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【クローズアップ:日米の官僚制度】消え失せた官僚の矜持 中岡 望 ジャーナリスト2020年12月17日

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米国では政権が交代すれば官庁の幹部職員も交代する。なぜなら大統領が直接任命する人事だからだ。最近、日本でも官邸が官僚の人事権をもつようになった。だが、米国とは異なり終身雇用の日本では、そのことで官僚が委縮し、国を動かすという「官僚の本懐」が失われていると中岡氏は指摘する。

首相官邸

ホワイトハウス型権力集中の官邸の是非を問うべき

トランプ大統領は大統領選挙で不正が行われたと相次いで訴訟を起こし、選挙結果を覆そうとしてきた。だがペンシルバニア州の選挙結果に対する訴訟も、州の裁判所だけでなく最高裁が訴えを棄却した。ほとんどの州が投票結果を承認し、バイデン候補の当選は確実となった。投票日直後に稼働し始めた政権移行チームは、ホワイトハウスのスタッフや閣僚の人選に取り組んでいる。12月10日の時点で閣僚15人のうち国務長官や国防長官、財務長官など5名が決まっている。

アメリカでは政権交代があると、閣僚は当然、官庁の幹部職員も交代する。こうした人々は「政治任命(ポリティカル・アポインティ)」と呼ばれる。言い換えると、大統領が直接任命することができる人事である。その数は約4000名と言われ、そのうち約1000名の人事は議会の承認が必要である。

大統領はいつでも閣僚の首を切ることができる。最近の事例では、ツイッターを通して国防長官を解任している。要するに大統領の意に沿わない閣僚や幹部職員は自分の一存で解任できるのである。アメリカでは権力はホワイトハウスに集中している。人事権も大統領やホワイトハウスのスタッフが握っている。

なぜ、こんなエピソードを書いたかというと、最近、菅義偉首相が官僚に対して「政府の方針に従えない者は排除する」という趣旨の発言をしたからだ。現在、日本でも官僚の人事権を官邸が掌握する制度が出来上がっている。いわば日本の首相もアメリカの大統領のように権力を振るうことができるようになっているのである。

個人的な事柄だが、1980年代初めに筆者はハーバード大学に留学していた。その時、知り合いになったのが竹中平蔵氏である。まだお互いに30代であった。帰国後も折に触れて会う機会があり、その度に「日本でもアメリカのホワイトハウスのような権力が集中した制度ができるといい」などと話し合っていた。日本では官僚の力が強く、国益よりも省益を重視すると言われていた。そうした硬直的な官僚制度を打破するには、官邸の力を強化する必要があると、当時、筆者と、おそらく竹中氏も感じていたのだろう。

時代は流れ、30年前に話し合っていたような制度が日本でも出来上がった。そして今、立ち止まって考えると、若い頃、まだ現実を十分に咀嚼できないで議論していたことが本当に正しかったのかと思うようになっている。

安倍晋三首相は官僚に対する人事権を掌握することで官僚を意のままに使うことができた。もちろん、原則的には、それは悪いことではない。省益を重視する官僚機構を変える契機となる可能性はある。しかし、現実は理想通りにはいかない。人事権を掌握された官僚は、政府の意向に唯々諾々と従うしかなくなったのである。「官僚の矜持」は消え失せてしまった。「官僚の政治からの独立性」も夢物語である。アメリカで通用するホワイトハウスへの権力集中と政治任命の在り方は、必ずしも日本では通用しないのではないかと、最近、思うようになっている。

社会構造を無視した制度は機能しない

それは日本の雇用制度、労働市場がアメリカとは基本的に違っているからだ。どんなに優秀な官僚でも、日本では、その地位を失ったらただの人である。転職はままならない。最近、権力に唯々諾々と従う上司の姿を見て、外資系企業へ転職する若手官僚が増えているが、まだまだ日本では転職は極めて難しい。その地位に執着するしかない。政府の意を汲んで行動すれば、出世も約束される。偽証さえ厭わない官僚も出てくる。

では何がアメリカと違うのか。政治任命の役人は民間人が多く、政権が交代すれば再び民間部門に戻っていく。省の幹部職員の中にキャリア官僚は少ない。要するにアメリカの幹部官僚はポストに執着する必要はない。政権に反対なら、辞めれば済むことである。そうした自由度があって、初めてアメリカの政治制度が成り立つ。

ホワイトハウスを含めアメリカの省庁には、必ずといって良いほど"Whistleblower(不正を告発する人)"が存在する。それはホワイトハウスの中にもいる。彼らが政府の内部情報をメディアに流すのである。そうした行為に賛否両論あるが、それがアメリカの民主主義のバランスを保つ役割を果たしている。

そうしたアメリカの政治の仕組みは、日本では考えられない。情報を漏洩すれば省庁内部で徹底的に犯人探しが行われ、最悪の場合は罪に問われたり、職を失うことになる。日本の官僚制度は基本的には現在でも終身雇用であり、アメリカのように自由に転職できる状況ではない。いかに政策が不当であり、不正を目にしても、ただ沈黙を守るしかない。もはや「官僚の本懐」などというものは存在しない。ましてや首相から「意に反するものは排除する」と言われれば、萎縮し、沈黙するしかない。

30年前、竹中氏と議論したことが、現在、現実のものとなっている。だが日本とアメリカの現実の差は計り知れないほど大きい。竹中氏は、自らそうした権力の中枢に存在している。現在、彼がどのような考えか知る由もない。ただ筆者は制度は社会全体の中に存在しており、一部だけを外から導入しても、思ったように機能しないし、逆の結果をもたらすこともあると痛切に感じている。

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