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動向「注視」する農業界、新基本計画に触れず輸出「突出」【検証:菅政権1】2020年11月2日

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農政ジャーナリスト・伊本克宜

国会論戦が本格化する中で、波乱含みの新政権の船出だ。菅義偉首相初の所信表明は、具体策が並ぶ一方で大元の国家像はあいまいなまま。農業は競争力強化や海外輸出に力が入る。だが、果たして新型コロナウイルス禍でどれだけ現実性があるのか。まずは農業再興へ生産基盤再構築こそ農政の「一丁目一番地」に据えるべきだ。

検証「菅政権」会見をする菅首相(首相官邸HPより)

「中身」問われる農産品輸出

所信表明で目立ったのは具体的な案件の羅列、つまりはミクロ経済の重視だ。そして「年末まで」と、期限を切ったスピード感を繰り返した。半面で国家像、大局観は見えない。菅氏で思い出すのは理不尽な農協改革の経過だ。旗振り役となった改革派官僚・奥原正明元事務次官をめぐり当時の農相にこう聞いた。「奥原氏は農協関係者と意思疎通ができていない。多くの異論がある中でなぜ農水官僚のトップとする人事をしたのか」と。すると「私の人事ではない。菅官房長官(当時)が決めた」。それを聞いてあ然とした。官僚の人事を握り、政策を官邸主導で行う。そんな菅さんが首相となった。さてどうする。どうなるのか。

所信のうち農業案件を見てみよう。主に4番目の柱「活力ある地方を創る」の中で語られた。特に強調したのが農産品の輸出拡大だ。「輸出額はまだまだ伸ばすことができる」として、10年後の2030年5兆円目標に向け「当面の戦略を年末までに策定」と具体的な日程を示した。今後は食品・農業界のオール・ジャパンでの対応が求められる。

懸念するのは、農林水産物・食品輸出の「内実」だ。水産物や加工品が多くを占め、肝心の農畜産物の割合は極めて少ない。肝は米と和牛肉など食肉の輸出をどう増やしていくのか。少子高齢化が進む中で、国際市場に目を向けていくのは間違いではない。輸出の拡大を通じ生産者に利益が還元され、やる気が出る。それによって新たな担い手が生まれる。こうした農水省が描く「輸出好循環」が実現できれば結構な事だ。

だが特に農畜産物の「内実」は、輸出コストや輸出先の受け入れ体制不備などでの廃棄リスクも加わり、とても農家への利益還元とはなっていない。生産者が儲かり、生産意欲につながる輸出ができなければ、5兆円の数字だけが踊る「机上の空論」となりかねない。

「自給率」視点の欠如

地方振興の手順があべこべではないか。国内農業再生には、輸出振興の前にやることがあるはずだ。

食料自給率38%(カロリーベース)という先進国最低の異常国家ニッポンの汚名返上である。国民に4割足らずの国産の食料しか提供できない実態をどう解消するのか。三つの安全保障、軍事、エネルギー、食料のうち、国民の命に直結する食料安全保障が軽視されていいはずがない。

政府は3月、新たな食料・農業・農村基本計画を閣議決定し、自給率向上へ生産基盤強化の取り組み本格化を明記した。しかも、これまでの競争力強化を前面に出した産業政策偏重を是正し、家族農業支援を含む地域政策を「車の両輪」と位置付けた。その視点が全く欠けたまま輸出突出としたのでは、市場開放の見返りとしての輸出ではないかと見られかねない。

国内生産基盤強化→自給率向上→「出口戦略」としての輸出――こうした内外バランスを取った図式で、農業振興と元気な地方を創るべきだ。


「空虚」に響く地方創生

菅首相にとって「地方」とはどんな存在なのか。繰り返すフレーズ「私は雪深い秋田の農家生まれ」は、決して生まれ故郷を誇っている訳ではない。むしろ鄙(ひな)として、是正すべき対象ということだろう。

所信では「地方の所得を増やし地方を活性化する」とした。発想の背景には、農業改革遂行も見え隠れする。「毎日農業記録賞」で表彰されるなど先進的なイチゴ農家だった父・和三郎氏の存在が大きい。地域内での角逐などを見て育ち、農業大学校への進学を薦めた父親に反発し高卒後に上京し政治家になる半生は、「地方」への屈折した思いと重なるはずだ。先に挙げた改革派官僚・奥原氏を重用し、その後の農協改革は力ずくの「官邸農政」で、生産現場との意識のずれが目立った。こうした農政路線は見直されなければならない。「地方」は経済面ばかりでなく、食料生産の場、癒しの場、国土保全など多面的機能を有す。地方の疲弊を救うには、住民挙げて課題に取り組み協調性や協同の力も欠かせない。「地方創生」と「協同組合」は対立概念ではなく、逆に極めて親和性が高いことを直視すべきだ。

菅政権は今後の農政改革をどう対応するのか。農業界は「警戒」の一方で、今後の出方を「注視」する。首相直系とも言える野上浩太郎氏を農相に据えた。野上氏は菅官房長官時代に官房副長官を務めただけに、菅-野上ラインのパイプは太い。

野上農相は若さを前面に出した行動力で現在、関係者の意見をくみ取りながら手堅い農政運営をこなす。国会でも大きな議論となりかねない新型コロナウイルス対策の「高収益作物次期作支援交付金」、いわゆる次期作支援の要件変更問題でも、関係者の声を丁寧に聞く姿勢を示す。今後、米需給対策と共に、具体的な対応をどうするか政治手腕を問われる場面となる。

「自助、共助、公助」逆さま論

所信の締めくくりで首相は、目指す社会像を「自助・共助・公助」そして「絆」とした。一見当たり前のことだが、この順番でいいのか。さらにはもう一つの〈助〉である「互助」が抜けているのも気にかかる。

自助努力は当然だが、人々の個々置かれた環境でその対応は異なる。だからこそ共助と公助が必要となる。人と人が支え合う組織・協同組合の強みでもある互助も加わり、全体で誰一人取り残されない社会のセーフティーネット構築が急がれる。まず自助を掲げ、最後に公助を置いたのでは、何のための政治なのかとなる。自助、共助、公助のバランスを取り、互助も含めた社会の〈絆〉構築こそが目指す社会像にすべきだ。

(次回 検証:菅政権 2は『スガ人脈を読み解く』です)


スガ人脈を読み解く――目立つ構造改革派 乏しい「言葉力」補えるのか

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