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【クローズアップ・大統領選と米国農業】コロナ対策で高まる不満 米国農家のトランプ離れ2020年3月23日

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エッセイスト薄井寛

 新型コロナウイルス感染症が世界規模で拡大しているなか、米国では11月の大統領選挙に向けた予備選挙が実施されている。トランプ大統領当選の原動力のひとつとなった農家は今、トランプ大統領をどう評価しているのか。今回は、『アメリカ農業と農村の苦悩-「トランプ劇場」に観たその実像と日本への警鐘』(農文協 2020年2月)を執筆した薄井寛氏に現状をレポートしてもらった。

カンザス州ウィチタ市から南西約60キロのサムナー郡メイフィール ド村(人口113人)に一軒だけある食料雑貨店。カンザス州ウィチタ市から南西約60キロのサムナー郡メイフィールド村(人口113人)に一軒だけある食料雑貨店。


◆地方が抱える憤り
 「トランプが地方の有権者の助けを借り、2016年選挙で当選できたのは今や公然の秘密だ」。
 指摘したのはウィスコンシン大学のキャサリン・クレイマー教授。ラストベルト(さびついた製造業地帯)で働く白人工場労働者と地方の農家・農業関係者がトランプ当選に大きく貢献したのだ。農業州では、トランプの得票率が75~85%に達した郡も少なくない。
 そこには、グローバル化で疲弊した工場労働者や農産物価格の低迷に苦しむ農家、そして都市部との格差に対する地方有権者の憤りがあった。
 疎外感を強める有権者にトランプは、友達へ語りかけるように訴えた。「いたるところにさびついた工場が墓石のように散在している」、「中小企業や家族経営農家、鉱山や鉄工などの労働者になぜ支援策を実施してこなかったのか」、「(移民や貿易の政策で)本当の変化の時が来た。今後は税金を安くする。(水質浄化などの)規制を緩める。貿易交渉では大きなディールをやってみせる」。 
 2012年選挙で民主党のオバマは中西部など16州の8州を制したが、4年後にトランプは13州で勝利。共和党へくら替えした地方有権者が少なくなかったのだ。
 何があったのか。TPPなどの貿易協定への不満に加え、オバマ政権に対する農家の失望があった。それは、農薬などの流出による河川・湖沼の水質汚染を防ぐための規制強化だ。水質浄化規制は農業をもともと対象から外していただけに、農家の怒りが広まったのだ。
 それだけではない。地方有権者の間では、地域経済の空洞化に対するやり場のない不満と、地方を阻害するワシントンのエリートたちへの憤りが強まっていた。


◆各地で廃村が現実に
 空洞化は家族経営農家の減少に起因する(1959~2017年に全米農家戸数は371万戸から204万戸へ45%減)。農家が利用する各種の資材店舗や事業所、食料雑貨店や飲食店などが閉鎖に追い込まれ、学校や教会の統合が人口流出を加速させた。今やアメリカ中央部では、「食料砂漠」が広がり、各地で廃村が現実化している(写真参照)。
 医療用麻薬のオピオイド(鎮痛剤)の過剰摂取による死亡者(17年全米で4万7000人)が地方で急増するのも重たい課題だ。背景には貧困と人びとの閉塞感がある。
 また、経営難などに苦しむ農家の自殺も増えた。農業州などの17州で農林漁業者の自殺死亡率は10万人当り84.5人(16年)。全職種平均の5倍という高水準だ。
 弱者へのしわ寄せも深刻だ。都市部では児童の貧困率が18.8%だが、農村部では23.5%(17年)。女子高校生の出産率も高い。5万人未満の農村部では、15~19歳1000人当りの出産率が30.9人(15年)、5万人以上の都市部の1.6倍だ。


大統領選 大接戦の予想 

◆大統領選 大接戦の予想
 こうしたなかで行われた16年選挙。結果はトランプの辛勝となった。代議員の獲得では304人対227人と大差をつけたが、一般投票ではクリントンを2.1%(287万票)下回ったのだ。
 当選後の世論調査もこの実態を引きずってきた。ギャラップ調査では、17年1月~20年2月のトランプ支持率が平均40%(最高49%、最低35%)。共和党員の85%前後の支持を維持するも、それだけでは再選確実とならない。共和党員の割合は有権者の27%ほどに過ぎないからだ(無党派41%、民主党員29%)。
 しかも、大統領選に関する10社の全米世論調査(2~3月実施)のうち9社が、平均7.4ポイント差で「(民主党有力候補の)バイデン勝利」を予想しているのだ。選挙は間違いなく大接戦になる。2大政党の支持基盤がほぼ固まり、拮抗しているからだ。
 1970年代以降、離農者やアフリカ系アメリカ人、移民などの流入で都市が膨張し、治安や教育環境が悪化。同時に、郊外の新たな高級住宅地へ転出する白人高所得者が増え出した。流入と転出は続き、1990年代以降、同じような所得水準の同じような倫理観や政治意識を持つ人々の等質社会が都市の内外に誕生した。この棲み分け(ソーティング)現象がある地域に共和党支持色の強い地区を生み出し、他に民主党支持の地区を誕生させて政党支持の固定化を促進したのだ。


◆民主党"応援"メディア
 接戦が予想されるだけに、トランプ再選には地方の岩盤支持確保が大前提だが、民主党候補にとってはその切り崩しが重要となる。
 工場労働者や農家の支持をつなぎ留めるため、大統領はなりふり構わず利益誘導策に注力してきた。その策とはTPP離脱とNAFTA再交渉、それに水質浄化規制の緩和と米中貿易戦争による被害農家への救済金バラマキであった。
 他方、民主党予備選候補者たちは中西部の農家などへの接近に力を入れた。大規模なインフラ投資や人工知能・バイオ関連企業の誘致、アグリビジネスによる市場寡占規制と中小農家への支援強化など、雇用増と地方経済の活性化策を次々に打ち出し、農家や地方住民に支持を訴えたのだ。
 注目されるのは、民主党側の地方選挙区対策に対するメディアの応援ぶりだ。トランプにフェイクニュースと罵倒されたメディア各社は、大統領と農家の間を引き裂くための"逆襲報道"を展開する。
 例えば、トランプ政権は貿易戦争の被害農家に18年から2年連続で救済金を支給。これに対し19年6月21日のワシントン・ポストは、「かつて熱烈に支持した一部の農家がトランプを疑い始めた」との記事を掲げ、「救済措置は出血する動脈にバンドエイドを貼るようなもので、(この程度では)どの農家も救えない」とする農家の発言を詳しく報じた。
 また、8月29日開催のイリノイ州農業博覧会へ電話で参加した大統領の演説について、地方紙情報サイトのルーラル・ブログは次の見出しで酷評した。「中国との貿易戦争は長引く可能性があると農家へ伝えた大統領は、同時に選挙での投票を訴えた。会場にいた何人かの農家はその演説に拍手を送り、別の何人かは会場を去り、数人の農家はヤジを飛ばした」。


注目される接戦州の行方 

◆注目される接戦州の行方
 米中貿易戦争さ中の昨年5月、政治評論家のチャールズ・クックはこう述べた。
 「地方有権者がトランプ支持の熱意をどれだけ後退させるかが焦点となる。どれほどの農家が投票場へ向かうか。それこそ、ますます興味深くなる問題だ」。
 メディアの"期待"の背景には、中西部諸州におけるトランプ支持率の低下があった。最注目はトランプ当選を決定づけた大接戦の3州。すなわち、ペンシルベニア州(得票差約4万4000票、率で0.7%)、ミシガン州(同1万票、0.2%)、及びウィスコンシン州(同2万3000票、0.7%)だ。
 三州の代議員数は合計四六人。民主党候補が次期選挙で三州すべてを奪回すればトランプは負ける。だが、そこでのトランプ支持は昨年秋から盛り返してきた(表参照)。信頼度で評価の高いクック・ポリティカル・レポート(3月13日号)も、3州の大接戦を予測している。
 3州の有権者に占める農家の割合は違うが、トランプ岩盤支持の農民と家族、輸送・販売等に関わる農業関係者の数パーセント(各州約5000~1万人)が民主党候補へ回るかどうか。それだけでも大接戦を制するカギになりうるのだ。

アメリカ地図 


◆救済金問題とコロナ対策
 こうしたなか、新たな救済金問題が注目を集めてきた。
 1月16日の米中貿易交渉合意(第1段階)に基づき、中国は2020年アメリカから400億ドル(同戦争前より160億ドル増)を輸入すると、大統領は太鼓判を捺した。だが、2月20日に農務省高官は20年度の輸入額を(新型コロナ禍の影響などを踏まえ)140億ドルへ大幅修正。これに対し大統領は翌日、「必要なら農家はさらに救済金を支給される」とツイートした。 ところが、パーデュー農務長官は3月4日、「農家は次の救済金を期待すべきでない」と強調。その裏には、過去2年間の支給をめぐる疑惑について、議会行政監査局(GAO)が調査を開始したという事情があった模様だ。
 農家純所得の全米総額の21%(19年)に匹敵する巨額の救済金だけに、選挙前の支給の是非にメディアの関心は高まる。それに、外国企業所有の大規模農場による不正受給や選挙対策をねらった不公正な配分が監査で明らかになれば、メディアの逆襲に拍車がかかるのは必至だ。
 他方、昨年の自然災害も加わった農業情勢は、「80年代農業危機の初期段階に似てきた」と言われるほどだ。しかし、急浮上した新型コロナ問題で、検査キットの国内開発の遅れや露呈した脆弱な緊急医療態勢への批判が高まり、経済的な困窮者の急増が危惧されるなかで、農家への救済金継続がはたして可能なのか。展開次第では、大統領が地方選挙区対策で墓穴を掘る可能性も否定できない。
 それに、地方選挙区におけるコロナ問題の扱いは大統領にとってよりやっかいだ。万が一、農業州の高齢者施設や教会、食肉加工場などでクラスター感染が発生し、政府がその対応を誤るようなことになれば、地方の岩盤支持が一気に崩れかねないからだ。
 なぜなら、医療体制の後退に地方有権者は不満を強めてきたからだ。13~17年に64の農村総合病院が閉鎖。残りの20%(約400カ所)も経営危機に直面する。コロナ対策の医師や看護師、病床に加え、人工呼吸器の極端な不足を指摘する地方の医療関係者の声をメディアはすでに大きく報じ始めているのだ。
 農文協発行の近著のなかで筆者は、家族経営農業の後退に起因するアメリカ農村部の空洞化の現地調査を踏まえ、「社会のバランスがいったんゆがめられ、その調和を失ってしまうと、そこに生じた政治の危機と社会の混乱を短期間に修復することが困難」になると述べた。
 疎外感を強める地方有権者の期待に政治はどう応えるのか。「アメリカ農民を再び偉大に」との大看板を掲げる『トランプ劇場』の公演から、日本の有権者が学べることは少なくない。

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