総選挙はいつか 来春以降が濃厚に――コロナ猛威が政権左右【検証:菅政権6】2020年12月3日
いったい解散・総選挙はいつなのか。政治の世界では目下の最大関心事だろう。菅義偉首相がいつ解散権という「伝家の宝刀」を抜くのか。大きな要素は、先が見えない新型コロナウイルス感染拡大だ。抑え込みに失敗すれば、政権の〈体力〉そのものを奪いかねない。各紙の最新の世論調査も軒並み内閣支持率が下がってきた。こんな中で、当初濃厚だった1月下旬解散は難しくなり、来春以降、特に五輪後との見方が強まってきた。(敬称略)
写真は首相官邸HPより
まだ「暫定政権」に過ぎない
権力を取れば、人は誰もが次に長く続けたいと思う。戦国武将では「豊臣秀長」を敬愛しスーパーナンバー2を自認してきた菅だが、思わぬ形で転がり込んだ首相の座を維持したいと思うのは当然だろう。そこで、情報管理、人事掌握が得意な性を生かし、腹心の警察官僚出身の官邸官僚を使いながら、政権維持の方策を探っているはずだ。
まずは臨時国会対応だが、日本学術会議の任命拒否問題はまともに質問に答えない形で乗り切ろうとしている。世論もうさんくささを感じながら、学者という象牙の塔の話であり既に野党の追及は食傷気味というのが本音だ。そこで、政権支持のメディアからは、コロナ対応、経済対策でまともな国会論戦を行うべきとの記事が多くなってくる。それこそが政権の狙いだ。尻尾をつかまれない。あとは国民が納得しようがしまいが同じ答弁を繰り返し審議時間を消化する。結果、時間切れで疑念はうやむやになる。安倍長期政権を支えた官房長官時代に培ってきた経験則をもってすれば、難なく乗り切れると踏んでいる。
臨時国会が週内で閉じるにしても、厳然たる事実が菅の脳裏を離れない。「暫定政権」の指摘がついて回ることだ。8月末の突然の安倍の辞意に始まり、幹事長・二階俊博の電光石火ともいうべき先制攻撃で権力の座を得たにしても、国民の審判を受けていない。あくまで自民党内部の権力の移行に過ぎない。「暫定政権」から「本格政権」の4文字を得るために、いつ決断すればいいのか。首相の政治勘が試されるのはこれからだ。
通常国会開催日をいつか
まず政権の意向、考え方が具体的に分かるのは通常国会の開催日をいつに設定するかだ。菅は事実上の臨時国会会期末4日夕方に会見し、今後の見通しなどを話す。「コロナ対策が最優先」と強調し、解散時期などは一切明らかにしないだろうが、憶測は各方面で広がる。
通常は1月20日前後で会期150日間で6月中旬に会期末となる。このところ大手メディアが相次いで政治記事の観測球をあげている。2週間前の11月中旬には、正月明け早々の1月10日前後に国会開会となるという報道だった。ところが先週末から一転。28日の週末土曜付主要各紙とNHKのニュースは「国会開会は1月18日を軸に。解散・総選挙は来春以降に」と流し始めた。日経は1面トップで「衆院1月解散は見送り」と打った。翌日曜日に朝日も日農も同様の内容を報じた。日刊専門紙の日農は時事配信を受けたので1日に遅れたのはやむを得まい。問題は朝日だ。安倍、菅に続く「アベスガ政権」は、政権攻撃を続ける朝日の報道姿勢を快く思わず、首相に近い情報筋も〈朝日外し〉に動いたのかもしれない。
来春以降となるのは、コロナ禍の先行きが全く見えなくなったためだ。さらに、安倍前首相の「桜を見る会」問題も再燃してきた。政治記者たちは複数の情報源を持つ。情報を出す方も、いくつかの新聞で記事を書かせ周囲の反応を見る。こんな「あ・うん」の呼吸の中で国会開催日程が収れんしていくことになる。
動かせない日程は来年10月21日で衆議院議員が4年間の任期満了になるということだ。任期ぎりぎりまで解散・総選挙ができないと言うことは、政権が世論の逆風に遭い選挙をしたくない時に多い。選挙結果で与党惨敗となれば、負け数によっては政権を手放さざるを得ない。衆院議員の任期は平均して2年半強。2年を過ぎればいつ総選挙があっても不思議ではない。それが今回は任期が3年1カ月を超す。
11月中旬の段階では国会開催は年明け早々の可能性が高かった。つまり首相が日程に余裕を持って政治課題をこなし、解散・総選挙の判断時期をある程度フリーハンドで対応できると言うことだ。逆に言うと、年明け以降はいつ解散があっても不思議ではないという理屈が成り立つ。だがコロナで目論見が全て狂う。
1月解散と歴史の巡り合わせ
政治、政局の乱気流に出会う時に、いつも思うのは歴史の巡り合わせの不思議さと皮肉だ。
当初菅が探っていた1月解散、2月総選挙は現行憲政下で過去2度ある。古くは今から65年前、1955年1月24日の鳩山一郎首相による「天の声解散」。鳩山の日本民主党(当時)は単独では衆院で過半数を持っておらず、左右社会党(当時)の協力も得て政権を取った。前年12月の組閣から45日後の解散は現行憲法史上最短記録だ。2度目は1990年の同じ1月24日に海部俊樹首相による「消費税解散」。時の自民党幹事長は豪腕の小沢一郎で金丸信率いる竹下派の力をバックに実質小沢が仕組んだ。結果は、自民党が安定多数の議席を得た。
3度目の1月解散、2月総選挙に持ち込もうとしたのが8年前の民主党政権最後の首相となった野田佳彦だ。かつての鳩山の日本民主党に郷愁もあったのだろう。2009年民主党政権誕生、自民党野党転落を経て首相となる鳩山由紀夫は先の一郎氏の孫に当たる。歴史の巡り合わせか。この時の政権交代の影にも小沢がいた。由起夫の父・威一郎は元外相を務めた。母・安子はブリヂストン創業者・石橋正二郎の長女だ。つまり由起夫は父方から鳩山家の頭脳と政治家の系譜、母方から財力を受け継いだサラブレッド。自民党時代の若き由起夫を今も思い出す。北海道選出だったため、自民農林合同会議などにも頻繁に顔を出した。長身細身で部屋に入ると深々とお辞儀をすることを忘れなかった。今思うと、いったい何のために誰に頭を下げていたのかと思う。おそらく華麗なる一族・鳩山家のサラブレッドのしつけの一環で幼い頃からの習性だったに違いない。別に意味などないのだ。
野田は結局、1月まで踏ん張りきれず2012年11月16日に解散に踏み切る。「近いうち解散」と呼ばれる。当時を間近で取材したが、惨敗覚悟の数々の民主党議員の顔が浮かぶ。議員バッジを外せばもう二度と国会に戻れないのではないかとの悲壮感が漂っていた。それにしてもなぜ、野党転落の危機迫る不利な状況で解散に打って出たのか。もう少し時を稼げば、反転攻勢の機会もあったのではないかとの思いも去来する。この時の衆院の議席は一部欠員などを除き478で、その半数は239。離党などで公示前与党議席は233。選挙結果は民主党57とほぼ壊滅状態に陥った。そして安倍晋三の2度目の首相就任、やがて7年8カ月という日本の政治史上最も長い政権となっていく。
その後、空中分解した民主党から野党第一党・立憲民主党が立ち上がったが、党勢回復、政権奪還にはほど遠い。そして、65年前の鳩山内閣時に存在感を示した社会党の流れをくむ社会民主主義政党・社民党も消滅の危機に立つ。
総選挙の「2つの山」
本題の解散・総選挙はいつなのか。11月初め、時事通信の松山隆政治部長と言葉を交わした。この時は2つの山が見える、と言った。最短は、冒頭に述べたように通常国会を年明け早々に開会し、大型補正である2020年度第3次補正予算案を可決した直後、1月下旬の解散、2月総選挙のケースだ。これには訪米がいつになるのかも絡む。バイデン政権は1月20日に発足する。まずは関係悪化状態の独仏など欧州との融和に動くとみられる。バイデンがアジア重視か軽視か見極めながら、菅は2月のしかるべき時期の訪米を探る。2月総選挙を経て党内基盤が盤石となれば、「暫定政権」から「本格政権」のトップとして新大統領と対峙することな可能となる。しかし、1月下旬解散はコロナ感染の動向で極めて難しくなった。特に感染拡大が急な北海道で、極寒と感染の両面から「選挙どころではない」との声が出るのは必至だ。
ここで、来年の重要な政治日程を整理しよう。1月20日の米大統領就任式、3月末の21年度予算案成立、7月22日の東京都議の任期満了、同23日からの東京五輪、8月24日には東京パラリンピック。9月30日に自民党総裁任期満了、そして10月21日には衆院議員任期満了を迎える。パラリンピックが終わるのは9月5日だ。来年の日程の真ん中、中間には都議選、五輪がある。この前後の日程はかなり厳しく総選挙どころではないだろう。そこで残された大きな山はである五輪終了後から総裁任期満了の間の9月上、中旬となる。これなら五輪の感動が国内中を覆い、やはり与党有利での選挙となりやすい。
また都議選とのダブル選挙、10月下旬の衆院議員任期満了近い選挙も想定される。
電光石火かじっくりか
選挙は勝ちか負けかだ。いずれにしても菅の政治勘がどう働くか。幹事長・二階の判断も大きく左右する。与党・公明党の了解も鍵を握る。
政権の目標ラインは与党で過半数となるが、それでは自民党内が収まらないだろう。自民党の現有議席は283。公明は29。与党合計で312と圧倒的な多数を持つ。野党の立民は113。「安倍1強」を称された安倍前首相の力の源泉は、国政選挙での連戦連勝だったからだ。それが菅に代わった途端、選挙で議席を大きく減らしたとなれば、9月総裁再選の芽は摘まれる。
菅の党内基盤は強くなく、再び派閥間の合従連衡も始まるだろう。勝機はいつなのか。菅は政権運営で結果を出し国民に示した上で、解散・総選挙と繰り返している。だがそれは本音ではないだろう。解散だけはいくら嘘を言っても許される高度な政治判断だ。解散時期を悠長に探っていたら内閣支持率の低下、閣僚の問題発言、不祥事など、いつ厄災に見舞われるかもしれない。コロナがさらに蔓延すれば政権責任は避けられない。
困難を押し切っての年明け早々の〈電光石火解散〉か、じっくり時を待つ〈熟柿型解散〉か。菅の頭の中は「ハムレット」の台詞が繰り返しているはずだ。
(次回「検証 菅政権」7は「グリーン社会」)
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