「スガ本を読み解く」官邸主導へ官僚人事握る敵に回せば怖ろしい男【検証:菅政権3】2020年11月9日
大型書店に足を向ければ新政権誕生関連の本、いわゆる「スガ本」の特設コーナーが目に付くはずだ。中身は虚実ない交ぜだが、参考となる書もあり、菅政権の本質を探る一助になる。それらのページをめくると、確かに掲げた政策実現へ強力なリーダーシップの熱量が伝わる。手段は人事権を掌握し官僚を操る術だ。ただ官邸主導、政治主導が過ぎれば、日本の進むべき道を誤ることもあり得る。(敬称略)
米国大統領選挙等についての会見をする菅総理
(首相官邸HPより)
本質突く「マクベス」
本題の「スガ本」に入る前に、権力の本質を突く本と言葉をいくつか。まずはシェークスピアから。約400年前、1616年没の世界的な作家だ。没年が徳川家康と同じなので覚えやすい。彼の戯曲「マクベス」は、物語の先行きを暗示する冒頭の3人の魔女の語りから始まる。「きれいは穢(きた)ない。穢ないはきれい。さあ、飛んでいこう霧の中。汚れた空をかいくぐり」。スーパーナンバー2だった菅義偉が首相になる決断をする際に、こう心で反問したかは分からないが、「きれいは穢ない。穢ないはきれい」は清濁併せのむ政治の実態、晴れのち嵐が見舞う権力の中枢の景色を表す。あるいはシンガーソングライター中島みゆきの「わかれうた」はどうか。彼女の詞はへたな作家よりもよほど文学的だ。この曲に出てくる〈別れはいつもついて来る 幸せの後ろからついて来る〉は「一寸先は闇」の政治をも映す。
菅政権は、先の大統領選をめぐる米国政治の混乱ぶりに困惑しているに違いない。ここで、ベトナム戦争をはじめ名ルポを世に送ったジャーナリスト・本多勝一の慧眼に改めて驚く。ルポ「アメリカ合州国」の表題は〈合衆国〉ではなく〈合州国〉である。この国が民衆主体ではなく、異なる州の連合体で形作る実態を物語る。
「したたか」の4字
人事権を完全掌握し官僚を屈服させる辣腕。「従わない官僚は辞めてもらう」と公言する姿を称し「人斬り菅」とも言われる。野党の追及や意にそぐわない記者からの質問にいらだつ様子からは「イラ菅」のあだ名が付くかもしれない。この言葉は元々、民主党政権時代の菅直人首相に付けられた。すぐ切れる性格からだ。同じ漢字でも〈かん〉と〈すが〉と読みは違うが、どちらも国会答弁時のイライラぶりがテレビ画面からも見て取れる。二人の菅は、戦後まもなくの第一次ベビーブーム時代に生まれた同じ団塊世代という共通点があるのも興味深い。
菅首相の本質を表す4文字は「したたか」だろう。スガ本でも読むべき一つ、「したたか 菅義偉の野望と人生」(松田賢弥)は、的確な人物評伝である。「味方にしたら心強いが、敵に回したらこれほど怖い男もいない」の証言は、力尽くで農協改革を強行し関係者を困惑させた姿とも重なる。
好物はパンケーキ。大の甘党で酒は飲まず、タバコも吸わない。趣味は渓流釣り、ゴルフ。座右の銘は「意志あれば道あり」。平日は朝5時起床、40分ほど散歩してから官邸近くのホテルで一汁一菜とも言うべき野菜、果物、ヨーグルトドリンクなど軽い朝食を済ませる。特色は「朝活」。朝に政治家、官僚、財界人などと会い、具体的な話を聞きながら今後の政治対応や政策などを練るのが日課だ。
波紋呼ぶ「政治家の覚悟」
本人が書いた文春新書の改訂版「政治家の覚悟」は書店でうずたかく積まれている。ここで語られるのはたたき上げ人生だ。「私は雪深い秋田の農家生まれ」とおなじみのフレーズからは、地方から裸一貫で出てきて、さまざまな苦労をへながら政治家の道を歩んできた自負心がのぞく。だが、この本が波紋を呼ぶ。週刊ポスト11月20日号に「菅首相『自己礼賛本』印税の厄災」と題し金銭の不明朗さや「不都合記述の削除」などの問題が指摘された。同時に安倍前政権の内幕物の「官邸官僚」を書いたノンフィクション作家・森巧の連載「偶人宰相」も始まり注目したい。「政治家の覚悟」には元官房長官で師・梶山静六の「官僚は説明の天才だ。お前なんかはすぐ丸め込まれる」とある。この言葉を胸に刻み、政策作りに励んだ日々を明かす。地方への思い入れも強く「農業改革」「観光」に力を入れてきたことを強調するが、なぜ農業改革が地方振興につながるのか、具体策は見えない。
二つの愛読書
菅の二つの愛読書は「リーダーを目指す人の心得」(コリン・パウエル元米国務長官)と「豊臣秀長 ある補佐役の生涯」(堺屋太一)。確かにどちらも含蓄のある著書に違いない。
秀長は天下人・秀吉の弟で、豊臣政権の調整役に力を発揮した。身内で秀吉が最も信頼を寄せ頼りにした。実直な人柄で家臣から好かれ、多くの武将から慕われた。早死にするが、長命なら家臣団を丸く収め千利休の切腹などもなかったろう。場合によっては徳川家康の天下取りの野望さえ失せたかもしれない。菅の着眼はそんな人徳などにない。秀長の調整役としての大局観とナンバー2、補佐役の心得だ。首相の女房役、番頭、政権危機管理を担う官房長官を長く務めた菅にとって「補佐役」とはどういうものなのか。安倍政権時には一度も寝首をかく野心は見せなかった。いや、本人は一度も考えなかったろう。ただ、8月末、ポスト安倍に名乗りを上げてからは「これからは秀長ではなく秀吉になる」と周囲に漏らし天下取り=自民党総裁・首相になることに意欲を示した。
もう一つのパウエルの本は示唆に富む。国務長官の前は統合参謀本部長を務めた軍人だけに、指摘は具体的かつ実践的だ。菅の愛読書ということもあり改めて注目を集め、版元の飛鳥新社は大幅な増刷に乗り出した。同著は都合よくさまざまな読み方ができる。そこで菅は例えば「何事も思うほどに悪くはない。翌朝には状況が改善しているはずだ」など、自分の使える項目をメモ書きする。しかし、日本学術会議問題などの木で鼻をくくったような国会答弁を見る限り、「信頼、責務、結果責任は一体のもの」などの指摘は読み飛ばしているかもしれない。
対マスコミ対策
どうマスコミを操縦するかは政権の命運に直結する。スガ関連本の最後に、緊急出版の形でニューヨークタイムズ紙元東京支局長が書いた「吠えない犬」を挙げたい。
ずばり「安倍政権でアメとムチの手法でメディアをコントロールしてきた中心人物が菅新首相だ」と。そして、「権力を監視する『番犬』たる記者はなぜ戦えなくなったのか」と問う。全国紙の一部は政権擁護の一方で立憲民主など野党攻撃に力を入れている実態がある。権力監視を放棄したら政権は国民軽視で暴走しかねない。野党はひとたまりもない。今日の与党・自公政権の圧倒的多数はこうした報道姿勢も深く関わる。
先のパウエルの本にメディア対応も出てくる。国務長官として定例会見を通じた経験を具体的な描く。この中で「記者は質問する権利がある。私は答える権利がある」と語る。これをそっくりそのまま菅が官房長官時代に心がけてきた。つまり記者はどんな質問をしようが勝手だが、どう応じるかはこちらの自由だという解釈だ。官邸会見で食い下がる東京新聞社会部の女性記者へ「指摘は当たらない」「さっき答弁した通り」と繰り返す応じ方はこの典型だろう。
以上、スガ関連本を参考に、菅自身の本質、体質と政権の性格を読み解いた。詳しくは挙げた本を精読なさるのをお勧めする。なお、スガ本の横には、総裁候補として争った石破茂の本も置かれているケースに注目したい。石破は読書家、勉強家、政策通としても知られる。彼の「政策至上主義」(新潮新書)などは、実利を最優先の菅との違いがよく分かる。それが石破の良さでもありが、逆に欠点にも転じかねない。今回の総裁選菅圧勝にご本人こそ痛感しているはずだ。
(次回の「検証 菅政権」4は「混迷大統領選と日米関係」)
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