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コロナ、五輪、景気「3点セット」 見誤れば政治の浮揚力は「失速」【検証:菅政権5】2020年11月18日

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農政ジャーナリスト・伊本克宜

師走の足音が高まり、予算の季節本番となる。今回の予算論議は新型コロナウイルス禍での特殊事情が大きい。それに加え菅新政権の手腕発揮という政治的な思惑も重なる。予算の重みは首相が関心を持つ「スガ案件」最優先。予算の比重は政策優先度と表裏一体だ。そして、政権の浮沈を握るコロナ、五輪、景気の「3点セット」が浮き彫りとなる。(敬称略)

政府与党連絡会議で挨拶をする菅総理政府与党連絡会議で挨拶をする菅総理(首相官邸HPより)

「鬼滅」問答と本質

「スガ案件」と財政の本題に触れる前に、国会でのやり取り、中でも日本経済のGDP引き上げ試算も出始めた一大ブームのアニメ「鬼滅の刃」の問題に触れておこう。これが菅の本質にも迫る一つでもある。
事の発端は、菅が衆院予算委員会で答弁の冒頭、野党議員に「『全集中の呼吸』で答弁する」と切り出した。その後、定例の官房長会見でも「首相は原作を読んでいるのか」など話題となる。内実は首相周辺の民間ブレーンの一人が話題の「鬼滅の刃」を答弁に入れたらどうかと進言したらしい。連載「検証 菅政権」2の「スガ人脈を読み解く」でも触れたように、多彩なブレーンを抱えており、入れ知恵を受けた。国民にもわかりやすく親しみもわくと考えたのだろう。

その後、このアニメに絡んだ質疑も続く。国民民主党の玉木雄一郎代表がコロナ対策を「全集中の呼吸で取り組むべき」と求めた。論客でもある立憲民主党の辻元清美は手厳しい。学術会議問題を巡り同アニメの台詞を盛り込む。「私が言うことは絶対である。こうならないように」と首相をいさめた。主人公・炭治郎らが戦う鬼の元締めで〈きぶつじむざん〉と読む鬼舞辻無惨の言葉を切り取ったものだ。

せっかく国会でも〈鬼滅ブーム〉が起きているのだから、言い出した首相本人にもぜひ全20巻余ある原作の読破を薦めたい。そうすれば幾多の修行の末に得られる「全集中の呼吸」などと軽々しく言わなかったはずだ。その後の答弁を聞いても炭治郎の真剣勝負とはほど遠い。間違っても問答無用の権力の〈刃〉を振り回すことのないよう自ら戒めるはずだ。

参考本には「『鬼滅の刃』の折れない心をつくる言葉」(藤寺郁光)がわかりやすい。感情を動かす、自分を信じる、あきらめない、強くなる、仲間を想うの5つの側面から整理している。アニメの本質は、主人公の成長物語と同時に、家族愛や友情、大切な物を思う心を描いている。子供たちがキャラクターに憧れるとともに、その生き方に共感して大人にも人気が広がったことを忘れてはならない。決して、国会答弁で相手を倒す術を説いているわけではない。時代背景を大正時代としたのも、明治でも昭和でもない同時代の多様性を配慮したのかもしれない。

「トンネルの先にある光に」

我が国、いや菅政権にとって今週の最大ニュースは国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長の来日と、コロナ禍の中でも東京五輪開催の決意を共有できたことだろう。既に五輪開催は日本だけの問題ではなくなっている。バックには米国巨大メディアの莫大な放映料の存在、IOCの存在意義も問われている。東京五輪の半年後には、米国と対立する中国・習近平が威信をかける北京冬季五輪も控える。東京がだめなら北京も無理とのドミノ理論が成り立ち得る。つまり「中止の選択肢はない」と、退路を断ったのだ。

振り返れば今から27年前、1993年冬、スイス・ジュネーブでのガット・ウルグアイランド交渉妥結の取材終了後、近隣のローザンヌに立ち寄ったことを思い出す。歴史を刻む物静かな町並み。小高い丘を登っていくとIOC本部が見えた。4年に一度、世界中を熱狂させる夏季五輪の司令塔となる同本部は、各国の利害が交錯する政治の舞台でもある。そして今、半世紀ぶりに再び東京での五輪開催を巡り様々な憶測が流れる。
菅政権にとって五輪は今後の政局とも絡む重要な要素だ。そう言えば、56年前の1964年10月、東京五輪後に池田勇人首相は辞意を表明、安倍晋三前首相の大叔父に当たる佐藤栄作に代わる。コロナ、五輪、景気の「3元連立方程式」の答えが今後の政権の行方を左右するのは間違いない。

バッハは会見で「東京大会をトンネルの先にある光としたい」と前向きなメッセージを発し、それを聞いた菅は笑みをたたえた。先月26日の臨時国会所信表明で「来年の夏、人類がウイルスに打ち勝った証として」と前置きし五輪開催を強調した。

それにしても「トンネルの先の光」とは心許ない。暗闇の一筋の灯火ほどの意味である。コロナ猛威が続けば、その光は消える。全てはコロナをどれだけ押さえ込めるのかにかかる。感染者が全国拡大しても「GoToトラベル」が「GoToトラブル」に転じても止められないのは、景気に大きな打撃を与えかねないためだ。コロナ、五輪、景気は「一蓮托生」の関係で菅政権の命運を握る。その答えは年明け以降、遅くても春先には分かる。

政権発足2カ月

週初め16日で政権発足から2カ月が過ぎた。菅は周囲に「一つ一つ結果を出したい」と話し、政策の実現を通じて支持を集めて政権の基盤を強化していく道筋を描く。安倍のようなイデオロギー的な大局観はない代わりに個別撃破型で、なかなか進まなかった規制に穴を開ける手法だ。先に「鬼滅の刃」に絡め仲間を思いやる大切さを指摘したが、政治では仲間=国民、特に社会的な弱者への配慮が欠かせない。菅は真っ先に「自助」を挙げるが、それこそが「鬼滅の刃」の本質への理解不足だろう。それこそ「全集中の呼吸」は何のためにやるのかと言うことになりかねない。

「国民のために働く内閣」と凡庸なスローガンを掲げた菅だが、それだけ目に見える成果を急ぐ必要がある。自著の末尾に、権力論を説いたイタリアの思想家マキャベリの政略論の一説を紹介している。そこにはこうある。「弱体な国家は常に優柔不断である。そして決断に手間取ることは、これまた常に有害である」。菅の心情にぴたりと収まる字句が並ぶ。官僚に政策実行を迫る時の短気で怒気をはらんで表情はイライラする「イラ菅」そのものだ。特に「できない理由」を蕩々と述べるエリート官僚には容赦ない。どうすればできるのか、その答えを持ってこいと応じる。従わないなら代わってもらうとなる。

農協改革を進めた元事務次官の奥原正明は、経営局長時代から一人で官邸に出向きA4サイズ紙2枚ほどにまとめ菅官房長官(当時)に説明に行っていたという。確かに官房長官時代にテレビなどで農政改革を語る時に農地バンクを通じた農地の8割集積、目標額を定めた輸出による国内農業振興など、単純明快な説明は、奥原の手法が重なる。問題は生産現場の実態に果たして沿っているのかという点だ。足のサイズに合わせ靴を作るではなく、靴のサイズに足を合わせる「机上の論理」では、生産現場では受け入れられない。

さて、所信表明でも述べたデジタル庁、携帯電話料金値下げ、不妊治療の「スガ3大案件」の具体化は急務だ。先の「3点セット」と「3大案件」はマクロとミクロ経済の関係だ。

3次補正の行方

菅は関係省庁に追加経済対策の策定を指示した。2020年度第3次補正予算案を21年度当初予算案と一体で編成しコロナ対策と景気の本格的な回復を後押しする。既に20年度1次補正で26兆円弱、2次補正で32兆円弱の支出を追加してきた。与党にはこれに匹敵する規模を求める声も浮上している。政治的には、菅首相誕生の流れを作ったは二階俊博幹事長の力が増す。公明党との関係も良好で歳出圧力がいつになく強い。

3次補正の中身と規模がどう決着するかは、逆に言えば財政規律を重んじる財政当局と政治との力関係を映す。農業案件で急な要件変更の末に追加措置が決まった高収益作物次期作支援交付金の予算確保などは当然としても、コロナ便乗型の予算もある。財政赤字は空前の規模に達し、国の財布は借金が借金を呼ぶ危機的状況だ。菅がどう差配をするのかにも注目が集まる。

(「検証・菅政権」6は「総選挙はいつか」)

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