバーグ) 8月25日、日米貿易交渉、基本合意=自動車関税撤廃は見送り-両首脳、9月の署名目指す(時事)、日米貿易交渉、首脳会談で大枠合意 9月に協定署名か(朝日)
これまで、「基本的合意ができた、署名待ち」という状況であると報じられ、そして今回の会合である。
両国政府の目指してきたのは、今回トランプ大統領と安倍首相との間で協定に署名することであった。
9月24日の「日米貿易協定閣僚協議 交渉すべて終了 首脳会談で確認へ」と題するNHKニュースを見てみたい。
「先月、事実上の大枠合意に達した日米の貿易交渉をめぐり、茂木外務大臣は、日本時間の26日行われる首脳会談を前に、日本時間の午前10時ごろから、訪問先のニューヨーク市内のホテルでライトハイザー通商代表との閣僚協議に臨み、協議は午前11時20分ごろに終了しました。
終了後、茂木大臣は記者団に対し、『きょうで交渉がすべて終わった。あさって、日米首脳会談でよいセレモニーができると思っている。合意した内容は、首脳会談で確認したあと、速やかに発表したい』と述べました。 そのうえで、茂木大臣は、協定への署名について、『膨大な作業を進めているところであり、今月末に協定への署名を目指すという目標からそんなに遅れていない。最終的には署名をして、それぞれが国内プロセスを経て早期に発効させることが大切であり、そういったプロセスから見れば極めて順調だ』と述べました。
新たな貿易協定で、日本政府は、アメリカが求める農産品の市場開放にTPP=環太平洋パートナーシップ協定の水準を超えない範囲で応じる方針で、牛肉は、現在38.5%の関税が最終的に9%に引き下げられるほか、主食用のコメは、TPPの交渉時に日本がアメリカに設定した年間7万トンの無関税の輸入枠を大幅に縮小し、撤廃することも含めて最終調整が行われました。
一方、工業品をめぐっては、日本が撤廃を求めている自動車の関税の扱いが継続協議となる見通しで、日本政府は、アメリカが日本車に追加関税や数量規制を発動しないことを文書で確認したい考えです。」
◆文書でクギ 実現できず
8月25日の段階で基本合意に達していたが、その後、交渉していたのは何であったか。
8月25日の段階で、日本が農産品で譲るのは基本姿勢であった。争点は自動車の関税である。
日本は何とか、「アメリカが日本車に追加関税や数量規制を発動しないことを文書で確認したい」ということを最大の焦点として交渉してきた。それは実現できなかったということが今回の結果である。
私は従来より、自動車を巡る日米交渉は、日本側の主張するような「アメリカが日本車に追加関税や数量規制を発動しないことを文書で確認する」ような形で合意することは困難であることを次のように説明してきた。
「トランプ大統領が次期大統領選挙に勝利するには自動車産業関連の州で勝利することが求められる。米国大統領選挙の特徴は米国全体の得票数でどちらが勝つかではなく、各州毎に大統領の『選挙人』を選ぶことになっており、しかも、各州毎の選挙人は全取りである。そして、テキサス州は共和党、カルフォルニア州は民主党のように、どの党の候補を支持するかについて不動の州があり、実質的に選挙戦を左右するのは選挙ごとに揺れ動く州の動向である。自動車関連の州は労働者が多いため、一般的に民主党支持が多かったが、トランプ氏は自動車関連のウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニア州に対して、『MAKE AMERICA GREAT AGAIN』を訴え、この地域に新たな職を確保すると主張し、勝利した。これはトランプ大統領が獲得した選挙人の四分の一を占める。彼が再選されるか否かは、この四州の動向がカギといっていい。
したがって日米貿易交渉の主体は『日本の自動車の対米輸出をいかに抑えるか』になる。」
◆結果は米国の言いなり
トランプ大統領にとって、選挙と自動車の関係はますます厳しくなっている。
トランプ対想定される民主党候補との対決での世論調査(「USA 9月18日」は次のようになっている。
○トランプ対バイデン→バイデン49%:トランプ41%
○トランプ対ウォーレン→ウォーレン45%:トランプ43%
○トランプ対サンダース→サンダース48%:トランプ43%
つまり、現状では民主党の有力候補の誰が出てもトランプは負けるという世論調査である。
これに加えて、米国自動車産業の中心、ゼネラル・モーターズ(GM)でストライキが起こっているのである。
「全米自動車労組(UAW)は15日、米自動車最大手ゼネラル・モーターズ(GM)の全工場で同日深夜から全面ストライキに入ると発表した。医療費の負担軽減や雇用確保を巡り、会社との交渉が決裂した。GM工場でのストは12年ぶり。労使は16日以降も協議を続けるが、ストが長期化すればGMの生産計画が狂い、部品メーカーなどにも影響が及ぶ。
UAWに加盟するGMの従業員は4万6000人で、北米の31工場が対象となる。」
トランプにとっては、自動車問題で、「日本に勝った」ということを示す必要がある。その中で、「アメリカが日本車に追加関税や数量規制を発動しないことを文書で確認」を、実質的に有効な形にすることはまずできない。
25日朝日新聞は「日米交渉"すべて終了"」の中で次のように記述している。
「日本側はこれまで、米農産物への関税を環太平洋経済協定(TPP)の水準まで下げることを受け入れたり、現行の乗用車への関税削減を継続協議にしたりする譲歩を重ねている。自動車への追加関税に歯止めをかけられなければ交渉の責任が問われかねない」
農産品ですべて譲る、さらに安倍首相は無意味なトウモロコシまで輸入することを約束している。「米国の言うことを何でも聞く」そのような日米交渉で日本の国益がどれだけ害されているか、国民は自覚すべき時に来ていると思う。(9月25日)
(関連記事)
・【日米貿易協定】牛肉関税削減 発効時にTPP2年め水準から(19.09.26)
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