米中激突の行方左右する大統領選--日本農業にも影響【クローズアップ:米国大統領選】2020年11月4日
今後数年にわたり世界政治、経済の行方に大きな影響を与える重要な動きが続く。中でも米中の動向は注視が必要だ。特に3日(日本時間4日)の米大統領選がどうなるのか。次の通商交渉とも絡むだけに、結果次第で日本の農業にも様々な影響を与えかねない。
日本の立ち位置
日本の立ち位置を端的に示す言葉は、自由で開かれた「インド太平洋」構想だ。日本は歴史的に米中の2大国の間で揺れ続けた。両者を敵に回したときには、歴史的な手痛い敗北を喫している。先の大戦が典型だ。そこで、戦後、自由陣営に身をゆだねた日本の外交基軸の根幹は日米同盟の深化に尽きた。米国は沖縄の米軍基地を対アジア、特に中国、朝鮮半島をにらむ軍事的拠点と位置づける。安倍、菅政権と受け継がれる「インド太平洋」構想は、外交、軍事が結び付き対中政策の柱となりつつある。
菅義偉首相は所信表明で「インド太平洋」との言葉を使ったが、あえて「構想」とは言わなかった。中国が同構想を「対中包囲網」として危惧しているためだ。習近平国家主席の訪日が政治日程に上がっている中で、へたに中国側を刺激したくないとの思惑が透けて見える。日本の対中対策は和戦両様といったところだ。中国とは経済的な友好関係を保つ一方で、尖閣諸島をはじめ軍事的安全保障は日米が歩調を合わせ中国に対抗する。そこで、日本の今後の外交戦略で重要となるのは、この両国の政治戦略を精査しどう付き合っていくのか。特に米大統領選後の対応が鍵を握る。
米国はコロナで「青い波」覆うか
3日の米大統領選投開票の結果に世界が固唾をのむ。ただ、この結果はすぐには出そうにない。先に述べた「投開票」との表現も正確ではない。新型コロナウイルス禍で感染防止から期日前投票が既に1億人を超え記録的な数に上る。州によって開票方法が異なるため、すぐには結果が出ない。共和党・トランプ支持者は圧倒的に当日投票が多く、逆に民主党バイデン支持者は期日前投票の割合が高い。そこで当日開票結果で共和党が多数を占めトランプ氏が「勝利宣言」をしてしまう可能性すらある。鍵はフロリダなど選挙人の数が多い接戦州がどうなるのか。だが、開票には数日かかるとみられ、最終的な勝敗は投開票当日にはつかない。
もう一つの焦点は、今回の選挙が大統領ばかりでなく上下院の議会選挙、11州で州知事選が同時にある点だ。米国は議会の力が強く、上下院の結果次第で政府の提出した国家予算案が通らなかったり、通商交渉など外交上の重要案件も左右する。注目は現在、与党・共和党が多数を占める上院の行方。議会選挙は民主党が有利とみられ、共和党の赤、民主党の青の両党のシンボルカラーから「ブルーウェーブ(青い波)」が全米を覆うとの見方もある。大統領選は先行するバイデン氏をトランプ氏が猛追する構図だが、実際は表に出ない「隠れトランプ支持」も相当数ある。万が一、トランプ氏が逆転勝利したとしても、連邦議会が民主党が多数派を形成すれば、法案が一切通らず政権が機能不全に陥る可能性もある。
いずれにしても、選挙全体に決定的な影響を与えるのは「影の主役」だろう。トランプ政権のコロナ対応を有権者がどう見るか。医療先進国の米国が900万人を超す世界最大の感染国となり苦しんでいる。政権の危機感の欠如と初動の遅れが大きい。トランプ氏は「チャイナ・ウイルス」と連呼し中国の責任転嫁に終始する。特にコロナに死者数に注目したい。既に全米で23万人を超えた。日本の約1800人に比べ桁違いの多さ。しかも被害は、黒人、ヒスパニックら貧困層に集中している。これが有権者の投票行動にどう響くか。トランプは数日後に「COVID‐19(新型コロナ)に負けた」と言うかもしれない。米国は戦争などでの死者数を重要視してきた。特にベトナム戦争に負けてからはそうだ。45年前のベトナム戦争で米国人の死者数は5万8220人。この数字を超えて死者が出る心理的な影響は大きい。朝鮮戦争で約3万6000人、100年前の第1次世界大戦で約5万3000人。既に「コロナ戦争」での死者はこれを大きく超えた。日米が死闘を繰り広げた先の大戦で米国の死者は29万人強。この数字に迫ってきた。米国史上の最高死者数は150年以上前の内戦・南北戦争時の49万8000人。これが「コロナ敗戦」と言わずに何というのかとも思う。
中国は毛沢東に哀愁
一方で中国はどう出るのか。ここで押さえておきたいことはトランプ、バイデン両氏どちらになっても米国の対中姿勢は厳しくなることだ。米国は今、19年前に中国を世界貿易機関(WTO)に招き入れたことを後悔している。国際通商ルールに従わせれば、やがて中国内も民主化し世界と協調体制を取る。そんなシナリオは悪夢に終わった。WTOの途上国条項も最大限に活用しながら経済大国化し、経済規模は10年前に日本を抜き世界2位になり、米国に迫ってきた。党主導の「国家資本主義」ともいえる体制で経済発展を遂げる。国家が前面に出たコロナ封じ込めで経済はいち早く復調してきた。共産党の一党支配で自由を弾圧する強権、領土拡大の膨張主義を推し進める。
ここで今後の習政権の出方を占う出来事を見たい。10月末の中国共産党の重要会議、5中全会(中央委員会第5回全体会議)の決定内容は示唆に富む。
実は中国は今後、国家的なイベントが続く。来年夏には中国共産党創建100年、翌2022年2月には北京冬季五輪。今回の5中全会は25年までの次期5カ年計画と、35年までの長期目標も議論した。2035年は現在の2020年と、中国建国100周年となる2049年の中間年に当たる重要の年だ。
中国は対米長期戦に覚悟を決めた。10月の朝鮮戦争参戦70年式典で習主席は、米国を念頭に一国主義、保護主義を批判した上で、主権が侵されれば「正面から痛撃を与える」と強硬姿勢を示した。先の5中全会では「双循環」というキーワードを使った。国内と海外の二つの市場を指す。つまり、米中紛争の長期化を覚悟し国内、つまりは10億人以上の巨大市場を生かす内需拡大に舵を切った。米国の制裁関税など経済的圧力にも屈しない「自力更正」という毛沢東時代の言葉もキーワードにしながら、対米紛争を勝ち抜く姿勢だ。
2大国激突で日本にも「乱気流」
ビッグ2の経済大国の激突は世界を「乱気流」の渦に巻き込む。当然、日本も例外ではない。米中とどううまく付き合うのか。菅政権の外交手腕は今後の我が国の経済の浮沈に直結する。日本農業にも大きな影響が出てくる。米国は新政権が固まれば、年明け1月20日前後の大統領宣誓、所信表明以降、具体的な行動に移る。中でも要注意は安全保障と絡めての経済的な圧力だ。日米通商交渉の再協議などが日程に上がるだろう。
現在、食肉などの品目に比べコメへの影響は限定的に抑えられた。以前、大沢誠農水審議官に取材すると「トランプ氏は選挙最優先で、共和党が強い関係州の品目に政治的圧力を強めていた。乳製品の市場拡大はライトハイザー通商代表が最後まで固執したが何とか乗りきった」と応じた。稲作生産は民主党の地盤が多くトランプ政権の関心が薄かったという言うことだ。だが、民主党が大統領を奪還したら話は全く異なる。しかも上下とも議会が民主党の「青色」に染まったら、対日経済圧力は一段と高まると見た方がいい。
一方で中国との経済関係強化も欠かせない。特に農畜産物で中国の「巨大な胃袋」は魅力的に映る。日本では主食用米が記録的な過剰となる中で、中国市場の扉が開けば需給問題は一転する。米中激突の行方を精査し、日本丸の進路を安全航行させるためにも、元気な日本農業の再構築が問われる。
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